(以下はウェブサイト『植草一秀の知られざる真実』2026年8月14日の記事から抜粋
2026年8月16日に作成)
🔵米国は日ソの平和条約を潰した。日本が隣国と揉めるように、米国は領土問題を作った
日本がロシア(当時はソ連)との国交を回復したのは、1956年10月だった。
(※日本とソ連は第二次大戦の末期に交戦となり、国交を失っていた)
これをやり遂げたのは鳩山一郎・内閣で、『日ソ共同宣言』を出して、日本とソ連は国交を回復した。
『日ソ共同宣言』の時に、領土問題を解決して平和条約を締結する動きもあった。
北方四島のうち、北海道に近い小島である歯舞、色丹の二島をソ連が日本に返還し、これをもって平和条約を締結するという交渉である。
ところが、これに米国が口を挟んで妨害し、米国は日本に対し「四島返還を要求しろ」と命令した。
「二島返還で日ソ平和条約を締結するなら、(米国が押さえている)沖縄は永遠に返還しない」と恫喝してきたと伝わる。
当時の米国政府の国務長官は、ジョン・フォスター・ダレスだった。
ダレス国務長官の横やりで平和条約の締結が流れ、この横やりは「ダレスの恫喝」と呼ばれている。
米国は、北方四島だけでなく、尖閣諸島と竹島についても口を挟み、日本の領土問題を生み出した。
この歴史事実を俯瞰すると、米国は日本と隣国との間に紛争の種を埋め込んだと言える。
中国とは尖閣諸島で揉め、韓国とは竹島で揉め、ロシアとは北方領土で揉める。
日本が近隣諸国と本格的な友好関係を結ばないように、米国が紛争の種を埋め込んだのだ。
日本はロシアとの間には、未だに平和条約が締結されていない。
これは領土問題が未決着であることが最大の理由だ。