タイトルジャニーズ事務所の内幕

(以下は『週刊文春 2023年9月14日号』から抜粋
2026年9月12日に作成)

🔵藤島ジュリー景子の実像

ジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子・社長(57歳)は、社長の座を所属タレントの東山紀之(56歳)に譲ると決めた。

だがジュリー氏はジャニーズ事務所の「代表取締役」に留まり、経営の中枢に残る。

ジュリー氏は、同事務所の株式を100%所有している。その資産総額は500億円と言われる。

(※藤島ジュリー景子は、性加害をしまくっていたジャニー喜多川の姪である)

ジュリー景子と親しい知人は、こう分析する。

「ジュリーさんは表に出るのを嫌がる人で、(今回のジャニーズ事務所の性犯罪の件で)記者会見に出たくない一心で、東山に社長を譲ったのでしょう。」

芸能記者はこう話す。

「ジュリー氏が、タレントに渡す莫大なお年玉で国税庁から追徴課税を受けた時も、彼女はいっさい説明しようとしなかった。
今回のジャニー喜多川の性加害でも、 ジュリー氏は(自分は出てこずに)文書と映像を公開するだけでした。」

前出の知人は言う。

「ジュリー氏は株主であり、総額500億円の資産を手放す気はないし、経営からも退かないでしょう。」

ジャニーズ事務所の記者会見より前に、フジテレビやTBSは「今後もジャニーズのタレントの起用に変化はない(これからも使い続けるの意)」と明言した。

大手メディアは、ジャニー喜多川の性犯罪を長年にわたり黙認してきた歴史がある。

(以下は『週刊文春 2023年9月21日号』から抜粋
2026年9月21日に作成)

🔵社長に就いた東山紀之の実像

2023年9月7日に、ジャニーズ事務所はジャニー喜多川の性加害について記者会見した。

会見後も、テレビでは性懲りもなくジャニーズ・タレントの起用が続いている。

この会見には同事務所のタレントの東山紀之(56歳)も出席し、彼が新しく社長に就いたと発表された。

東山紀之は、1996年に川崎市で生まれた。
3歳の時に両親は離婚し、母子家庭で育った。

東山の地元商店街の店主が証言する。

「東山の中学時代のバスケ部の1年後輩にきいたら、東山はガキ大将で、ジャイアンみたいな人だと。

新品のバスケシューズを持って部活にいったら、練習中ずっと東山にそれを履かれて、終わってかから返された、と言っていた。」

元ジャニーズ・ジュニアの石丸志門の証言。

「東山くんは、初期の少年隊のメンバーの松原康行くんに対し、胸倉を掴んですごんだことがあります。

松原くんは一方的に言われるだけで、その後に少年隊を抜けて、代わりに東山くんが入りました。

東山くんはイジメっ子体質だと思いました。」

元忍者の志賀泰伸も、ジュニア時代の体験を語った。

「コンサートが終わった夜にホテルで、東山さんに『俺をマッサージしろ、俺がいいって言うまでな』と言われ、指が痛くなるまでマッサージさせられました。

僕も少年隊のバックで踊って疲れているのに、マッサージが終わっても『ありがとう』も無しです。

酒を強要されることや、彼の外車のホイール掃除をさせられたこともあります。」

東山が少年隊でデビューして2年後に、当時は大学2年生のジュリー藤島との熱愛がスクープされた。

この交際により、東山はジャニーズ事務所内で「社長」と渾名されることになった。

その後、東山は数多くの女性芸能人と交際が噂された。

特に牧瀬里穂とは本気だったが、東山はメリー喜多川(ジュリー藤島の母)に結婚したいと言い出す勇気がなく、破局した。

記者会見で東山は、「私は性被害を受けたことがないし、性被害の現場に立ち会ったこともない。先輩からも後輩からも相談はなく、噂との認識でした。」と話した。

だが元ジャニーズ・ジュニアで、少年隊のバックダンサーもしたH氏は、次のように証言する。

「ジャニーズ事務所の合宿所で、私は少年隊の3人らと布団を並べて寝たことがあります。

するとそこに社長のジャニー喜多川が入ってきたんです。

私はジャニー氏にかわいいねと言われて、身体を触られましたが、東山くんは隣で横になっていたから性加害を知らないと言うのは嘘ですよ。」

東山には、性加害の疑感がある。

元ジャニーズ・ジュニアのX氏は、東山から陰部を見せられて、「俺のソーセージを食え」と言われたことを、自著に書いている。

9月7日の記者会見でこの事をきかれた東山は、「したかもしれないし、していないかもしれない」と答えた。

ジャニーズ事務所の収入は、ファンクラブが大きく寄与している。

レコード会社の関係者が明かす。

「ファンクラブは、ジャニーズ事務所の後援会としてスタートし、現在は『ファミリークラブ」という名称になっています。

コンサートのチケットを買うには、それぞれのタレントのファンクラブに入会しなければならず、入会金は千円、年会費は4千円です。」

(以下は『週刊文春 2023年9月28日号』から抜粋
2026年10月18日に作成)

🔵藤島ジュリーの脱税行為

ジャニーズ事務所は、社長だった藤島ジュリー氏は辞任したが、彼女は代表取締役には留任している。

長谷川裕雅・弁護士の解説

「代表取締役が法律上の代表者であり、社長は社内向けの呼び名にすぎない。
ジュリー氏は代表取締役に留まり、ジャニーズ事務所の100%の株主だから、実権を完全に握る状況に変わりはない。」

ジュリー氏とジャニーズ事務所は、2021年までの5年間で、計65億円の申告漏れを国税庁に指摘された。

ジャニーズ事務所の株は、ジャニー喜多川とメリー喜多川が亡くなったため、100%を藤島ジュリーが持つに至った。

その株の相続税は860億円と推計されるが、驚くことにジュリー氏は支払っていない。

国税庁の関係者がそのカラクリを明かす。

「ジュリー氏は、事業承継税制の特例措置を使っている。」

板倉京・税理士の解説

「日本政府は2009年から、中小企業の事業承継を後押しするため、事業承継税制を導入した。

2018年にできたこの特例措置が適用されれば、株の相続税や贈与税の納税が猶与される。

相続税をゼロにするには、5年間、代表取締役をする必要がある。
さらに5年経ってからも株を保有し続ける必要がある。

この税制は、後継者が事業を次世代につなぐ条件で、税金を全額免除するもの。
相続税をゼロにするには、ジュリー氏は2025年5月まで代表取締役に留まる必要がある。」

この制度は、中小企業が対象だ。
年間売り上げが1千億円を超えるジャニーズ事務所は中小企業と言えるのだろうか。

🔵社長になった東山紀之の闇、森光子との関係

ジャニーズ事務所の社長に就任した東山紀之。
彼が9月7日の記者会見で気色ばんだのは、「故・森光子(女優)との間に性接待があったのでは」と記者に問われた時だった。

1991年にメリー喜多川の声かけで、東山と森とメリーは3人でロンドンからフィレンツェへ至る海外旅行に出た。

スポーツ紙の芸能デスクが言う。

「メリー喜多川は森光子を年1回、旅費はメリー持ちで、海外旅行に連れて行っていた。
そして森は東山のファンを公言していた。」

メリーの知人が明かす。

「ロンドンでは、メリーはホテルを2部屋しか取らず、森と東山はベッドが1つだけの部屋に泊まった。」

当時、森は70歳をこえており、東山は20代半ばだった。

東山は、森の舞台で相手役を多くつとめており、旅行ではエスコート役もした。

1995年、2006年の正月は、一緒にハワイ旅行している。

東山の知人が明かす。

「ハワイでは森さんとコネクティング・ルームだったそうです。

東山は陰では森さんをババアと呼び、『今日、ババアの誕生日なんだけど、これでいいかな?』と、私はプレゼントの相談をされたこともあります。

東山は森さんを利用していただけでしょう。」

別のメリーの知人が明かす。

「メリーさんは東山の顔が好きで、特別扱いしていた。

東山が10代の頃から月給200万円を与え、ブラックカードを持たせていた。
東山はブラックカードを見せびらかしていた。」

ジャニー喜多川の知人は言う。

「ジャニーさんが亡くなった時、ジャニーさんがジャニーズの舞台を演出していたので、どう穴埋めするかが問題となった。

堂本光一はオレが演出をやるよと言ってくれたが、東山は何も手を貸さなかった。
東山は昔から、自分のこと以外は何も考えない人だ。」

(以下は『週刊文春 2023年10月26日号』から抜粋
2026年7月13日に作成)

2023年10月17日に、ジャニーズ事務所はその看板を下ろし、ジャニー喜多川の性犯罪の被害者たちに補償金を出すとして、新会社を立ち上げた。

所属タレントたちとはエージェント契約を結ぶという。

だが所属タレントの知人は言う。
「エージェント契約の方式を事前に知らされたのは、嵐のメンバーなど、ジュリー景子(ジャニー喜多川の姪)と近いタレントだけでした。」

新会社の「SMILE-UP」は、社長は東山紀之、副社長は井ノ原快彦に決まった。

かつてジャニーズ事務所で働き、田原俊彦やシブがき隊のチーフマネージャーをした板野俊雄(67歳)はこう話す。

「芸能事務所は、商品であるタレントを守る所でしょう。
しかし商品の東山と井ノ原を矢面に立たせて、社長だったジュリー景子と副社長だった白波瀬傑は(記者会見にも出ずに)逃げた。
そこが一番許せない。」

🔵板野俊雄の性被害などの証言

板野は、1975年にジャニーズ事務所からタレント・デビューした人だ。

彼は1972年に16歳でジャニーズで働き始めたが、彼が住み込んだのは渋谷にあるジャニー喜多川の自宅兼合宿所だった。

住み込みを始めて2~3日目には、ジャニーが布団に入ってきた。

板野は言う。

「身体を触ってきて、あそこに手が伸び、パンツを脱がして口でされた。
田舎から出てきたばかりで、童貞だし、訳が分からなかった。

ジャニーは洗面所へ行ってペッと吐いてくると、戻ってから今度はお尻を触り出す。
ヌルヌルしたものを塗られ、今度は痛いわけです。

地獄の日々でした。

ジャニーは『我慢してね。ユーのデビューのためにジュニアのメンバーをいま集めてるから。もうちょっとだからね。』と、行為の最中に囁いてきた。」

集められた10人近くのジュニアたちも、ジャニーのえじきとなった。

ジャニーの自宅兼合宿所では、おぞましい事が夜ごとに繰り広げられた。

板野は言う。

「タバコの煙やブランデーを口移しで飲まされることもあった。
僕らは未成年だから頭がクラクラしてました。」

板野は50回ほど、ジャニーから肛門性交された。

板野はタレント・デビューしたが、ブレイクしなかった。

その後、田原俊彦のチーフ・マネージャーとなった。

板野はシブがき隊のチーフ・マネージャーになると、音楽面のプロデュースも任された。

その頃に、ジュリー景子(ジャニー喜多川の姪)がジャニーズ事務所の仕事を手伝い始めた。

板野は言う。

「私は仕事のことでジュリーに何度も怒鳴った。
するとジュリーは、母親のメリー喜多川にすぐ告げ口する。そしてメリーが僕を怒る。

メリーは、ジュリーのわがままを丸飲みしていた。

ジュリーは先日の記者会見で発表された手紙では、『私は母親に何も言えなかった』と言ってたけど、あれは嘘です。

ジュリーはシブがき隊の本木雅弘に惚れたが、相手にされず、東山紀之と付き合った。

ジュリーと東山の逢引き用に、六本木のマンションを僕は用意しました。」

板野は1989年にジャニーズ事務所を退所した。

板野は言う。

「ジャニー喜多川の性加害は、事務所に所属する少年たちの心を大きく歪ませた。

僕の先輩の北公次と豊川誕は覚醒剤にハマっていたし、クスリで逮捕されたタレントは沢山いる。

僕も酒と博打に溺れてしまった。

彼は10代の頃から六本木で飲み歩き、未成年なのにNHKのプロデューサーたちと賭けマージャンするジャニー喜多川の代打ちをしたこともある。」

テレビ朝日では、2024年4月から木村拓哉の主演するドラマが予定されていた。

このドラマの舞台は報道現場で、木村はジャーナリスト役だったというが、ジャニーズ事務所の性加害が報じられたことで、主演が他の人に代わると噂されている。


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