安倍政権を見極める㉓ 内田樹さんの解説③
自民党の改憲案の本質

(以下は、内田樹著『街場の戦争論』から抜粋)

自民党の改憲案は、歴史的に重要な文書だと思っています。

この改憲案は、「バックラッシュ(歴史を戻そうとする)事例」です。

その典型例として、恥辱と共にいずれ回想される事になるでしょう。

僕は歴史の補正力を信じているので、このバックラッシュはいずれ勢いを失い、日本で民主主義と立憲主義が再建されるとみじんも疑っていません。

「創造すること」と比べて、「破壊すること」は圧倒的に容易です。

安倍政権が進めている諸政策は、日本社会に深いダメージを与え、回復するには破壊に要した時間と資源の何十倍も要求されるでしょう。

この「迂回」と「浪費」のいくぶんかは、国民自身が望んだことです。

なぜ日本人は、民主制と平和主義を捨てようとしているのか。

自民党の改憲案の主目的は、「9条を廃止して、軍事的なフリーハンドを獲得すること」です。

この軍事的フリーハンドは、本当のフリーハンドではなく、「アメリカの世界戦略に後方支援して、従属的ポジションでコミットすること」です。

日本が独自の国防戦略を立てることを、改憲派は想定していません。

日本は戦後ずっと、戦略を自前で立てることを許されていない。

オープンな討論の場に載せることができなかった。

現状では、日本政府が自立的に軍を運用するのは、アメリカが核攻撃を受けて戦闘能力を失った場合だけです。

解釈改憲で9条を空洞化しても、アメリカの従属国のポジションからは(日米安保や地位協定があるため)動くことができない。

でも、改憲するとできる事がある。

「戦時政府」となれば、国民に対して超法規的にふるまえるのです。

狙いはむしろ、こちらにあると見るべきでしょう。

自民党の改憲案は、「平時」よりも「非常時」に力点が置かれている。

「緊急事態」の条項が、新しく書き加えられている。

首相が必要があると認めれば、いつでも緊急事態を宣言できるのです。

そして、宣言した後には、「内閣は、法律と同一の効力を有する政令を、制定できる」ことになっている。

歴史は、『ほとんど全ての独裁政治は、緊急措置としての行政府への権限の集中から始まっていること』を教えてくれます。

軍事クーデターでは、緊急措置として憲法停止と国会閉鎖が命じられ、そこから軍部の独裁政治に移行していく。

独裁とは、『行政府への立法権の移譲』のことです。

立法府がのろのろと合意形成していたのでは緊急時に対応できない、という判断を受け入れた時に、独裁は開始される。

ですから、緊急事態についての法整備で最優先に考えるべき事は、
緊急事態宣言が恒久化しないための仕組み作りです。

ここで指摘したいのですが、緊急事態に対処できる法整備は、実は不可能です。

本当の緊急事態は、想定外の事態だから、自己裁量で決定を下すしかない。

「官邸からの指示を待ちましょう」と言って済むなら、緊急事態ではない。

緊急事態に対処するには、対処できる人間を育てるしかない。

制度の問題ではなく、人間の問題なのです。

憲法は、行政府に恣意的な政権運営をさせないための規制です。

『国が簡単には進路を変えて急旋回できないようにする安全装置』、それが憲法です。

改憲派は(安倍政権および安倍の強固な支持層は)、この惰性を嫌います。

「社会はめまぐるしく変化している。好機を逸すると巨大な国益を逃す。合意形成のために立法府でぐだぐだと議論するよりも、首相に全権を委託しよう。」と、改憲派は考える。

ですから彼らは、行政府の独裁を「一種の理想状態」と考えています。

それは、自民党の改憲案を読めば分かります。

自民党の改憲案には、緊急事態をいくらでも延長できる「穴」が用意されている。

「緊急事態宣言は、速やかに解除しなければならない」とあるが、速やかにの解釈は内閣に一任されています。

そもそも、緊急事態宣言が出れば、内閣は法律と同一の効力をもつ政令を出せる。
行政府の権限を縛る法律を、改廃できるのです。

「100日を超えて宣言を維持する時は、100日ごとに事前に国会の承認を得なければならない」ともあるが、衆院で過半数を有していればずっと継続できてしまう。

憲法が行政を掣肘するのを、これほど嫌う憲法草案は、稀有のものです。

この改憲案は、逆説的なことですが、『憲法ができるだけ機能しないことを目指すもの』なのです。

自民党の改憲案は、「官邸が、国会よりも憲法よりも上位に立つ体制」を理想とする人々の作品です。

民主化の努力の果実を、ことごとく否定しています。

現行憲法とこの改憲案を並べて、「古くて出来の悪い憲法はどちらでしょう?」との質問を世界の中学生にしたら、ほとんどの人が「自民党の改憲案だ」と答えるでしょう。

この改憲案は、明らかに時代遅れなものです。

(2016年6月2~3日に作成)


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