タイトル民主党政権のあれこれ

(以下は『毎日新聞 2011年8月21日』から抜粋)

◎民主党の代表選など

菅直人・首相の後継を決める代表選に向けて、小沢一郎は、小沢派に候補者がいないため藤井裕久に出馬を打診したが、固辞された。

藤井は1993年に小沢と共に自民党を出た、元側近である。
民主党と自由党の合併後、次第に疎遠となった。

民主党は、主流派の野田グループは20人、前原グループは40人、菅グループは20人である。

非主流派の小沢グループは130人、鳩山グループは30人だ。

(※なぜ人数が圧倒的に多い方が非主流なのか、さっぱり分からない)

菅首相は、退陣の条件に、「特例公債法案」と「再生可能エネルギーの固定価格買い取り法案」の成立を挙げている。

現在、待機児童の多さが問題となっているが、その8割が0~2歳児である。

(以下は『毎日新聞 2011年8月22日』から抜粋)

◎毎日新聞の世論調査

原発については、時間をかけて削減が74%、今すぐ廃止は11%。

消費増税は、反対が56%、賛成が41%。

菅内閣の評価は、不支持が63%、支持は15%。

(以下は『毎日新聞 2011年8月23日』から抜粋)

民主党・代表選に前原氏の出馬意向が決まった。

(以下は『毎日新聞 2011年8月24日』から抜粋)

再生可能エネルギーの発電の全量買い取りを電力大手に義務づける、『再生可能エネルギー固定価格買い取り法案』が、8月23日に衆院で可決された。

買い取り費用は、電気料金に転嫁される。
買い取り価格を抑えれば、再生可能エネルギーの普及は進まないだろう。

法案では、電力の安定供給に支障が生じる場合は、買い取りを免除する例外規定が設けられた。

電力会社が安定供給を理由に買い取りを拒否すれば、普及の足かせとなる。
これを解決するには、ITを活用した次世代の送電網(スマート・グリッド)や、送電網の整備が必要だ。

自民党の谷垣総裁は、民主分裂を予測し、8月23日に次のように述べた。

「小沢氏らと現執行部との対立は、代表選を通じて深まり、党の分裂は避けられない。代表選でも対立は克服できない。早晩、割れざるを得ないだろう。」

(以下は『毎日新聞 2011年8月27日』から抜粋)

民主党・代表選は、8月29日に投開票される。
小沢氏は鳩山氏と会談を重ね、海江田氏を支持することに決めた。

◎菅政権の退陣表明、これまでの歩み

菅直人・首相は、退陣条件としていた『再生可能エネルギー固定価格買い取り法』と
『特例公債法』が成立したことを受け、正式に退陣を表明をした。
1年3ヶ月の任期となった。

菅首相は「税と社会保障の一体改革」を看板政策にし、6月30日にまとめた改革案では「2010年代半ばまでに消費税率を10%に引き上げる」としていた。

菅首相は、2010年6月11日の所信表明演説で、税と社会保障改革に意欲を示した。

3ヵ月前に、内閣不信任決議案を葬るために、辞意を口にしていた。

菅首相は、2010年7月の参院選では消費税率引き上げを発言し、敗北した。
そして、ねじれ国会を招いた。

東日本大震災が起きると、対応の遅れに批判が集中した。
省庁間の情報の共有が遅れ、被災地の情報収集も遅れた。

その一方で自衛隊派遣の決断は速く、発生2日後に10万人まで増強するように指示した。

菅首相は、安全性が懸念されていた浜岡原発を停止させ、全原発への全評価(ストレステスト)を義務づけた。
脱原発のため、エネルギー政策の白紙からの見直しも決めた。

原子力安全・保安院を経産省から分離して、原子力安全委員会と統合した。
原子力庁(仮称)を環境省の外局に新設する方針も決めた。

だが、住民を被ばくから守る手立てについては、情報開示と対応が遅れた。

TPPへの参加に積極姿勢を示したが、言い放しで終った。

高速道路の無料化は、いつの間にか立ち消えた。

民主党内の対応では、小沢一郎の扱いに苦慮し、挙党態勢作りができなかった。

他には、市民の目線に立ち、「硫黄島の遺骨の帰還」、「諫早湾の開門」、「B型肝炎訴訟の基本合意」、「NPOの寄付税制改革」を実現した。

(以下は『毎日新聞 2012年2月11日』から抜粋)

野田政権は、構造改革法案の骨子案に、「国家公務員の総人件費は、2割削減を目標とする」と明記した。

復興財源をつくるのための給与削減は、いまだに法制化されていない。

菅内閣の時に、「2013年度末まで7.8%削る」という法案を提出した。
その後、自公との協議は難航したが、8%削ることでやっと合意した。
(※この削減は2年間だけの時限法である)

民主党の小沢・元代表は、野田首相が掲げる消費増税に反対する考えを明言した。

小沢は、「お金がないから増税、というのは国民への背信行為だ。財源を見いだす努力をやった上での話でないといけない」と述べた。

(以下は『毎日新聞 2012年4月17日』から抜粋)

民主党の仙谷由人は、4月16日の講演で「全ての原発を直ちに止めた場合、日本の経済と生活が終わり、日本は集団自殺する」と述べた。

仙谷氏主導の原発再稼動への動きに、民主党内で反発が強まっている。

この亀裂の要因は、野田政権の発足直後にあった。

菅政権の時に設置された「原発事故収束対策プロジェクトチーム」が、首相の交代で廃止され、再稼動に積極的な前原誠司・政調会長は再設置しなかった。

荒川聡などの再稼働の慎重派は、政府に意見を伝える場がなく、幹事長の輿石東(こしいしあずま)の所に次々と駆け込む事態となった。

(以下は『毎日新聞 2012年8月13日』から抜粋)

毎日新聞は、『消費増税法』の成立を受けて、世論調査を実施した。

消費増税が暮らしに影響すると答えた人は、92%に達した。
「成立を評価しない」が53%を占め、「評価する」の44%を上回った。

3党が合意した衆院解散については、「早期に行うべきだ」が61%に上り、「早く行う必要はない」の33%を大きく上回った。

野田内閣の支持率は27%。不支持率は52%。

原発については、「ゆるやかに減らして(総発電量に占める値を)15%まで下げる」が54%で最多だった。
「原発を0%にする」は31%だった。

竹島に韓国の李明博・大統領が上陸したことについても、世論調査をしたところ、「韓国に対する感じ方はどうなったか」の問いに、「悪くなった」は50%、「変わらない」は44%だった。

年代別にみると、20代で「悪くなった」と答えた人は25%で、「変わらない」は72%だった。

「悪くなった」は、年齢が高くなるほど増加し、50代で53%と半数を超え、70代以上では60%に達した。

男女別で「悪くなった」の回答を見ると、男性は55%、女性は47%だった。

原発についての「討論型世論調査(DP)」が、2012年8月12日に開かれた。

川崎市民57人が参加して、政府が示した「2030年の原発比率0%」「同15%」「同20~25%」の3案について議論した。

参加者の質問には、5人の専門家が答えた。

「原発ゼロになると誰が困るのか」との質問に対し、原子力委員会の鈴木達治は「電力会社と立地自治体、原発メーカー」と答えた。

同じ質問に、日本消費生活アドバイザー協会の辰良菊子は「原発を推進してきた側」と答えた。

(以下は『毎日新聞 2012年10月10日』から抜粋)

○民主党とアメリカ政府

2012年9月に民主党は、党として初のアメリカ訪問をした。
民主党政権の発足から既に3年が経っていた。

民主党は鳩山首相の時、中国に傾斜した。小沢幹事長は大規模な訪中団を構成した。

民主党内でアメリカと太いパイプを持つのは、前原だ。
1993年の初当選以来、毎年訪米してきた。

(以下は『毎日新聞 2012年11月16日』から抜粋)

衆議院が今日解散し、総選挙となる。

太陽の党の石原慎太郎と、減税日本の河村たかしの2人が会見をし、維新の会、みんなの党を含めて4党での合流を目指す考えを表明した。

みどりの風は11月15日に、参院議員4人、衆院議員1人で発足した。

民主党は、衆院議員6人が離党の意向を表明した。山田正彦・元農相など。

(以下は『毎日新聞 2012年12月27日』から抜粋)

12月26日の首相指名選挙で、自民党の安倍晋三が選出された。
これにより民主党政権は3年3ヵ月で幕を閉じた。

発足する安倍政権の内閣官房参与には、かつて小泉首相の秘書官を務めた飯島勲 (67歳)、丹呉泰健(5年半に渡り小泉首相の秘書官を務めた)、谷内正太郎、浜田宏一(エール大) の4人が起用される。

未来の党は、分裂が決まった。
亀井静香が離党を表明。
嘉田・代表は、「平和的に分党できる方向を探っている」と語った。

(2024年12月10~11日などに作成)


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