突発性難聴になった そして気付いたこと
(2017.9.7~10.2.)

およそ20日ほど前に、突然に左耳の聴こえがおかしくなりました。

水泳をして耳に水が入ってしまった時、こもった様なくぐもった様な、気持ちの悪い状態になる。
あんな感じに、ある日いきなりなったのです。

数日様子を見たのに改善しないので、焦った私は、原因は首のこりや歪み、そして運動不足にあると分析し、久しぶりに公園に行って体操したり筋トレしたりしました。
ところが症状はむしろ悪化してしまった。

もわっと空気がこもる感じが強まり、ジーとかブーンという重い低音がずっと左耳だけ鳴っているみたいで、聴き取りづらく、右耳を含めた全体の聴力が半分に低下した印象です。

話しかけられても、何を言われたのか分からない時があり、訊き返してしまうことがしばしばとなり、加齢で聴力が落ちしょっちゅう「えっ、なに?」と返す祖母の苦労が分かった気がしました。

単に聴力が落ちるだけならまだいいのですが、不快感が常に左耳にあり、ある音域になるやたら響いてうるさく感じてしまうので、イライラしてきて精神的にきつくなってきた。

だから医者にかかるのが嫌いなのですが、仕方なく近所の耳鼻科診療所(山口医院)に行くことにしました。

電話で予約をし、自転車で向かいましたが、耳鼻科にかかるのは小学生の時以来で、少し不安でしたね。

それで、診察を受けた結果、『突発性難聴』と診断されたわけです。

聴力検査を行ったのですが、左だけ低音部の数値が低く、グラフで見て明らかに聴力が落ちている。

鼓膜の状態には問題がないので、「神経性の突然おきた難聴」という診断になった。

どうもこの病気はけっこう例があるらしく、お医者さんからは「薬を飲めば大抵は治るが、治らないこともある」と言われ、薬局の受付さんからは「発症から1週間以内ならば薬で治る」と言われました。

私は発症からちょうど1週間だったので、「おい、ギリギリじゃないか」と、先延ばしにせずに来て良かったと思いました。

治らない例もあるみたいですが、正直なところこのまま一生症状が続くとは思えなかった。

良くなるだろうとは直感していたが、どれくらいで良くなるかは見えなかった。

とりあえず飲み薬を9日分もらい、様子をみることになった。
薬は3種類で、ステロイド、神経の通りを良くするやつ、ビタミン剤。

ステロイドは強いやつで、飲み続けると副作用が出てくるので、最初は1日6錠なのを徐々に減らし、最終日には1錠となる。

まあ医者に行くのも、薬をもらって飲むのも、10年くらいしていないと思う。
小指を骨折して病院に行ったのが、いつだったか。10年くらい前かな。

だもんで、「本当に久しぶりだなあ、こんなの」と懐かしさすら覚えましたね。

もちろん、闘病も薬を飲むのも続けるつもりはなかった。
「治るんだ」と強く思いつつ、帰宅しました。

さて、家に帰り母に「突発性難聴と診断されて薬をもらった」と報告したら、「それヒロもなったやつじゃない」と言う。

すっかり忘れていたが、私の弟も数年前にこの病気になっていた。

「そうか、それじゃあ弟にアドヴァイスをもらおうか」と考え、メールしたところ、いつもは返事が遅いのにすぐに返信が来た。

どうやらかなり心配したらしい。メールだけでなく、電話もかかってきた。

弟は、内科の医者である。

で、彼は自分が発症した時に調べたり同僚から情報をもらったりして、かなり詳しくこの病気を知っており、それを説明してくれた。

「低音部だけが聴こえなくなるのは、本当は『低音障害型感音難聴』というんだ。

 初診だと突発性難聴と診断して間違いじゃないんだけどね。

 この病気は、安静にすることと、夜にしっかりと睡眠時間をとって規則正しい
 生活をするのが、治すポイントだ。

 僕と同じ症状だし、やっぱり兄弟だから似た体質をしているんだね。

 症状が出たのは、首や肩の凝りがひどく、眼などに疲れが溜まっている時だった。

 僕の場合は、発症して仕事を休んだ時に、家にいて難聴だから音楽を聴けないし
 パソコンを長時間してしまった。

 これが良くないと後で気付いた。
 パソコンを長時間やると悪い影響が出るから、あまりやらないほうがいい。」

確かに私は、最近首が凝っていて、動きが固くなり以前より回らなくなっていた。

さらにパソコンを長時間していたし、身体の疲れが取れない感じが続いていた。

眼も疲れていて、1ヵ月くらい前には焦点が定まりづらくて「眼が疲れているなあ」と自分でも思った時期があった。

弟の話に非常に説得力を感じたので、言われた通りに安静にし、パソコンをやる時間を減らすことにしました。

さらに弟が発症時に仕事を休んだと聞いて、「これは病気なんだ」と自覚しました。

で、夕食後にもらってきた薬を飲み始めた。
すると、ステロイドを摂取したからか、身体がとてもだるくなった。

この後、身体のだるい状態が続き、安静にしようと心に決めたのもあり、2日間ほとんどベッドで寝て過ごしました。

普通だと、ベッドに横になっていても睡眠中以外は、本を読んだりそれをノートに書き取ったりしています。
しかし今回は、眼も休めたほうがいいと思い、それすらせずにずっとただ横になってました。

そうしたところ、2日くらいしたらかなり身体がほぐれて楽になった。
難聴はあまり改善しなかったが、疲労が抜けてきているのを実感しました。

普段だと、休み時間・リラックスする時間に、テレビを見たり本を読んだりネットサーフィンしたりしている。

私はその時間で「休憩している」と思ってたのですが、ただひたすら横になってじっとしてる時間を作ってみたところ「すごい身体が回復するな」と瞠目した。

「人体の回復力ってこんなにあるのか」とまで思いました。

テレビ視聴や読書は、本当の意味では休憩時間になっていないと気付かされましたよ。

何もせずにじっと休むことも必要なのです。

残念なことに2日経っても、難聴自体はそれほど良くなってなかった。

でも、明らかに身体の疲労と凝りが減ったので、「これなら良くなるだろう」と直感した。

そんな中、ベッドでぐったりしているととにかく暇なので、「久しぶりに自分の魂と会話してみよう」と思いたちました。

私は『神との対話』シリーズを勉強して、自分の魂(すべての生命と繋がる自分の中で最も叡智ある部分)と会話することが可能だと知って以来、それをたまに実行してします。

最近はしていなかったし、このところ行き詰まりを感じていたので、「ちょうど良い機会じゃないか、いっちょやるか」と決めた。

魂と会話する方法は、色々あるのですが、私の場合は横になって心が平らかになるまで待ち、「自分の魂と話すぞ」と思って自分の中に入っていくと、出来るのです。

その時は半分眠ったような状態になり、その時々で声音は少し違うのですが、非常に落ち着いた愛情に溢れた声と会話できる。

これは、基本的に心が落ち着いた状態じゃないと出来ないんですよ。

何かやる事があってそれに熱中してたりと、時間に追われてたり強い思考や感情がある状態だと、上手くいかない。

今回の状況は、左耳がつまって違和感が強くあり、その点では心を静めづらい環境でしたが、病気になる事でかえって自分と向き合う気持ち(自分の生活態度を見直す気持ち)になり、時間の余裕もたっぷり出来て、魂と会話する好条件ができました。

で、すぐに話せたのですが、難聴についても訊いたけど、そこについては「治る、あまり気にしないでいい」と、さらっと言われました。

自分でも治ると確信していたので、「ああ、やっぱりそうか」と納得し、それ以上は質問しませんでした。

その後、現状にやや行き詰まりを感じていたので「どう進んだらいいでしょうか」と訊いたら、「宇宙について勉強しなさい」との返事で、「えっ!」と思った。

私は、宇宙についてはそれなりに勉強していて、『宇宙の勉強』というページも立ち上げているし、取り組んでないジャンルではない。

だから、「へえ~、そうなのか」と少し驚いた。

魂との会話を終えた後には、「今度図書館に行ったら、宇宙関係の本をいくつも借りてみるか」と思った。

しかし、たまに借りて読んでいるし、年に10冊くらいは読んでいるので、どことなく納得できずにいた。

翌日になって、難聴はともかく身体の調子は上がってきているので、疲れない程度に読書を始めた。

横になったまま読むのだが、2~3時間すると首や肩が張ってきて痺れる感じになる。
そうなると若干ながら難聴の度合いも上がるので、休み時間に入る。

そうやって自室の本棚にある面白い本を読み返していたのだが、その中の1冊が『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』だった。

この本は、『神との対話』に次ぐくらいでスピリチュアルの本、世界の深い真実を学べる哲学書として愛読しています。

そんな本を1年ぶり位で読み返したのですが、驚愕しました。

同書では、引き寄せの法則などを「宇宙の法則」と説明し、「宇宙はこのように出来ている」と何度も語っているからです。

この本を4回は読んでいましたが、「宇宙の法則」を説いているという印象・認識ではなかったんですよね。

心理面とか因果の法則を説いていると認識してました。

たしかに質問に答えるエイブラハムは目には見えない宇宙意識みたいな存在ですが、引き寄せの法則はシリーズ化されていて、実際の状況でどのように対処すればいいかに重点が置かれている実践編もある。
そっちの印象が強かったみたいです。

10ページくらいエイブラハムの言葉を読んで、「私の魂が言っていたのはこれだ、これを勉強しろということか」と悟りました。

すぐに答えが見つかったのには、「早いな~」と感謝の気持ちが湧きましたね。

魂との対話の日から1週間くらいして、かなり体調が回復したので、『引き寄せの法則 エイブラハムとの対話』をノートにとって勉強し始めました。

近日中にこのサイトで専用ページを立ち上げて、それを紹介しようと思います。

話を難聴に戻すと、発症して1週間くらいから一気に回復が進みました。

聴力は元にほぼ戻った感じで、耳の後ろの付け根のあたりに痺れがあったのは消え去り、首が凝っていて動かすとミシミシいうのもだいぶ収まった。

ただし、少しだけ耳にボンボンとかジーとかの音がしていて、けっこう気になる。
もらってきた薬がもうすぐ切れるし、「もう一度医者に行くか、それとも行かないでおくか、どうしようかなー」と悩んだ。

弟に相談したところ、「行ったほうがいいんじゃない」と言われたので、行くことにしました。

山口医院で再診したら、聴力は元に戻っていて、むしろ左耳のほうが良い数値の音域もあった。

私が「まだ少しだけ耳にノイズが残っています」と説明すると、先生は「どうしますか? もう薬を飲まなくてもいいと思いますが、いちおう出しますか?」と尋ねてきた。

少し迷ったが、薬を飲み続けると副作用が出てくるし、薬づけになるのは嫌なので、そのままで経過観察をすることにしました。

医院を出て帰宅する段になると、治療を終えた嬉しさがこみあげてきました。

「良かった~~~」と安心感で一杯になり、周りの景色まで輝いて見えましたね。

同時に、「しっかりと体調管理をしなければ。これを契機にもう一度、自分の身体と向き合い、調子を整えるための行動をしよう」と強く思った。

前述の弟に相談した時に、「運動不足も原因になる。症状を治すには適度な運動をしたほうがいい」と忠告されてました。

だから毎日、散歩に行くようにしてます。
まだ身体が完調でないので、20分くらい。

もともと私は、ギター演奏をメインの活動にしていた頃は、けっこう筋トレやランニングをしてました。
体力がないと良いプレイが出来ないからです。

ところが福島原発の大事故があり、セシウムなどが東日本全域に拡散し、私の住む小田原にも降り注いだのを機に、外に出る回数が減り、体調管理の方法が「運動」から「食品の生産地を選ぶこと」に変わってしまいました。

さらに活動がギターからウェブサイトに移ると、さらに運動の機会が減りました。

慢性的な運動不足を認識する日々だったし、それが今回の発症にも繋がっていると思う。

これをきっかけに、もう1度運動を継続的に行おうと決めました。

現状だと、激しい運動(筋トレやランニング)をすると難聴がぶり返すので、散歩と柔軟体操をしています。

柔軟体操は定番のもの以外に、「筋膜リリース」と「くねくね体操」も始めました。

この2つは、だいぶ前にテレビ番組で取り上げたのを録画してあったのですが、身体をほぐすための動きで、やってみたら柔軟体操の一種だと感じました。

どういう体操かの説明は省きますが、筋膜リリースには首と肩の凝りをほぐす動きがあり、これはとても効きます。
はっきりいって、痛くてつらい。
20秒~90秒の間で、自分の出来る長さで伸ばす動作を続けろというが、20秒でも相当につらい。

くねくね体操は、上半身の体幹部をほぐす動きがあるが、やってみたら全然できず、「俺って、背中とか肩の深部がすっげー凝ってるな」と気付かされた。

普段動かさないところが動き、そこに刺激がきているのが(それがくねくね体操のウリなのですが)はっきりと感じ取れました。

さて。

今回の日記は(ここまでに)20日くらいかけて書いているので、難聴のその後の経過も報告できます。

ちなみに、なぜそんなに書くのに時間がかかっているかといえば、「長時間のパソコン作業が出来ないから」と「気分が盛り上がらないから」です。
気分については、詳しくは後述します。

左耳に聞こえるノイズは、発症から20日後(医者にかかってから2週間弱)くらいの時に、1回ほぼ消えました。

これで安心しちゃって、パソコンを長時間やったところ、またぶり返してしまいました。

この文章を書いている間も、30分くらいすると肩に疲労が溜まってくるらしく、左耳に違和感が出てくる。
1時間もやると、少しながらノイズが増えてしまう。

私の体感では、パソコンでキーボードやマウスを操作しているのが続くと、座ったままで動かないし、全身を固定した形が持続するので、徐々に血流が悪くなり上半身が凝ってきて、弱っている左耳に影響が出るらしい。

両腕を前方に伸ばした状態が続くし、モニターを見るのに集中すると猫背になりがちなので、それが肩と首の著しい疲労につながるようだ。

だからこのウェブサイトの更新が滞っている。

今まで記事を書く時はだいたい3時間くらいぶっとおしで作業してたけど、現状それが出来なくなってます。

症状が完治しないので、発症から1ヵ月弱の時点で「もう1度、医者に行ったほうがいいかな」と弟に相談しました。

そうしたところ、「僕も今でも耳に違和感が出ることがある。疲れている時に出る。」との返事で、びっくりしました。

弟は完治したと思っていたので、未だに病気と付き合いがあると知り、ショックだった。

まあでも疲れがたまると耳鳴りが出る人っているから、それに近いのかもしれない。

弟が「もう1度行ってみたら」というので、行ってきましたよ山口医院に。
これで3回目です。

1つの病院に連続3回も通院するなんて、歯医者を除いたら数十年ぶりの気がする。
記憶をたどっても出てこない。

結果的には、私が「1ヵ月くらい経つが、まだ微量にポンポンとかジーというノイズが聴こえる」と話すと、山口先生は「そういう事よくあります」的な態度を示し、「あまり気にしないで下さい」と優しい視線で言って、それで終わった。

「あまり気にしないで」と、私の魂と同じアドヴァイスをしてきましたよ。

そうして、飲み薬も全く出ませんでした。

やたらと薬を出して儲けようとする医者が多い中、山口さんは良心的だと感じました。

「できる限り薬は飲まないほうがいいのだ」と思っているのが、私に対してだけでなく、他の患者とのやり取りからも伝わってきた。

私は人間の自然治癒力で治すのが一番だと考えているので、彼の考えに共感できます。
薬を欲しがる人から見ると、やる気のない医者に見えるんでしょうけどねー。

薬で一時的に症状を抑えても、身体に溜まった疲労が抜けないかぎり再びぶり返してしまうからね。

休養したり食事とか生活習慣を見直さないと、本当には治らないもんねえ。

少し話は脱線するが、私は以前、書道教室に通っていて、そこで山口先生の奥さんと一緒だったんですよ。

で彼女がとても良い人だったから、今回もっと近くに別の医者があったけど、山口医院に行ってみた。

予想通りに旦那も良い人でした。
夫婦って似てるから、どっちかが良い人だともう片っぽも良い人なんですよね。

引き寄せの法則(似たものが引き寄せ合う)は、夫婦にも当てはまりますね。

さらに話を脱線させると、難聴を発症して少ししてから、鏡で自分を見てたら前歯のうち1本の先端の裏側が黒くなっているのに気付き、気になったので行きつけの歯医者に行きました。

以前は白かった部分が黒くなっていたので注目したのだが、下の歯と噛み合わせると(先端部なので)下歯と二重になり、そうすると白く見えるようになる。

だから虫歯じゃないような予感がしていた。

結論としては、噛み合わせでそこが当たりやすく、削れて薄くなってしまい、それ故に透けてしまって黒く見えると判明しました。

私はあまり歯並びが良くないので、特定の歯に負担がかかるし、顎も疲れやすい。

それは分かっていたが、奥歯ならともかく、前歯が削れるとは思ってもみなかった。

現状まだ極端な削れ具合ではなく詰めものをするレベルではないので、様子を見ることになりました。

私が驚いたのは、先生が最後に私の顎や首筋を押したりさすったりしだしたこと。
今までになかった事なので、触ることで噛み合わせを調べているのかと思ったら、こうでした。

「首や肩が凝ると無意識に噛んでしまい、普通だと1日に5分くらい噛んで歯がぶつかるのが時間や回数が増えて、それが原因で歯が削れることがある。」

先生は、私の首や肩の凝り具合を診つつ、マッサージをしてくれたのです。
「かなり凝ってますね」と言われてしまった。

マッサージだと分かっていれば、気持ちよく身を委ねたのだが…。
悪い所を調べていると思っていたので、「ここが悪いので直さないと」とか言われるのかとドキドキしてしまった。

ちょうど首と肩の凝りから難聴になっていたので、「ほお、歯にまで影響が出たか。全身は関連し合っているのだなあ」と思ったし、「先生に難聴のことは話してないのに、察知したかのように鋭い指摘をしてくる。やるじゃないか」と感心しました。

以前から顎関節症ぎみで、寝る時にはマウスピースを付けて強く噛んでも歯と顎に負担がかからないようにしているのだが、起きている時間で食事中以外にも無意識に強く噛んでいる時があるようだ。
気を付けようと思った。

この先生は岡本さんという女性なのだが、ある時、花總まりに少し似ていることに気付きました。

顔立ちと表情が少し似てるわ。若い頃は似ていなかったと思うのだが。

彼女は、同じ歯医者の旦那さんが若くして亡くなってから、一人で切り盛りし子育てもしてきたから、いつも疲れているんですよね。

彼女の奮闘には無理をしているのが伝わってくる時があり、私は友情として、「患者の予約を少し減らしたほうがいい」とか「助手を増やしたほうがいい」とか「空調が良くないので窓を開けたほうがいい」とアドヴァイスした事があります。

予約は減らせなかったようだが、助手の数が増えて、空調設備も良くなりました。
もう20年くらい通ってますが、振り返ってみると歯医者としての腕も含めてかなり成長してますね。

山口さんに岡本さんと、私は良い医者に出会ってますねえ。

もっとも、いまいちの医者だと感じたらすぐに見切りをつけて二度と行かないタイプなので、運がいいというよりも、見る目があるんでしょう。

疑問を持っているのにその人に自分の身体を預けるのってきついもの。
医者は自分で見極めるのが良いと思うのだが、案外みんな世間の評判で決めちゃいますね。

さて。話を戻しますが、上述しましたが、「どうも気分が盛り上がらない」のです。
最近の私は。

「以前にこんな状態の時があったなあ」と思い至り、調べてみたらやはり『ゼロ地帯(大殺界)』に入ってましたよ。

『ゼロ地帯』というのは、0学占術で運気が最悪になる3年を指します。
一般的には六星占術の大殺界のほうが耳馴染みがありそうですね。

0学占術は、六星占術の元ネタとのことで、それを細木数子さんが学んだ(パクった?)らしい。

私は『もっとわかりやすい0学占術 御射山令元著』を持っているのですが、これは六星占術よりも説明や解釈に深みがあります。

この占いは12年で1サイクルと考え、1年ごとに運気が変わっていくとするのですが、私の人生と照らし合わせるとかなり当たっているんですよね。

私は今年、ゼロ地帯(大殺界)の1年目なのですが、12年前も24年前も5月くらいから体力と気力が失せてどうにもやる気に欠けて、上手くいかない時期に入った。

今回も振り返ると5月あたりから、どうも駄目なんですよ。
我慢がきかないというか、心身共にかったるいというか。

過去の経験から、ゼロ地帯の3年間は自分を奮い立たせようとしても出来ないし、かえってドツボにはまって痛い目をみると分かっているので、のんびり行くことに決めました。

ここで頑張ろうとすると、上手くいかないのでどんどん自己嫌悪におちいり、最悪の状態までいくと自殺願望まで出てくる。
そういう事も過去から学んでいるので、肩の力を抜いてゆる~くいきます。

精神的にも不安定化するので、今までに比べて文章にまとまりがなくなったり、更新のペースが安定しなかったりすると思いますが、「誰でもそういう時期がある」と温かい目で見て下さい。

ちなみに私は、『占いとは統計学である』と考えています。

占いって勉強してみると、歴代の占い師が集めた情報の集積と分析なんですよね。

だから、インチキではないし、逆に必ず当たるものでもない。

自分や他人の傾向や流れを知るものとして使うと、役に立ちます。
人生の依り処にすると、えらい目に遭います。

私の魂が勉強しなさいと言った『引き寄せの法則』では、自分の思考や態度が変われば全てが変わると説く。

それも真実だが、自然界はあるサイクルで回っているのも真実だと思う。

私の過去のゼロ地帯を振り返ると、心身共に絶不調なのだが、それまでしなかったり考えなかった新しいチャレンジもしている。
面白いのは、そのチャレンジが自発的でなく無自覚で、後になってその価値に気付くということ。

たぶん今回も、それが起きると思う。

年初の日記では、「文章を歯応えのあるものにする」のを目標として掲げましたが、現状だとちと厳しい。
あの時点ではここまで意欲が減退するとは思わなかった。

厳密にいうと、意欲が減退しているのではなく、外に向いていたエネルギーが内側に向きだしたというのが正確な表現です。

自分を見つめ直すことに、興味が出てきた。
そういう時期なんですよ、ゼロ地帯って。

外に向いていた関心が内に向きだして、その人が活動的でなくなると、世間は「引きこもり」とか「鬱」とかすぐにレッテルを貼る。

でも自分の内側に関心が向く時って、絶対にあるでしょ。

バシャールは、「鬱病とされているものは、自分を見つめ直すことをしているにすぎない。それを地球人はネガティブにとらえているが、別にネガティブなものではない。」と語っていますが、全くその通りだと思う。

結局のところ、会社や学校にしてみると脱落者が出ると困るから、自分との対話に入る人が出ると「あの人は心の病気にかかった」と評し、「はやく治さないと」と焦り圧力をかけるのだ。

私に言わせると、この社会的な常識のほうが病的ですね。

ゼロ地帯は本質的には悪いものではないし、『もっとわかりやすい0学占術』でもそう説いている。

自分を見つめ直している事に対して、世間の(現在の地球人全体の)理解が乏しいから、悪い時期(人間関係や仕事が上手くいかない時期)と評価されているのではないだろうか。

ここを書いている10月2日現在で、難聴は完璧に治り、耳のノイズも95%消えました。
医学的な診断では「完治」といっていい状態と思う。

ただし、肩の激しい凝りが取れてない。

身体の状態を見ながら、頭の中にある記事ネタを書きだして形にする作業をしていきます。

無理すると再発しそうなのが分かっているので、スローペースを基本に、大丈夫そうならアクセルを踏み込みます。

それにしても、秋になりましたなあ。そろそろ冬の服や布団を出さなければならんなー。


日記 2017年7~9月 目次に戻る