いま日本では、TPPについて、国内で賛否が割れている状態です。
かなり多岐にわたる協定なので、ほとんどの人が「う~ん、どうしたらいいんだ」と悩んでいる状態です。
そこで今回は、TPPについて、大きな視点で考えてみようと思います。
私は、現状のTPPには、参加しない方がよいと思っています。
私がTPPに共感・賛成できないのは、『加盟国の調和や協調を推進するものではなく、とにかく現行の規制を無くしまうものであり、やたらと熾烈な競争を煽る』内容になっているからです。
TPP推進派は、「競争はすばらしい。競争は正しい。競争すれば世界は良くなる」と考えているようです。
しかし、その考えは、あまりに安易だと思います。
私が大変に共感している『神との対話』には、「世界全体が1つであるかの様に、調和することを目指しなさい」と書かれています。
私は、各国の交流や貿易を密にすることには、大賛成なのです。
ただし、TPPは『調和』よりも『競争』の色が濃いので、「これは違うんじゃないか」と感じるのです。
『貿易』というものの本質を考えると、それは「補い合い」だと思います。
例えば、国レベルで考えてみましょう。
日本みたいな海に囲まれた海洋国家もあれば、山ばかりの国や、砂漠の国もあります。
日本は北海道を除くと山が多いですが、平野ばかりの国もあります。
小さい国もあれば、ばかでかい国もあります。
様々なタイプの国がある中では、「この分野では、お互いに補い合えるな」と思える条件を備えた2国や、グループも出てきます。
そういう時に、お互いに余っているものを出し合う(足りないものを補い合う)、それが貿易の本来の在り方だと思うのです。
翻って見てみると、TPPというものは、そういう理念ではありません。
アメリカが参加してからは、「とにかく、規制(関税)は無くそう。そんなものは必要ない。ノー・ルールが良いんだ。競争原理にすべてを任せよう。」となってしまいました。
その一方でアメリカは、「著作権などは、ルールでガチガチに守ろう。ノー・ルールはいけない」と主張しています。
率直に言ってTPPは、『アメリカの望むルールを採用して、各国の事情を考慮せずにバンバン競争をするシステム』です。
それはつまり、『アメリカの勝利が約束されたシステム』です。
私は思うのですが、アメリカ、カナダのような広大な国と、日本やシンガポールみたいな小さな国土の国が、完全に同じルールで競争するなんて、狂気の沙汰ですよ。
ボクシングや柔道で、階級(体重制限)を無くして、無差別級だけにするようなものです。
それを、公平とか自由競争などと言って正当化するのは、欺瞞だと思います。
アメリカ史を学ぶと分かるのですが、アメリカは1900年頃に、世界最大の農業国でありつつ、世界最大の工業国に成長しました。
つまり、農業と工業で世界1位になりました。
この時までは、アメリカも関税を高くしていたのですが、これ以来「関税なしの世界貿易」を主張するようになりました。
それは、「アメリカは基礎体力があるので、他の国と同じルールで競争をすれば、絶対に勝てる」との思惑が生まれたからです。
こうした歴史を考えた上で、TPPについても考察する必要があります。
現状では多くの人々は、貿易やビジネスを収支で捉えて、「勝ち負け」で判断します。
でもそれは、世界を不幸にする思考だと思います。
勝ち負けのある状態では、負けた方は貧しい暮らしを強いられて、奴隷のような存在になります。
「負けたんだから、貧困も奴隷身分も我慢しろ」というのが、今の世界貿易(世界のビジネス)の構造ですが、私には狂気の世界に見えます。
例えばビジネスマン向けのTV番組では、「グローバル時代に生き残るための戦略」などと言って、「勝つためには、こうやれ!」みたいな事を言い、「負けたら、あなたの国や会社は死に、あなたも死にます」といった論調です。
何ですかこれは?
これが、だいの大人が築いた社会構造なのですか?
冷静に見たら、小学生レベルの幼稚な発想に基づいた、人々を幸福にしない社会構造だと気づきます。
『貿易は、調和や補い合いをするためのツールだ』との、本来の認識がきちんと浸透すれば、相手を尊重したやり取りになるし、どちらかが負け組にならないようにするはずです。
私は、アメリカや日本などの先進国は、相手を慮って貿易をするのが当然だと思います。
それに、どこかの国が大幅な貿易黒字を出したら、それは無償で取り消せばいいと思います。
世界全体を考えたり、貿易相手国の事を考えれば、ごく自然に調和重視の貿易になるはずです。
それを、競争至上主義になって、「負け組は、貧しい状態で耐えていろ」と言うから、テロや戦争が起きてしまうのです。
競争至上主義に基づいた(それも、アメリカに有利な条件になっている)TPPは、これからの世界には相応しくありません。
TPPの1つのテーマになっている『著作権』について言うと、発展途上国には緩いルールにした方がいいです。
というよりも、そもそも著作権って何ですか? 必要ありますか?
すばらしいアイディアや技術や作品は、皆で分かち合いましょうよ。
アメリカは、「自由の国」とか「希望の国」とかすぐに自画自賛をしますが、それを示したいならば、持っている著作権をフル・オープンにして下さい。
隠している技術(軍事に関係する技術など)も、全面的に公開して下さい。
それこそが、自由であり、希望です。
アメリカが隠している技術の中には、世界を変えうるような画期的な技術もあると、よく耳にします。
実際に、「インターネット技術」は、当初は隠されていた軍事技術から生まれたものです。
最後に、TPPについての自民党の対応について、感じている事を書きます。
しばらく前に、自民党でTPPについての交渉・検討・調査をしている「TPP対策委員会」の西川さんは、自民党がこれだけは死守すると公約した「重要5項目」について、こう言いました。
「重要5項目も譲る可能性がある。
こちらがカードを切らないと、相手も切らない。」
これは、とんでもない事であり、私は心底から驚きましたよ。
日本は(自民党は)、他の分野では譲歩する可能性を認めた上で、これだけは守るという形で「重要5項目」を決めたわけです。
つまり、すでに相当な譲歩をしているのです。
実際に自動車ではアメリカに譲りました。
「重要5項目」はカードにしないのが公約なのに、それをカードにするというのは、完全に公約違反です。
公然と「公約違反をする」と言った西川さん(自民党)には、唖然としました。
その後、彼の発言はうやむやになっていますが、最終的に「重要5項目」についても譲ったとしたら、自民党の信頼は地に落ちるでしょうね。
考えてみると、TPPは交渉過程が秘密にされており、いかがわしさがあります。
原発事故以来、東電の秘密体質が問題になっていますが、TPPはそういう次元ではない秘密ぶりです。
ぜんぜん、情報が明らかにされてきません。
TPPに参加するには、「交渉内容を国民には秘密にする」という約束を強制させられます。
そうして、日本もそうですが、一部の人達だけが交渉に参加して、すべてが決められていきます。
何ですかこれは?
こんなもので、日本の将来が決められてしまうとしたら、犯罪的ですよ。
色々と書いてきましたが、書くなかで考えれば考えるほど、TPPには入らない方がいいと思えてきました。
TPPに無理して入るほどに、アメリカに頼って、アメリカを信仰・崇拝する必要はないですよ。