(『なぜアメリカはこんなに戦争をするのか』C・ダグラス・ラミス著から抜粋)
日本の戦後史を読んでいると、そこから沖縄が排除されていると分かってくる。
沖縄では、戦後史の体験が異なっている。
沖縄の人は、朝日新聞などの全国紙をほとんど読まない。
読んでいるのは、「沖縄タイムス」と「琉球新報」である。
沖縄の新聞では、アメリカ軍の兵士が犯罪をしたら、トップニュースになり読者投稿もたくさん載る。
この背景には、アメリカ軍基地に対する深い深い怒りがある。
1995年の小学生への米兵の強姦事件から後は、特に怒りは高まっている。
沖縄の世論は、アメリカ軍に「犯罪をゼロにしなければ許さない」との不可能な条件を課している。
数万人の兵士がいるので、ゼロにするのは不可能なことは、沖縄の人も分かっている。
これは、「アメリカ軍を、私たちは許さない」という気持ちの1つの表現なのである。
アメリカ軍にとって沖縄は、日本で自分たちのものにした唯一の土地である。
本土復帰までの27年間は、アメリカのものというよりも、アメリカ軍のものであった。
私は、1958~61年までアメリカ海兵隊にいて、60年に沖縄に行った。
当時の海兵隊では、「沖縄に行ったら、やりたい放題にできる。そこは俺たちの土地だから、罰せられる事はない。」との認識だった。
海兵隊員の大半は、貧しい階層の出身者だが、沖縄に行けば特権階級になってふんぞり返れる。
そういうイメージであった。
本土復帰前の沖縄では、警察はアメリカ兵に手出しはできない事が多かった。
1973年(本土復帰の翌年)に、アメリカ兵の犯罪に関する統計が出た。
アメリカ兵の犯罪率は、なんと7%であった。
100人のうち7人が、犯罪者であった。
この時期は、ベトナム戦争の真っ最中である。
ベトナムから帰ってきて精神的にクレイジーになっている兵士がたくさんおり、事件が多かったのである。
軍隊は基本的に暴力組織であり、犯罪率をゼロにするのは無理な注文である。
沖縄の世論は、「アメリカ軍の犯罪率をゼロにしろ」と要求するが、それは「非暴力の組織になれ」と言うのと同じである。
軍は非暴力の組織にはなれないので、「アメリカ軍は沖縄から消えろ」と事実上は言っているのだ。
(2014年6月19日に作成)