安倍政権を見極める㉓ 内田樹さんの解説②
戦後の日本はアメリカの従属国である
(2016.5.25.)

安倍政権を見極める㉓では、内田樹さんの著作『街場の戦争論』の抜粋を紹介しています。

この本では、「安倍政権が対米従属を旨としていること」も解説してます。

ここからは、その部分を紹介します。

日本は、久しく重要な政策について自己決定権を持っていません。

重要な政策は、アメリカの許可なしに何もできない。

そのため、「最終決定権が無いのであれば、あれこれ議論しても始まらない。自前で考えてアメリカに可否の判断を仰ぐよりも、最初からアメリカが文句を言わない政策を選べば効率的じゃないか。」と考える人が、統治システムの要路を占めるようになった。

すべての政策が、「アメリカが許可するか」を基準に議論される。

それが70年にわたって続いている。

主権者でありたいなら、時にはアメリカの世界戦略に対して異を唱えてもいいはずです。

例えば、息子ブッシュ大統領がイラク戦争の開始を宣言した時、アメリカの同盟国の多くはその拙速をたしなめました。

日本だけです、アメリカの決定を断固支持したのは。

第二次大戦後の日本の対米戦略は、「従属を通じての自立」という、込み入ったものでした。

僕はこれを、「のれん分け戦略」と呼んでいます。

忠義を尽くした店員がある日、旦那からこう言われる。

「お前は長い間よく尽くしてくれた。のれん分けしてあげるから、これからは一人で店をやりなさい。」

日本は、こう言ってもらう日を待ち続けてきました。

「日本はアメリカによく尽くしてくれた。これからは独立したパートナーとして遇しよう。」との、お許しを頂けると信じている。

繰り返しになりますが、重要な政策について、日本政府には決定権がありません。

2013年4月に、安倍首相は国会で「村山談話をそのまま継承しているわけではない」と発言しました。
しかし5月になると、発言を撤回した。

菅・官房長官は「中国と韓国に配慮したため」と説明しましたが、その説明を信じる人はいません。

でも、日本ではその弁明が通りました。
誰も首相の食言を咎めなかった。

咎めなかったのは、「発言を撤回しろ」と命令したのがアメリカだと、みんな知っていたからです。

中国の反発は無視できるが、アメリカの命令は無視できない。

そして、その場合に「アメリカから命令があったので撤回します」とは口に出せない。

言ってしまえば、日本が主権国家ではないと公言する事になるからです。

重要政策が一夜にして転換した時に、「誰の干渉でもない、気が変わったのだ」という言い訳を首相がして、それを誰も咎めない。

こういう事が起きる国を、従属国と呼ぶのです。

日本はアメリカの従属国だが、その事実を隠蔽しています。

敗戦国が支配されて、自国の運命を決することができなくなるのは、歴史上ではよくあります。

でも彼らはそれを悔しく思い、従属から脱却するためにどうすればいいかを考えた。

「戦後レジームからの脱却」は、本来の意味は「従属国からの脱却」です。

でも、その目的を実現するために採用されたのが「アメリカへの徹底的な従属を通じての、アメリカからの自立」という伝統的な戦略のくり返しであるなら、何の意味もない。

(この戦略が上手くいかないのは、歴史がすでに証明している)

1960年代までの政治家たちは、「アメリカに面従腹背する以外に生きる道がない」との認識があった。

「腹背」している自覚があった。

もう一度、主権国家として立つ、という夢を持っていた。

でも、「対米従属を通じて自立していく」路線を歩み続けるうちに、「対米従属」が不本意なことでなくなってきてしまった。

むしろ、従属の度合いと出世が同期してきて(アメリカの植民地支配が完成してきて)、従属するほど出世する。

70年かけて僕達は、そういう奇形的な心理(社会)を作り上げてしまった。

従属に慣れた結果、「従属が己の主体性と自由を基礎づけている」という、倒錯したロジックを平然と語るようになっている。

日本がアメリカの許可を得ずにした外交の最後は、1972年の田中角栄の『日中共同声明』だったと思います。

この時、(アメリカ政府の実質的なトップだった)キッシンジャーは、「田中を決して許さない」と激怒した。

そして、その直後にアメリカの上院で開示された情報により、田中は没落しました。(ロッキード事件)

民主党政権時の鳩山由紀夫と小沢一郎も、対米自立を口にしたため、引きずり下ろされました。

日本には、「この政策はアメリカの国益に反するのではないか」と忖度して、「鳩山をおろせ」と叫ぶ、政治家・官僚・ジャーナリストが掃いて捨てるほどいる。

鳩山首相は、「外国の軍隊が占拠している土地(沖縄の米軍基地)を、日本に返してほしい」と述べただけです。

でも、「その発言は日米同盟を傷つけ、日本の国益を損なった」とのロジックが、連日メディアを賑わしました。

主権国家がどういうものかは、キューバを見れば分かります。

キューバは、アメリカに向き合うように位置していて、アメリカの経済制裁により貧しい国です。

(先日にようやく、両国は国交を正常化しました)

でもキューバは、政策を自分たちで決め、税金を教育と医療に投じて、医療は世界トップクラスです。

キューバには、米軍のグアンタナモ基地があり、「返還してほしい」とずっと要求している。

一方、日本は米軍に思いやり予算をつけて、占領軍を厚遇している。

日本政府は(自民党+公明党は)、米軍に日本から出て行ってほしくないのです。

米軍が撤収したら、国防戦略を自前で考えなくてはいけなくなるからです。

今の日本には、自前で国防戦略を考えられる人がいません。

アメリカが喜ぶ政策以外は立案が許されない中で、そういう人間は叩き潰されてきたからです。

キューバは理想を提示しているが、日本はどんな国になりたいのか分からない。

以前、国連の常任理事国入りを日本が求めた時、支持する国が少なかった。

日本は国連拠出金がアメリカに次ぐ2位で、戦後は海外派兵をしてこなかった(戦争をしなかった)国なのにです。

各国が支持しなかったのは、「アメリカの票が1つ増えるだけだから」という理由でした。

これに有効な反論をした日本の政治家や外交官を、僕は知りません。

日本は、「アメリカのこの政策には、反対してきたし、これからも反対する」との実例を示せない。

日本の政治的な目標は、「主権の回復」しかありません。

その手がかりは、敗戦以前の日本が主権国家だった時にある。

主権国家だった時の国のかたちと、その時の国民の気分を手がかりにする。

僕が「戦前と戦後を架橋する」という言葉で言おうとしているのは、それです。

今の日本には、『人間のありよう』のヴィジョンがありません。

自己規律の確かさとか、判断における公平さとか、弱者に対する気遣いとか、そういう人間の風貌のことです。

輪郭のはっきりした、模範となる「大人」の像が描かれていない。

社会の指導的地位にある人々でさえ、「自分をロールモデルにして自己形成すれば、大人になれる」と、口にしないし思ってもいない。

資源を他人と奪い合う社会を善しとする人達は、当然ながらロールモデルにはなれない。

自分のたたずまいを通じて、集団を導く事ができるはずがない。

世の中でさかんに言われている「自分らしさ」とか「オリジナリティ」というのは、メッセージとして「俺の真似をするな」と言っているのです。

その能力を自分以外の人々が持つことを望んでいない。

ロールモデルになれる人間とは、『多くの人が、自分のような生き方をする人間である方が、そうでない場合よりも利益を得られる』という生き方をしている人です。

自分の倫理を保持し、いかなる権威にも屈服しない人が、現代日本には居ない。

○村本のコメント

「日本はアメリカに従属する国で、主権がない」というのは、全くその通りだと思います。

政治や経済を注視していると、この事実に気付かざるをえない。

この状況を打破する方法について、内田さんは戦前の日本を手がかりにするのが良いとしていますね。

私はもっとシンプルに、アメリカが自国のことしか考えていない事を観察し、日本が自立してやっていける事を観察しと、冷静な判断を積み重ねていけばいいと考えています。

後半の「ロールモデルになれる人が、現代日本には居ない」というのは、真実ではないと思います。

実際には居るのだが、今の日本では「変わった人」とか「要領の悪い人」としか評されないのです。

立派な人は、いつの時代にも一定数いる。

それを有識者が積極的に評価したり、世に知らせたりすれば、社会は変わると考えています。


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