自公連立の解消(公明党の離脱) 2025年10月10日(以下は『週刊文春 2025年10月23日号』から抜粋
2026年4月17日に作成)
🔵自公連立の解消(公明党の離脱)
2025年10月4日に、高市早苗が自民党の新総裁に選出された。
その日のうちに高市は、公明党の斉藤鉄夫・代表と会談した。
7日に2度目の会談をしたが、政治献金の規制強化について両者の溝が埋まらなかった。(公明は規制強化を求めたが、自民は消極的だった)
そして3度目の会談となった10日に、斉藤は連立離脱を伝えた。
1999年10月に始まった自公の連立(同盟関係)は、26年にわたって続いたが、高市総裁になってわずか6日で終わりをむかえた。
その予兆はあった。
9月7日に斉藤は、「保守中道の私たちの理念に沿った方でなければ、連立を組めない」と述べ、タカ派の高市を牽制していた。
だが高市は、総裁就任後も「最後は(公明党)が付いてこんと、向こうかて立ってられへんやろ」と楽観視して(相手を舐めて)いた。
高市は総裁に選ばれた翌日の10月5日に、公明党に無断で国民民主党の玉木代表 と会談し、国民民主との連立を模索した。
7日頃に公明党が本気で連立離脱を考えていると聞いた高市は、「え、そんなに切迫しているの?」と焦ったが、もう遅かった。
高市は自民党の中でも公明党とのパイプが細い。
公明党は、集票マシンである創価学会の女性部が、自民党の裏金議員を公明党が推薦することに反発していた。
この結果、2025年の参院選で公明党は比例票を100万票も減らし、学界の首脳部は危機感を持っていた。
創価学会の関係者が明かす。
「連立の解消に向けて動いたのは、創価学会・副会長の佐藤浩です。
彼は長年にわたり学会の政治・選挙担当で、 自民党の菅・元総理と近く、両者のつながりは『SSライン』と呼ばれていた。
太田昭宏や漆原良夫が引退して以降、公明党は学会に従属し、斉藤・現代表も佐藤には逆らえない。
学会は、夫婦別姓や対中政策で高市とは相いれない。
連立解消のことは、学会の原田稔・会長も承認していたはず。」
自民党内で反公明党だったのが、麻生太郎である。
麻生は、自身が選挙に強くて公明党の支援を必要としないのもあり、「いつまで公明と一緒にやってんだ」と不満を隠さなかった。
もう1人、反公明党なのが萩生田光一で、衆院選で新設される東京28区の候補者をめぐって、2023年にこんなことがあった。
都連会長の萩生田は自身の推す候補者を立てたが、これにより公明党は候補者を立てるのを断念した。
この時、公明党の石井啓一・幹事長は、「東京での自公の信頼関係は地に落ちた」と述べ、都内での選挙協力の解消を通達した。
裏金議員の代表格である萩生田は、クリーンな政治を掲げる公明党を嫌ってきた。
🔵首班指名の投票をめぐる動き
もうすぐ行われる首班指名の投票(首相を決める投票)について、立憲民主党の安住・幹事長は、 「ウチは立憲代表の野田にこだわらない。野党でまとまって投票しよう」と 呼びかけている。
野党が一本化できれば、議席数から見て高市は総理になれない。
もし野党が一本化したら、高市だと負ける。
そうなったら、あえて石破内閣を退陣させず石破を首相にとどめる案が、自民党内で出ているという。
総理は石破、総裁は高市にするという、奇策である。
この形はベルギーで行われたことがある。
石破は、「私が(総理を)辞めるのは簡単だが、いま辞めたら自民党がどうなるか」と心配している。
10月7日の野党の会談で、維新の会の遠藤敬がこう提案した。
「この際、首相指名で玉木と皆で書いたらどうか」
だが肝心の玉木は、5日の夜に高市と密会し、協力を要請されていた。
(※いわゆる野党分断の策略である。これを自民党は得意にしている。)
10月10日に公明党が連立離脱を決めると、立憲の野田代表は「政権交代のチャンスだ」と強調した。
だが玉木は11日に記者団に、「現在の立憲とは組めない。基本政策が違う」と述べた。
ある立憲幹部は首を傾げながら、こう話す。
「2020年4月に立憲、国民民主、連合の3者で会談し、基本政策で合意文書も作ってある。玉木は総理になる気があるのか?」
玉木雄一郎は、国民民主党を結党した当時の2018年に、こう語っていた。
「各政党が大きな部分だけ一致させ、細かな違いは譲り合う。
しっかり調整すれば野党は1つにまとまる。」
今とは真逆の発言である。彼はブレブレだ。
玉木は女性問題が報じられている。
2024年11月に元グラビアアイドルの小泉みゆきとの不倫が、『FLASH』で報じられた。
玉木は不倫を「おおむね事実」と認め、党内で役職停止となった。
だがその間も「国民民主党の代表(役職停止中)」という肩書で、メディア露出を続けた。
(※これほどの恥知らずも珍しい。
私は玉木雄一郎という人間を全く信じていない。)
🔵公明党代表の斉藤鉄夫とはどんな人か
公明党代表の斉藤鉄夫(73歳)は、広島県の私立高校を卒業し、東京工業大学を卒業した。
清水建設に就職したが、米国のプリンストン大学で客員研究員もした。
公明党の国会議員になったのは1993年で、広島1区からの出馬だった。
公明党は、2024年9月に石井啓一が代表に就任したが、翌月の衆院選で石井は落選してしまった。
そこでピンチヒッターとして斉藤が急きょ代表となったのである。
斉藤が連立離脱の理由としたのは、「自民党の裏金問題や企業団体献金の規制強化への対応が不十分」である。
だが斉藤は、過去にいくども政治資金の疑惑が報じられてきた。
斉藤鉄夫は、政界きっての資産家である。
2024年11月の資産公開によると、家族分を含めた資産は2億3838万円。
三菱電機8千株、清水建設5700株など、夫妻で株を35銘柄も持ち、土地やマンションも多数持っている。
斉藤は2021年11月30日付でマンションを売却しているが、これは「大臣に在任中の不動産取引の自粛」という大臣規範に違反する。
まして彼は当時、土地取引を所管する国交省の大臣だった。
この件を斉藤事務所に尋ねると、「マンション売却は大臣になった21年10月4日の前の9月20日に売買契約し、11月30日に所有権移転をした。だから大臣規範に抵触しないと認識している」との回答だった。
(以下は『文藝春秋 2025年12月号』から抜粋
2026年7月6日に作成)
🔵自公連立の解消と、自民と維新の同盟
公明党の選挙は、創価学会員の票だけでなく、女性部が中核となって知人や友人に投票を依頼する、「フレンド票(F票))で支えられてきた。
F票は、学会員票の倍以上あるという。
自民党の裏金問題が発覚してからは、F票が大きく減り、創価学会内は暗い空気に包まれていた。
そこに起きたのが、学会嫌いの麻生太郎の再台頭である。
高市早苗は総裁選に出馬するさい、麻生に「人事はお任せするから支援してほしい」と頼み込んだ。
その結果、高市政権は「第二次・麻生政権」の様相となっている。
麻生は、学会の原田稔・会長とケンカして以降、学会と距離を置いてきた。
岸田政権が国民民主党を連立入りさせようと画策した際には、麻生は「公明を切るためだ」と周囲に語っていた。
2023年に麻生は、公明党の山口那津男・代表を「癌(がん)」と言い放っていた。
10月9日(公明党が連立離脱する1日前)の公明党の中央幹事会では、連立離脱への反対論が強く、斉藤代表・西田幹事長への一任は得られなかった。
自民党と太いパイプを築いた太田昭宏・元代表や漆原良夫・元国対委員長らのOBも、
「離脱したら、さらに存在感がなくなる。高市・麻生政権が終わるまで我慢したほうがいい」と斉藤らを説得した。
これに苛立った創価学会の佐藤浩・副会長は、「もうあいつらの電話に出なくていい」と斉藤に言い放った。
そして10月10日。高市総理と斉藤は最後の会談に臨んだ。
高市は連立に残るよう求めたが、斉藤は「石破総裁の時から企業・団体献金の件(献金の規制強化)を求めていたが顧みられなかった。この場で受け入れるか決めてほしい」と譲らなかった。
そして公明党は連立から離脱した。
高市は、国民民主党の玉木と秘かに会談して、連立を組むことを狙っていた。
だが公明党が連立離脱の動きを見せると、玉木は7日に「自公の関係がどうなるか分からなければ、我々のコミットメントも定まらない」と尻込みし始めた。
一方、立憲民主党の安住淳・幹事長は、首相指名の選挙で玉木に投票するのを構想し、維新の会を含めた3党での連携に動き出した。
3党が組めば、衆院で自民の議席を上回る。
相談された玉木は、「総理を務める覚悟はある」と10日に述べた。
だが選挙後に玉木は、「維新は自民と組むなら最初から言ってよという感じ。維新は二枚舌みたいで残念。」と恨み言を吐くことになる。
高市は、国民民主党を連立相手の本命としつつも、木原稔・官房長官に維新とも接触するよう命じていた。
維新の国対委員長をする遠藤敬は高市と親しく、10月12日に遠藤と木原が会談した。
維新が示した12項目の政策に対し、高市は「分かった。全部飲む。閣僚ポストを複数用意するから入ってな」と応じた。