ジャニーズ事務所の内幕(以下は『週刊文春 2023年10月26日号』から抜粋
2026年7月13日に作成)
2023年10月17日に、ジャニーズ事務所はその看板を下ろし、ジャニー喜多川の性犯罪の被害者たちに補償金を出すとして、新会社を立ち上げた。
所属タレントたちとはエージェント契約を結ぶという。
だが所属タレントの知人は言う。
「エージェント契約の方式を事前に知らされたのは、嵐のメンバーなど、ジュリー景子(ジャニー喜多川の姪)と近いタレントだけでした。」
新会社の「SMILE-UP」は、社長は東山紀之、副社長は井ノ原快彦に決まった。
かつてジャニーズ事務所で働き、田原俊彦やシブがき隊のチーフマネージャーをした板野俊雄(67歳)はこう話す。
「芸能事務所は、商品であるタレントを守る所でしょう。
しかし商品の東山と井ノ原を矢面に立たせて、社長だったジュリー景子と副社長だった白波瀬傑は(記者会見にも出ずに)逃げた。
そこが一番許せない。」
🔵板野俊雄の性被害などの証言
板野は、1975年にジャニーズ事務所からタレント・デビューした人だ。
彼は1972年に16歳でジャニーズで働き始めたが、彼が住み込んだのは渋谷にあるジャニー喜多川の自宅兼合宿所だった。
住み込みを始めて2~3日目には、ジャニーが布団に入ってきた。
板野は言う。
「身体を触ってきて、あそこに手が伸び、パンツを脱がして口でされた。
田舎から出てきたばかりで、童貞だし、訳が分からなかった。
ジャニーは洗面所へ行ってペッと吐いてくると、戻ってから今度はお尻を触り出す。
ヌルヌルしたものを塗られ、今度は痛いわけです。
地獄の日々でした。
ジャニーは『我慢してね。ユーのデビューのためにジュニアのメンバーをいま集めてるから。もうちょっとだからね。』と、行為の最中に囁いてきた。」
集められた10人近くのジュニアたちも、ジャニーのえじきとなった。
ジャニーの自宅兼合宿所では、おぞましい事が夜ごとに繰り広げられた。
板野は言う。
「タバコの煙やブランデーを口移しで飲まされることもあった。
僕らは未成年だから頭がクラクラしてました。」
板野は50回ほど、ジャニーから肛門性交された。
板野はタレント・デビューしたが、ブレイクしなかった。
その後、田原俊彦のチーフ・マネージャーとなった。
板野はシブがき隊のチーフ・マネージャーになると、音楽面のプロデュースも任された。
その頃に、ジュリー景子(ジャニー喜多川の姪)がジャニーズ事務所の仕事を手伝い始めた。
板野は言う。
「私は仕事のことでジュリーに何度も怒鳴った。
するとジュリーは、母親のメリー喜多川にすぐ告げ口する。そしてメリーが僕を怒る。
メリーは、ジュリーのわがままを丸飲みしていた。
ジュリーは先日の記者会見で発表された手紙では、『私は母親に何も言えなかった』と言ってたけど、あれは嘘です。
ジュリーはシブがき隊の本木雅弘に惚れたが、相手にされず、東山紀之と付き合った。
ジュリーと東山の逢引き用に、六本木のマンションを僕は用意しました。」
板野は1989年にジャニーズ事務所を退所した。
板野は言う。
「ジャニー喜多川の性加害は、事務所に所属する少年たちの心を大きく歪ませた。
僕の先輩の北公次と豊川誕は覚醒剤にハマっていたし、クスリで逮捕されたタレントは沢山いる。
僕も酒と博打に溺れてしまった。
彼は10代の頃から六本木で飲み歩き、未成年なのにNHKのプロデューサーたちと賭けマージャンするジャニー喜多川の代打ちをしたこともある。」
テレビ朝日では、2024年4月から木村拓哉の主演するドラマが予定されていた。
このドラマの舞台は報道現場で、木村はジャーナリスト役だったというが、ジャニーズ事務所の性加害が報じられたことで、主演が他の人に代わると噂されている。