(以下は『週刊文春2023年7月6日号』から抜粋)
歌舞伎役者・市川猿之助の一家心中事件について、捜査関係者はこう話す。
「捜査をめぐり、警視庁と検察庁に暗闘がありました。
警視庁は薬を用意した自殺幇助で猿之助を逮捕する方針でしたが、2023年5月29日に地検がストップをかけたのです。
猿之助は、『両親は私が用意した睡眠薬を自ら5~6錠ずつ飲んだ』と供述しています。
しかし地検は、その量では死なないと疑問視して、『鑑定を進めよ』と指示しました。」
市川猿之助は、『両親の顔に白いビニール袋を被せ、両親が動かなく なった後にそれを外した』と供述している。
地検は、ビニール袋を被せたことで死が早まったと見ている。
ビニール袋で死が早まることを猿之助が知っていて、そのビニール袋を外のゴミ置き場に捨てたとすると、情状酌量の余地は乏しい。
捜査関係者が明かす。
「両親の体内からは、二種類の薬の成分が検出されている。
ただし母親の延子さんの体から検出された量は、致死量とは言えない。
ビニール袋を被せたことで死が早まったと結論されました。」
そもそも市川猿之助は、なぜこんな事件を起こしたのか。
幼少期の猿之助を知る人は、こう証言する。
「猿之助は選民意識が凄まじく、私のような一般家庭の人には挨拶すらしなかった。
私は6歳年上ですが、私への語り口は傲慢そのものでした。」
猿之助は16歳の頃、俳優の加勢大周に心酔し、周囲に「すごくカッコいいわ」と熱弁していたという。
加勢の知人が言う。「加勢の家に高校生の猿之助が突然訪ねてきたことがあったそうです。その後も加勢の所に『市川亀治郎」の名で差し入れがありました。」
(※市川亀治郎は猿之助の若い頃の芸名である)
猿之助はギャンブルにはまっていた。知人が証言する。
「2015年8月に市川染五郎さんのラスベガス公演に合わせて、猿之助さんはスタッフとラスベガスに行きました。
猿之助さんはカジノに入り浸り、ある日は200万円すったと言って、さすがに落ち込んでました。」
心中事件後に猿之助は、捜査関係者にこう話している。
「プライベートで大好きなラスベガスに何度も行ったし、仕事でも満足している。
この世にやり残したことはありません。」
(以下は『フライデーのサイト』から抜粋)
市川猿之助のマネージャーの男性は、かつて大物女性芸能人とも交際していたという40代半ばの俳優で、猿之助の恋人である。
事件があった期間に行われていた猿之助の公演には、その俳優の父親が出演していた。
(以下は『集英社オンライン』から抜粋)
市川猿之助のマネージャーの男性は、何度が恋愛スキャンダルで、スポーツ紙やワイドショーをにぎわせたことがある。
猿之助と接点を持ったのは数年前。
新橋演舞場や明治座で大道具の仕事で食いつないでいたが、猿之助と親しくなっていった。
猿之助は自殺を図った部屋のキャンパスに、「A(マネージャーの名)を養子にし、遺産の全てを相続する」と書いていた。
松竹は、猿之助のパワハラ・セクハラについて、社内で極秘に「これ以上の検証はしない」と取り決めたと言われている。
このままでは間に葬られてしまう。
(※市川猿之助のパワハラ・セクハラは、重大な問題であり、無かった事には出来ない。
松竹の対応は完全に間違っている。)
(サンデー・ジャポン(続き)から抜粋)
雨宮氏は元・科捜研のメンバーだが、こう話す。
「解剖医が『向精神薬の中毒が母親の死因』と発表している以上、血液中には高濃度の向精神薬が検出されていると思われる。
だが(市川猿之助の供述する)10錠では、決して血中濃度は高くならない。
だからどこかに矛盾点がある。」
猿之助の両親が飲んだとされる薬は、中毒になる量は1gで、1000錠にあたる。そして致死量は6gで6000錠だ。
水に溶かすには、1000錠で水10リットルが必要になる。
小川泰平(たいへい)氏は言う。
「司法解剖の結果、かんさつ医は向精神薬中毒の疑いと話している。
だから、窒息死が排除されたわけではない。」
消えたビニール袋と薬のパッケージは、証拠いん滅の可能性がある。
(※猿之助はこの2つを家の外まで捨てに行った)
小川泰平
「部屋のゴミ箱ではなく、わざわざ外に捨てにいくのは違和感があり、証拠隠滅にも見える。」