(以下は、内田樹著『街場の戦争論』から抜粋)
「特定秘密保護法の成立」と、「解釈改憲による集団的自衛権の行使」の政策は、アメリカを視野に入れないと理解できません。
自民党が目指している改憲について(改憲案について)、アメリカは「ダメ」との指示を送った。
しかし、秘密保護法と解釈改憲には「OK」のサインを送った。
僕はそう見ています。
そうしないと、出来事の意味が分からないからです。
2013年の5月に、アメリカからはっきりした形で、「自民党の改憲草案のような改憲は、許さない」というお達しがあった。
状況から判断して、そうとしか思えない。
2013年の4月22日に、安倍首相は国会で、「村山談話の見直し」発言をした。
「村山談話は継承しない」と明言したのです。
翌23日には、「侵略という定義は、学界的にも国際的にも定まっていない。国と国との関係でどちらから見るかで違う。」と語った。
この発言には、中国と韓国からの非難は当然ですが、アメリカも厳しく批判した。
ニューヨーク・タイムズは、「日本の不必要なナショナリズム」という長文の社説を出し、「愚かしく無思慮なふるまい」と書いたのです。
すでに2月に、安倍首相が訪米した時、ホワイトハウスの対応は冷淡でした。
ニューヨーク・タイムズの社説の5日後に、首相は幕張メッセで行われたイベントで、迷彩服を着て自衛隊の戦車に乗り、映像を公開しました。
その後には、「731」という問題のある機体番号をつけたジェット機に乗った写真も公開した。
するとニューヨーク・タイムズは、再び安倍批判の社説を掲げた。
その3日後の5月15日に、国会で安倍首相は発言を撤回しました。
「日本が侵略しなかったと言った事は、1度もない。
村山談話に関しては、その認識は安倍内閣も同じであり、これまでの内閣の立場を引き継ぐ考えであります。」
この態度の急変について、日本のメディアは沈黙を守りました。
ホワイトハウスの要請の結果なのは自明なのに、その事を指摘したメディアはなかった。
首相の急変の2日前(5月13日)には、日本維新の会の橋下徹・大阪市長が「慰安婦問題」について発言し、米軍の性欲処理に言及した。
これはホワイトハウスと米軍を激怒させ、姉妹都市のサンフランシスコ市は橋下市長の訪問を拒否しました。
官邸は、「このままだと安倍も、橋下と同様の罰を受けるぞ」との通告だと、理解したのでしょう。
直後に、村山談話の見直しを捨てたのです。
こういう流れの結果、「特定秘密保護法」と「解釈改憲による集団的自衛権の行使」という、『プランB』が出てきました。
アメリカが安倍政権の改憲案を受け入れなかったのは、改憲で東アジア情勢が緊張することが目に見えていたからです。
自民党改憲案(プランA)の主眼は、9条の空洞化です。
武力行使についてフリーハンドを求めるものであるため、中国や韓国などが激しい反発をするのは、火を見るより明らかです。
アメリカは、アジアでこれ以上の軍事紛争が起きることを望んでいません。
すでにアフガニスタン、イラク、シリア、北朝鮮といった問題を抱えており、余裕がない。
安倍政権に付けた「不必要なナショナリズム」という評言は、「アメリカの仕事をこれ以上増やすな」という意味です。
『アメリカの仕事を増やすものである限り、改憲は許さない』、このメッセージをアメリカは5月段階で日本政府に伝えた。
「東アジアの緊張関係を作るな」とのホワイトハウスからの指示があり、改憲プランは棚上げとなった。
その後、官邸は『プランB』を思いついた。
これならアメリカに許してもらえるというプランを考え、アメリカに提出した。
なぜアメリカは、改憲は許さなかったのに、「特定秘密保護法」と「解釈改憲による集団的自衛権の行使」は許したのか。
「特定秘密保護法」は、憲法21条の「表現の自由・集会結社の自由」の廃絶です。
「集団的自衛権の行使」は、憲法9条・第2項の廃絶です。
この2つを崩せば、日本国憲法は空文となる。
なぜアメリカは、事実上の改憲には同意したのか。
理屈はそれほど難しくありません。
官邸は、「どう料理すれば、アメリカは改憲を呑むか」を考えた末に、「これはアメリカの国益を増大するためです」という言い訳を思いついたのです。
特定秘密保護法が提案された理由は、「こういう法律が無いせいで、日米の共同軍事行動において米軍の機密が漏洩している」でした。
アメリカの機密を守るための立法である、と説明した。
アメリカにしてみたら、「国内の反対を押し切っても、アメリカの国益のために努力しているのです」と聞かされて、「止めろ」とは言えません。
集団的自衛権の行使も、アメリカの軍事行動に日本が参加できるようにしたものです。
官邸がなかなかの知恵を発揮したのは、このような限定的な改憲ならば、東アジア諸国からの反発を抑制できると読んだ点です。
『米軍を支援するための集団的自衛権』ならば、韓国は反対が難しい。
韓国はアメリカの軍事同盟国で、有事の際の統制権は在韓米軍が持っています。
現状だと、有事になれば韓国軍も自衛隊も米軍の指揮下に入るため、「友軍」を増やす改憲に反対できません。
中国も、アメリカとの関係は悪くない。
自衛隊が米軍に付いていって中近東やアフリカで戦争するなら、反対するロジックがありません。
特定秘密保護法には、中国も韓国も反対しようがない。
強権をもって情報統制・言論統制をすでにしているため、批判できる立場にありません。
という訳で、安倍政権の『プランB』はアメリカに合格点をもらい、憲法9条と21条の空洞化に王手をかけたのでした。
(2016年6月3日に作成)