佐村河内さんの曲を、新垣さんが作っていた事について
(2014.2.17.)

先日に、『作曲家の佐村河内守さんが作ってきたとされる曲たちは、実は新垣隆さんが作っていた』との、衝撃的な記者会見がありました。

新垣さんが、「これ以上うそをつき続けるのは堪えられない」と、懺悔告白の会見をしたのです。

私は、なにげなく自宅のTVの部屋を通ったところ、その会見をちょうど生中継していたので、じっくり見ました。

最初は、「この人は本当の事を言っているのだろうか?」と疑いながら見ていましたが、態度や口調から嘘ではないと、私は途中から判断しました。

会見を見ていて強く感じたのは、新垣さんの勇気と正直さであり、まずそこに驚きました。

「ここまで正直に語るのか、凄い人物だな」と思いましたよ。

この会見では、「佐村河内さんは、実は耳が聴こえている」「最初からずっと新垣さんが作っていた」という衝撃の事実が明らかにされました。

本当にびっくりしましたねー。

私は、今回の事件で有名になってしまった佐村河内さんの、ドキュメンタリー番組をかつて見ており、昨年4月に日記でも取り上げました。

100%その番組の報道内容を信じていたので、「えー!!!」と思いましたよ。

ちなみに、その昨年4月の記事では「そのうちに彼の作品を聴こうと思う」と書きましたが、未だに聴いてません。

このところ『私の愛するジャズアルバム』のページ作成に力を入れていて、ジャズのアルバムばかり聴いてます。

(紹介するのはもともと大好きなアルバムなので、すでに繰り返し聴いていますが、記事を作成するには改めて聴きこむ必要があるんです)

そのため、元々はクラシックも好きなのですが、聴く暇がないんですよ。

どうも一連の報道を見るかぎりでは、彼(本当は新垣さん)の作品はさらに評価されてきているようですね。

この会見の後、新垣さんについては「正直者だ、あの人は悪くない」と「嘘の片棒を担いできたから共犯者だ」で、評価が割れているようです。

私としては、『ここまで正直に告白したのだから、許しましょうよ』と思います。

新垣さんの話を聞いていると、「悪気はなかったのに、徐々に大事になってしまった」事情が理解できました。

話をまとめると、こういう事です。

① 最初は、佐村河内氏からゲーム音楽を作る事の手助けを
  求められた。軽い気持ちでOKした。

② そのうち、他の音楽も依頼されるようになった。

③ 交響曲の依頼もあり、作った。
  だが、それは発表されなかった。

④ 数年したら、交響曲が「広島」と命名されて、勝手に賞に
  応募された。そして、賞を取ってしまった。

⑤ ずるずると関係が続いてしまい、その間に佐村河内氏は
  有名人になっていった。

⑥  もう関係を止めたいと言ったが、断られてしまった。
   仕方なく、懺悔告白の会見をした。

①~②の頃は、バイト感覚の下請けだったと思います。

それが③~④で大きく狂ってしまい、なまじ新垣さんに作曲能力があったために、どんどん事が大きくなってしまったのです。

新垣さんに高い作曲能力が無ければ、この代作事件は話題にならずに終わったと思います。

新垣さんの話を聞くと、佐村河内さんはプロデューサー的な役割はしていたようです。

つまり、「こういう流れだ」とか、「こういう編成で」とか、「こういうイメージで」と、注文を付けていました。

作曲は新垣、プロデュースは佐村河内、とのクレジットだったら、問題はなかったでしょう。

今回の事件で問題なのは、佐村河内さんが『耳が聴こえないとか、自分がすべて作っていると、明らかな嘘をついていたこと』ですよ。

新垣さんも共犯者ですが、表に出てきてなかったし、悪意を感じません。

作った曲の権利についても、「その権利は主張しない」と言い切って、潔い態度を貫いています。

佐村河内さんについては、素直に嘘を認めるかどうかが注目されましたが、今のところ嘘を認めていますね。
(細かい部分では、まだ揉めそうですが)

佐村河内さんは、冷静に見ると『すごい役者だった』と思います。

私がドキュメンタリー番組を見た時も、「この人は普通じゃないなあ」と何度も思いましたが、「作曲家(芸術家)だし、耳も聴こえないのだから、普通じゃなくても変じゃない」との結論でした。

嘘をついているなんて、これっぽっちも思いませんでしたよ。

彼の嘘の場合、身体を張った嘘なので、リアリティがあるんですよね。

あれは、取材をしても騙されると思います。

私としては、佐村河内さんについても、許したいですね。

「原発は安全だ」とかの、もっと社会に悪影響を与える嘘が、世間には一杯ありますよ。

2人を許した上で、新垣さんについては作曲能力を存分に発揮させるのが、日本社会にとって一番よい選択だと思います。


日記 2014年1~3月 目次に戻る