(『AERAdot.というサイト』から抜粋)
(以下の内容は、AERAdot.というサイトの2024年1月16日の記事「羽田空港・航空機事故 空白の40秒 重なったヒューマンエラー」からの抜粋である)
航空アナリストの鳥海高太朗の解説
「事故のあった(2024年)1月2日の午後5時47分ごろは、暗くなってやや視界は悪かったが、夜なら当たり前のことだ。
海保機は、羽田空港に所属する飛行機で、機長は初めての空港ではない。」
(※機長は羽田空港に慣れていた)
海保機(海上保安庁の飛行機)は、進入許可が出ていないのに滑走路に進入したとされている。
しかし機長のミスに、副機長が気付かなかったことに、鳥海氏は首をかしげる。
JAL機と衝突する40秒前には、海保機は滑走路に入り、40秒もそこで停止していた。
衝突の40秒前だと、JAL機はまだ滑走路から4~5km離れた地点にいた。
元航空管制官の田中秀和は言う。
「40秒は、パイロットや管制官にとっては、とても長い時間です。
誤った進入に気付けば、JAL機が着陸のやり直しをする。」
(※管制官が着陸のやり直しを指示する時間は十分だということ)
管制塔にある『滑走路占有監視支援機能』は、(海保機の)誤った進入を知らせる警告を、管制官のモニターに表示していた。
田中秀和
「40秒も進入を見落としていたとすれば、不思議でなりません。
(管制官が)気付いていた可能性も否定できません。」
JAL機には、機長、副機長の他にも、訓練を見守るパイロットが乗っていて、3人もパイロットが乗っていた。
しかし3人とも、「海保機について視認できなかった」と証言している。
海保機は、(1月1日に起きた能登半島地震のため)被災地に向かう臨時便だった。
だが航空ジャーナリストの藤石金彌は、こう解説する。
「臨時便があっても、管制官の業務は通常とあまり変わらず進みます。」
(以下は、YouTubeの頑張れ日本!全国行動委員会 兵庫県姫路支部チャンネルの動画、「何かおかしい羽田空港事故~空白の1分に何があったのか~」から抜粋)
海保機において、機長はただ1人、機体から脱出して生き延びた。(※他の乗員たちは死亡した)
機長はどうやって脱出したのか。
さらに衝突事故の8分後に、機長は海上保安庁に事故があったと連絡している。
機長は、火傷で大怪我したと報じられている。(※入院し重体だと報じられている)
それなのにどうやって事故の8分後に連絡できたのか。
(以下は、事故後の緊急記者会見に見られた、不審な点を指摘したもの)
衝突事故を受けて、国交省と海上保安庁は共同で緊急記者会見をした。
この記者会見では、東京新聞の宇佐美記者が、次のように質問した。
「事故がどうして起きたのか。事故原因はどういう事が最も考えられるか。」
これに対し、国交省の役人はなぜか大きな笑みを浮かべて、こう答えた。
「非常に重大なことなので、軽々に答えられない。発言できない。」
この役人は、ほかの質問には無表情で答えている。
なぜ宇佐美記者のこの質問には、笑みを浮かべたのか。
変な様子なので、この場面が切り取られて、SNSで拡散された。
(2024年1月25日に作成)
(以下はNHKのサイトより、【瞬間映像】乗客が撮影か 機内には白い煙のようなものが、から抜粋)
衝突事故の時に、羽田空港の滑走路上で別の飛行機に乗っていた男性が、機内から衝突の瞬間を撮影した映像がある。
JAL機が炎をあげる様子が写されており、爆発音のような音も確認できる。
この動画を撮った男性は、「飛行機が走っていたので動画を撮影していたところ、いきなり機体からオレンジ色の炎があがって爆発音がした」と証言する。
(※なお、この動画には海保機は映っていない。)
衝突したJAL機に乗っていた男性は言う。
「着陸した瞬間は、ふだんと変わらない様子でしたが、ドーンという音がした後、外がオレンジ色にぱっと光って、燃えているのが見えた。
煙はすぐに消えると思ったが、どんどん充満したのでシートベルトを外して、煙を吸わないようにした。」
同じく乗っていた20代の女性の話。
「普通に着陸したと思っていたが、気がついたら煙臭くて、窓を見たら燃えていた。
機内は子供連れが多く、子供が泣き叫んでいました。」
家族3人で乗っていた女性の話。
「ドンという衝撃があり、着陸にしては荒い操縦だと思っていたが、事故とは考えもしなかった。
そのうち煙臭いと思っていたところ、機内アナウンスで姿勢を低くするように指示されたが、逃げろという明確なアナウンスは無かった。
前の乗客が移動したので、付いていって脱出できた。」
(2024年5月9日に加筆)