東山文化とは(以下は『応仁の乱』歴史群像シリーズ㊲ から抜粋
2026年9月13日に作成)
東山文化は、室町時代・前期の北山文化と、安土桃山文化の間に位置する文化で、公家と武家の交流や、明(中国)から輸入した文化を基にした侘(わび)と寂(さび)の文化、さらに庶民文化をも融合したものだ。
東山文化の建築物は、慈照寺(銀閣のこと。完成に十余年をかけた)と龍安寺の石庭が有名だ。それらは禅の世界を表現している。
龍安寺の石庭は、作者は『大日本寺院総覧』は相阿弥としているが、異説もある。
水墨画は、雪舟が明に行って学び帰国した後に書いたものが、今日でも名画と評されている。
観阿弥と世阿弥の時期に隆盛した能は、一時期は衰退したが、東山文化の時期に音阿弥が復活させた。
狂言も一分野として定着し始めた。
茶の湯は、中国製の様式を重視する「唐物」から進んで、和の感覚を加えたものが生み出された。
連歌も大成されていった。
庶民も能などを楽しみ、御伽草子なども盛んに作られた。