佐村河内 守さんのドキュメンタリー番組を見て、衝撃を受けた
(2013.4.20.)

佐村河内 守さんを知っていますか?

私は、今回記事にするTV番組を見るまで、知りませんでした。

彼は、クラシック音楽の作曲家です。
耳が聞こえないため、「現代のベートーベン」と呼ばれています。

現代のベートーベンというキャッチフレーズに何となく魅かれて、彼のドキュメンタリー番組を見たのですが、その生きっぷりに衝撃を受けました。

耳の聞こえない人という事なので、何となく大人しくて静かな人生を想像していたのですが、全く違いました。
自分との壮絶な格闘の人生であり、今まで見た事のない生き様でした。

ここからは、TV番組で描かれた佐村河内さんの生き様と、私の感想を書いていきます。

番組では、彼の作曲風景を主に描いていました。
その作曲に取り組む日々は、衝撃的なものでした。

まず佐村河内さんの経歴なのですが、若い頃から作曲家を志ざしていて、『絶対音感』を獲得しています。

『絶対音感』があると、音程が正確に分かるし、譜面を見ただけでそのメロディを完璧に歌えたりします。

この能力は、子供の頃に熱心な音楽教育を受けると、身につける事ができます。

彼は大人になる頃から難聴になり、35歳の時に完全に音が聞こえなくなりました。

普通だと、この時点で作曲が出来なくなるのですが、彼は絶対音感を持っているので、頭の中だけで作曲を出来るのです。

つまり、楽器などで音を出して確認しなくても、音楽作品が完成するまで頭の中のシュミレーションだけで創れるのです。

この作曲の仕方は、ベートーベンとそっくりで、すでに凄い事です。
だが、この人の凄みはこんなものじゃありません。ここまでは序の口です。

私は全く知らなかったのですが、耳が聞こえなくなると、『もの凄い耳鳴り』がしてしまう事が多いのだそうです。

佐村河内さんも、すごい耳鳴りに悩まされていて、その凄まじさゆえに薬を15種類も服用しているのです。

薬を飲まないと、耳鳴りによって、寝込んでうめき苦しむほどです。

普通だと、心が折れてしまい、作曲をしようという気にはなれない状態です。
実際に、彼もそういう時期がありました。

彼は、薬を大量に飲む事で耳鳴りを一時的に減退させ、その時に作曲をします。
ですが、薬の副作用で立って歩けない位にフラフラになってしまいます。

フラフラになりながら作曲する姿は、見ていて鬼気迫るものを感じました。

創作をするにはもの凄い集中をしなければなりませんが、彼の場合は創作のために薬を服用しなければならないので、『フラフラになりつつ集中をする』という極限の世界で創作をします。

実態は違うのですが、麻薬でフラフラになりつつ演奏するジャズ・ミュージシャンみたいな、危ないエネルギーを放っています。

作曲中は頭の中ですべての作業をするため、傍から見ると「瞑想」をしているみたいです。
その姿からは、行者の風韻を感じます。

見ていて痛感したのですが、耳が聞こえないというのは、単に作曲中に困るだけではなく、曲が完成してからもそれを自分で聴く事ができないし、他の作曲家の曲を聴いて勉強する事も出来ません。

その孤独さは、私達には想像できないレベルです。

彼を見ていて、「マジに作曲が好きなんだな。私だったら、作曲を諦めて別の何かをするな。」とその情熱に脱帽しましたよ。

作曲とは関係ないですが、彼は明るい光を見ると耳鳴りがひどくなるので、日中でもカーテンを閉めており、真っ暗な中で生活しています。

その姿は、ドラキュラ伯爵を少し感じさせるほど、妖しい(怪しい)です。
もっとも、身体の調子が悪くて元気があまりないし、いい人なので、ドラキュラのタフさや悪魔的な要素は無いです。

彼の作った『交響曲第1番・広島』は、クラシック界でベストセラーになったそうです。

番組中では曲の一部が聴けましたが、非常にまともな和音や展開で、19世紀頃の曲の雰囲気でした。

彼の生き様は異常な世界ですが、作られる曲は案外スマートと言うか、自然な感じなんです。
そこが、人気のある理由なのでしょうか。

もう一つ、レクイエムの新曲(東日本大震災で亡くなった方々への曲・ピアノソロ曲)が、番組中で紹介されました。

こちらも、奇をてらう感じの無い、自然な響きでした。

作曲中の鬼気迫る状態を見ているためか、その自然で落ち着いた響きがどうして生まれてくるのかと、不思議に思えます。

佐村河内さんは、東日本大震災で親を亡くした女の子(10歳くらい)とネットを通じて友達になり、彼女のために、このレクイエムを作曲しました。

普通だと、自分の作品を大きく見せたいと思い、「私は震災で亡くなった大勢の方々とご遺族のために、この曲を作りました」と言うと思います。

しかし彼は、「私には、一人しか救えないですよ」と言い、その女の子のために作ったと力説していました。

初演の後には、その子と手を繋いで、亡くなった彼女の親の墓参りをしていました。

私は見ていて、「この人の創作感覚は、私と違うな。すごく限定された対象に、相手を絞っているなあ。こんなに個人的な理由で作曲するものが、大勢の人に鑑賞され愛されるなんて、なんか不思議だな。」と思いました。

でも、よく考えてみると、一個人を想定して作った曲が名曲として残る事はよくありますね。

私の場合は真逆で、誰か一人のために何かをするよりも、万人のために何かをする方がモチベーションが上がります。

だから、対象者を限定しないインターネットでの活動(ウェブサイトの作成)は向いていると思っています。

たぶん世間の常識からすると、ネットで知り合った小さな女の子のために作曲をして、その子と手を繋いで墓参りなどの行為は、その事実の表面だけを見たら「やばい人」という認識になるのではないでしょうか。

私は『神との対話』を読んで、「愛の表現方法は様々であり、人それぞれが違った愛の表現をする」と教わったので、「この人は、自分の愛し方を貫いて、正直に生きている人なのだなあ」と受け入れられました。

ベートーベンなんて代表的ですが、作曲家などのアーティストたちは、『変人』と評される事がかなりあります。
創作行為って、傍から見ると変な行為に見える事があるんですよね。

ちゃんと観察をすれば、変ではないと気付けるのですけど。

番組中に何度も思ったのですが、佐村河内さんの業績の7割くらいは、奥さんの力なのではないでしょうか。
彼の生活や創作活動を理解して支えるのは、並大抵の事ではないです。

番組で見る限りでは、尽くす女って感じでした。

もっとも、夫婦というのは外側から少し見ただけでは、本当の姿は見えないのも事実なのですが。

正直に言って、彼の曲がすばらしい曲なのかどうかは、分かりませんでした。

交響曲なんて、最初から最後までじっくりと聴かないと判断できないですしね。

とりあえず、「近所で彼の曲の演奏会があったら、聴きに行こう」とは思いました。

私としては、作曲能力よりも、その壮絶な生き様に興味を持ちました。

「こんな人も、日本には居るのか。知らなかったなー。」というのが、一番の感想です。

彼の今の生活からすると、あまり長生きが出来そうにないです。
こんなにも独自の道を邁進できる面白い人が居なくなるのは寂しいので、長生きをしてほしいです。

薬を飲みすぎの気がするのですが…。

私の身体の状態とあまりに違うので、確信を持っては言えないのですが、運動をした方がいいと思います。
運動は身体を良くする基本だし、室内でも出来ますからねー。

現状ではかなり体調が悪そうなので、心配しています。


日記 2013年4~6月 目次に戻る