(以下はウェブサイト『植草一秀の知られざる真実』2026年8月14日の記事から抜粋
2026年8月16日に作成)
🔵竹島の領土問題
歴史的経緯を踏まえると、日本の抱える3つの領土問題、竹島、尖閣諸島、北方領土の問題は、その裏側に米国の工作があったと分かる。
韓国の李承晩・政権は、1952年1月に竹島の韓国帰属を宣言した。
李承晩・大統領は、「隣接海洋の主権に関する宣言(海洋主権宣言)」を行ったが、公海上に「李承晩ライン(平和線)」を設定した。
このラインの内側に竹島を取り込むことで、竹島の韓国帰属を宣言した。
この竹島帰属の宣言を容認したのが、米国であった。
(※当時は朝鮮戦争をしている時で、米国は李承晩・政権を支援して戦わせ、この戦争には米軍も参戦していた)
降伏し米軍などに占領された日本が、国家主権を回復したのは1952年4月であった。
同年1月は、まだ日本が主権を回復していない時期である。
米国は竹島の領土問題を作ることで、日本と韓国の間に紛争の種を植えた。
(以下は『アジア三国志』ビル・エモット著から抜粋
2014年6月3日に作成)
韓国は、1910~45年まで日本に植民地化されたため、反日感情が強い。
現在の日韓関係は、歴史教科書の問題、靖国参拝の問題、従軍慰安婦の問題などで、しこりが残っている。
韓国が独島と呼び、日本が竹島と呼ぶ島の領有権でも争っている。
だが双方の歴史家やNGOの交流は日中よりも盛んだし、話し合いはずっと自由である。
韓国の場合、日本との親密さは大統領によって変わる。
金大中が大統領だった時には、日本政府の書面による謝罪を受け入れ、植民地時代の様々な問題をおしまいにする意向を約束した。
だが次の政権になると、小泉首相の靖国参拝を問題視して、約束を覆した。
独島もしくは竹島は、ただの岩の島で、漁師とナショナリスト以外には何ら重要ではない。
日本の領有権の根拠は、「1905年に公式に領土に組み入れた」というものである。
1905年は、日本政府が韓国に顧問団を入れて保護国化した1年後だったので、韓国側は「日本が独島を領土にしたのは、植民地化の行動だった。独島は古来からの朝鮮の領土だ。」と主張している。
この主張を根拠に、韓国の李承晩政権は1952年にこの島を占拠した。
日本に返還する決定を米国が下す前に、先手を打ったのである。
その後の韓国は、警備隊を配置して占有を強化してきた。
最近になって、島根県が領有権の主張を再開した。
(以下は『毎日新聞 2012年8月16日』から抜粋)
韓国の李明博・大統領が、2012年8月10日に竹島に上陸した。
韓国政府は、「日露戦争中に竹島を奪われた」と主張している
1952年に李承晩・大統領は、「李承晩ライン」を設定して、竹島を領土に加えた。
1965年の日韓基本条約の締結時は、竹島問題は棚上げされた。
(以下は『毎日新聞 2012年8月22日』から抜粋)
日本政府は竹島問題について、国際司法裁判所への共同提訴を韓国政府に提案した。
しかし拒否されたので、単独提訴を進める予定である。