タイトル映画の話

(以下は『しんぶん赤旗日曜版 2024年3月31日号』から抜粋
2026年3月28日に作成)

🔵浅丘ルリ子の話

「私が出演した映画は159本です。

日活映画の黄金期だった1960年代に、多くの作品に出演しました。

当時は忙しいなんてものじゃなく、台本を4つぐらい抱えて、どれがどれだか分からなくなったほどです。」

彼女は小林旭と42作、石原裕次郎と37作で共演した。

浅丘は旧満州の生まれで、タイのバンコクで育った。

彼女の一家は戦後になってから日本に引き揚げ、東京・神田の自宅で雀荘を生業にした。

「戦前の父は外交官で、バンコクでは宮殿みたいな所に住んでいました。
だから神田に行って、何この落差はって思いました。」

彼女は14歳で映画デビューした。

「オーディションに行ったら、衣装デザインの監修だった中原淳一さんに気に入られて。
中原さんは、私の長い髪をバサッと切ると、『この子じゃなきゃダメ』と言ったんです。」

芸名のルリ子は、この映画の役名から付けられた。


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