元光GENJI・大沢樹生の長男がDNA再鑑定を求める(以下は『女性自身 2026年8月27日の配信記事』から抜粋
2026年9月30日に作成)
光GENJIの元メンバーである大沢樹生(57歳)。
その長男・零次氏(29歳)は、こう語る。
「法律上は親子関係にないということになっていますが、僕はどこにいっても“お父さんに似ている”と言われます。
これまで両親との関係に振り回され続け、いまでも過去の騒動の影響で仕事場に居づらくなることもしばしばです。
今回、あえて現状をお話したのは、僕が家族と絶縁することも含めて自分の言葉で“親に対する気持ち”をはっきりと伝えたかったからです。」
大沢樹生は、1987年にアイドルグループ「光GENJI」のメンバーとしてデビューした。
1994年にジャニーズ事務所を退所して以降は、主に俳優やソロ歌手として活躍してきた。96年に女優として活動をしていたAさんと授かり婚を発表した。
翌年に、2人の長男として生まれたのが零次氏だ。
しかし零次氏が8歳だった2005年に両親が離婚。
Aさんが再婚した2007年に、大沢が親権を持つことになった。
その後、大沢は2008年に15歳下の元モデル女性と再婚した。
週刊誌記者の話
「2013年の末に、大沢さんと零次さんとのあいだに『父子関係がなかった』という衝撃のニュースが報じられました。当時、零次さんは16歳でした。
当時の週刊誌の報道によると、2012年に再婚女性とのあいだにできた赤ちゃんを死産で亡くした大沢さんは、自分のDNAに問題があるのかもしれないと考え、13年2月に零次さんとのDNA鑑定を決断した。
海外の鑑定機関に依頼して、だ液で検査したところ、返ってきたのは『父性確率0%』という回答だったというのです。」
この結果を受けて、大沢は東京家庭裁判所に親子関係の不存在の確認を求める調停を申し立て、大沢とAさんの双方が弁護士を立てて協議。
2015年11月に、民法第772条2項とDNA鑑定の結果が決め手となって、大沢側の主張が認められた。
零次氏は海外でフォトグラファーとして活動し、2022年に沖縄で知り合った女性と結婚している。
そんな零次氏は、幼いころから両親への不信感を募らせていたという。
「僕がまだ小さかった頃から、パパは“息子は先天性腹壁破裂で生まれ、その手術の影響で感音性難聴の障害を患っている”と方々で公言してきました。
ですが、いま僕は普通に話が聞こえるし会話が出来ている。
昔から嘘をメディアで発信していたのです。
生まれたころに病気で手術をし、病院に連れて行かれて補聴器を持たされたことは覚えていますが、当時からほとんど使っていませんでした。
パパから『お前の障害者手帳がある』とも言われましたが、一度も見せてもらったことはありません。」
2012年9月に零次氏は、大沢から受けたDV被害を『週刊文春』に告発している。
しかし大沢側は、模造の日本刀を突き付けたことは認めたが、日常的な暴力に関してはと否定した。
「週刊誌にパパのDVを告発した際も、『息子には虚言癖があるため、心療系のクリニックに通わせている』と全面的に否定されてしまった。
当時は子供だったのでパパの言い分を受け入れるしかありませんでしたが、大人になって“やっぱり、おかしい”と思った。
確かに当時、どこに行かされているのかわからないまま病院に通っていましたが、それは必ずご褒美にハンバーガーショップに寄ってもらえるのが嬉しかったからに過ぎません。
そこが心療系の病院だったと大人になって知って、自分でもびっくりしたぐらいなんです。」
零次氏は、DNA鑑定による“父子確率0%”の結果にも疑念を抱いている。
彼が父からDNA鑑定を求められたのは2013年2月だった。
「パパから『病気になったときに、パパとお前が血を分け合えるのかどうか、親子だけど不安もあるから念のため検査しよう』と言われました。
『なんで今さら?』と思いましたが、一緒に車で検査に向かいました。
検査後2〜3週間で結果がわかると言われていましたが、その期間が過ぎてもパパから結果を伝えられることはありませんでした。
その後、パパと再婚相手が留守のタイミングで部屋をこっそり探したら、検査結果の資料があったので、それを見るとパパと僕の名前がアルファベットで書かれたところに『父子確率99.9%』と書いてあった。
当然そうだろうと、安心しながら資料を元に戻しました。」
このDNA鑑定が、まったく逆の結果として報じられることになった。
零次氏は言う。
「2013年の夏、僕はアメリカ・ロサンゼルスに在住していた母方(Aさん)の祖父母のもとで過ごしていました。
すると突然パパとママ(大沢とAさん)から『日本に帰ってくるな』という連絡が入り、結局ビザが切れるギリギリの3カ月間ロスに留まることになりました。
当時、将来的に海外で生活したいと思っていたので、現地の永住権を取れればと親権を祖父母に移してもらっていたところでした。
この間、パパとママの弁護士間でDNA検査の結果についてやり取りしたのだと思います。
同年11月あたりに一度日本に戻ったあと、なぜかパパの家には帰れませんでした。
パパの家にあった僕の物は、段ボールに乱雑にしまわれて、知り合いの家のもとに届けられていました。
その荷物を仕分けていると、僕が大切にしていたものが無くなっていてひどく傷つきました。
ふたたびアメリカの祖父母のもとに戻ってしばらくした2013年12月下旬に、DNA鑑定の件が『父子確率0%』という、僕が見たものとは真逆の結果で週刊誌に報じられました。」
父子確率0%の報道の直後、零次氏は本誌の取材に答え、「99.9%、僕はパパの子です」と大沢に抗議した。
当時、零次氏はこのように語っていた。
《パパのやっていることは本当にくだらない。「こんなことで騒いで何が楽しいんだよ」って。この人は何がしたいの? 目的は何なのって聞きたい。》
(『女性自身』2014年1月21日号から)
これに対し、記者会見を開いた大沢は「鑑定書は金庫にしまわれていたので、息子は100%見ることはできなかった」と反論。
前述のとおり、この問題は家庭裁判所に持ち越され、大沢の主張が認められる判決が下った。
零次氏は言う。
「報道された当初から、パパとママとは『お前が成人したらまたDNAの再鑑定をしよう』と約束していました。しかし、いまだにその約束は果たされていません。
DNA鑑定の報道があって以来、ママとは音信不通が続いていて、パパとは折に触れて食事などをしてきましたが、ここ数年はあまり連絡が取れていません。
今年、街中でばったりパパと会う機会があり、妻をはじめて紹介したのですが、ろくに目も合わせてくれませんでした。
僕は自分の出生の真実を知りたい。
もう一度DNA鑑定をして、ケジメをつけたいのです。
それが、パパに対する僕の唯一の願いです。」