消費税がつくられる(以下は 『日本の歴史 第24巻』からの抜粋
2004年8月にノートにとり勉強
2026年7月12日に作成)
日本の敗戦後、大蔵省は財政均衡主義を守ってきたが、1966年に昭和41年度補正予算で初めて建設国債を発行した。これは昭和40年に不況があったため。
1975年に初めて特例公債(赤字国債)が発行された。以後にこれが急増していく。
1979年に国債依存度が34.7%に達したので、80年から概算要求基準枠(シーリング)を設定し、ゼロ・シーリング(伸び率ゼロ)を決定した。
1979年に大平・首相は、選挙前に大蔵省の意向を重視して、消費税の導入を主張した。
その結果、選挙で敗北した。
1987年1月に、自民党は党大会で売上税(消費税)の導入を決定した。
しかし野党と国民の反対で断念した。
大蔵省は消費税をつくるため、社会保障費の増大への対処と、所得税に頼った直接税だけでなく間接税の消費税も必要と説いた。
これが国民に(特にサラリーマンに)受け入れられた。
1988年12月に、所得税の減税と消費税3%の法案が成立した。