『日本史の勉強』のページを更新しています
松本清張について
(2020.1.21~22.)

前回の日記にも書きましたが、このところ『日本史の勉強』のページを多く作成・更新しています。

日本史といっても、近現代史からで、それより前は今のところ扱ってません。

そのうち戦国時代とかも扱いたいなーと思ってます。

『日本史の勉強』では、松本清張の著作「日本の黒い霧」の抜粋も入れました。

すごく面白いノンフィクション作品ですよね、これは。

日本の黒い霧を最初に読んだのは、19~20歳の頃でした。

祖父の蔵書に松本清張の全集が何冊かあり、その1冊に収録されていたのです。

読んでみた時に感じたのは、「とにかく暗いな」と。

当時の私は、日本の黒い霧で取り上げている、敗戦後の米軍占領下の日本について、全くと言っていいほど知りませんでした。

この本は、その時代の暗黒面を描いており、暗殺の話も出てくるのですが、読んでて怖かったですねえ。

日本の正史では、米軍に占領されて徹底的に教育・洗脳されたからもあるのですが、米軍占領時代の日本について、「解放の時代」「民主化の時代」「希望に満ちた時代」と評価しています。

そういった考えに、松本清張は疑問を持ち、負の側面を明るみに出し、「本当の歴史はそんな単純なものじゃないぞ」と語ったわけです。

で、無知だった私は(学校で教える薄っぺらい歴史しか知らなかった私は)、彼の語る歴史を読んで、怯えるほどびっくりしてしまった。

内容自体は面白いのですが、とにかく話が暗いので、読み進めるのに時間がかかった記憶があります。

清張の文体も、硬質な近寄りがたさを感じさせるクールなもので、余計に読みづらくなっている気がした。

祖父の蔵書には清張の推理小説(点と線など)もあり、それらも読んだのですが、そっちも暗かったですねえ。

「なんで松本清張って、こんなに暗いんだろ。そして、こんなに暗いのに、なぜ人気作家なのだろう。」と不思議でした。

普通だと、推理小説って魅力的な探偵とか刑事が出てくるじゃないですか。

シャーロックホームズを代表とする、個性があり愛嬌のあるキャラクターを登場させる、推理小説の王道のパターンがある。

この親しみを読者に抱かせる王道パターンが、清張の作品にはない。

清張の推理小説だと、ごくごく普通の人が犯人を追っていくんですよ。

で、犯人のほうも、色んな事情で犯罪をするわけですが、普通の人なんです。

読者ウケしそうな、ホームズ対ルパンみたいなアクロバティックな展開は、全くない。

私はホームズやルパンやポアロの作品に馴染んでいたので、「これは何だ、スーパー地味じゃないか」と呆れた。

「トリックには凝っているが、登場人物に捻りや魅力がない。こんなんじゃ読者は付いていかないぞ」とダメ出ししたくなったほど。

そんなわけで、松本清張をあまり好きではありませんでした。

我が道を行く凄みを持ち、そこは尊敬していたけど、好きな作家ではなかった。

それが、年齢を重ねていくと、徐々に分かってきたんですよ。彼の良さが。

きっかけは、『昭和史発掘』というノンフィクションの大作を読み、その中のニ・ニ六事件を読んだ時でした。

ニ・ニ六事件という、戦前のクーデター事件を、克明に執拗に追っていくんです。

その筆致の粘っこさたるや凄まじいもので、「読者にしつこいと思われようが気にするもんか、埋もれている歴史の真実を徹底的に抉り出してやるぜ」という気迫に、圧倒されました。

正直、命を懸けて書いてる感じまで伝わってきた。

ニ・ニ六事件を読んだ時に、「これはもう認めるしかない。この人は凄い作家だ。戦後最高の作家の1人に数えられるのも納得だ。」と。

何かを書き残してやろうという想念のレベルが、そこらの作家と桁違いです。

私は松本清張は、『執念の作家』だと思う。
総合格闘技で云うと、寝技の神。地味でスターになるタイプじゃないけど、諦めずに何度も組み付いていき、相手を転がして決めに行く。

顔もそんな感じでしょ、あの人って。

作家デビューしたのが遅く、新聞記者として下積みした時期が長かったのも、「出遅れた分、他の奴よりも一歩をでかくしないといけない」みたいな切迫感や闘争心を生んだのかもしれない。

とにかく凄い気迫なんです。

倒しても倒しても起き上がってくる感じがあり、最後には関節技でガキッと決めて一本勝ちする、決め切る力もある。
判定に逃げて、判定勝ちを目指すという、中途半端さは微塵もない。

正直、怖い。1対1で向かい合いたくない。

ニ・ニ六事件を読み終えた時、知らなかった歴史を教えてもらい大変に感謝したが、同時に「この人、絶対にヤバイよ。知り合いになりたくないな。」と思った。

あと、清張の素晴らしさを理解するには、彼の作品を映画化したものやテレビドラマ化したものが、とても手助けになりました。

映像化されたものを見た時、登場人物の人間関係とか、作品の時代背景が読み解けたんですよ。

原作だと冷たくて人間性が感じられなかった登場人物たちが、役者たちが演じる事で、「こういう人だったんだ」と分かった。

そして、人物たちを生きた人で見られた時、作品が訴えている社会的なメッセージが、伝わってきた。
「清張って、こんな事を言いたかったのか。こんな事を語っていたのか。」と。

清張の文体は、暗くて地味で温度が低い。

彼の作品を読む時って、暖かい格好をして挑まないと、ブルブルブルッと寒くて震えがくる事があるんですよ。

これは本当です。誇張じゃないです。

気温でいうと、基本が5℃で、時にはマイナスまで下がる感じ。

そういう作家なので、ダイレクトにそれに接するよりも、映画とかテレビドラマという間に多くの人が入った状態で接したほうが、理解しやすいのかもしれない。

間に人が入って、快適な温度にして届けてくれるほうが、楽しいし、理解も進む。

で、理解が進むと、社会の底部で暮らす人々をこんなに直球で描く作家は、なかなか居ないなと。

彼の格好良さが分かってきた。

清張の文章には遊びやフザケが一切なく、いつでも糞真面目なんですが、それに対してダサさを感じていたのが、徐々に「こいつ、実はめちゃくちゃ格好良いんじゃないか」と気付き始めた。

他の作家が逃げて扱わなかったりぼかしたりする社会問題とか不正に、果敢に挑んでいく姿を見ていたら、だんだん好きになってきました。

でも、やっぱり読みづらいのは変わらないんですけどね。

でも慣れてきて、対処の仕方も分かったので、布団に入ってぬくぬくしながら読むんです。
そうすれば寒くならず、難解な展開に詰まったら少し休憩入れたりしながら、長時間読める。

いつしか好きな作家の1人になったのですが、もう長い事、作品を読んでなかった。

それが、日本の現代史を学び進める中で、昨年に久しぶりに『日本の黒い霧』を読んでみた。

そうしたら色んな本で現代史を学んできたので、19~20歳の時に読んだよりも格段に内容が理解できました。
「おひょっ~、こんなに分かっちゃうのかー」と自分で驚く位に。

バンバン内容が頭に入ってきて嬉しかったのと、再読してやっぱり名著だと感心したので、『日本の黒い霧』をちゃんと勉強しようと、ノートに抜粋して書き出しだ。

そうしたら、徐々に感じ取れてきたんです。

松本清張の愛国心と、今の状況を憂慮する想いが。

普通に読むと、汚職事件や陰謀を暴いたものなのですが、きちんと読み込んでいくと、その背後に「日本はこのまま米国に付き従っていていいのか。それは危険だし恥ずかしい道だぞ」というメッセージが強くあるんですよ。

それに彼はいつでも庶民の目線から物事を捉える人で、日本の権力者たちが国民全体を考えずに私欲を貪る事への強烈な怒りを持っている。

そこにも深く共感した。

初めて清張の作品から、愛を感じた。

清張の事が、それまで遠い故人だったのが、すごく身近に感じられて、大好きになった。
好きな作家から、大好きな作家になった。

たぶん、普通に読んだだけでは、愛を感じる所まで行かない。
日本の黒い霧を読んだ方のほとんどが、「あの暗くドロドロした、闇の事件ばかりを取り上げたノンフィクションから、愛を感じるのか?」と、変に思うのではないか。

でも感じたんです。
あの愛想の全くない、「覇気と根性、それに知性と探求心のない奴はお断り」みたいな、へたな宗教書よりも分かりづらいのではと思わせるほどの難物から、私は愛を感じた。

ずっと前から清張の一途さを感じてきたが、その一途さの根っこにある愛を発見し触れる事が出来た。

「本当はすっごく優しい人なのではないか」と思った。

あの不細工な顔が、なんだか美男子に見えてきた。

まあ、ある種の悟りですね。

好みの問題は当然あると思いますが、私は松本清張はノンフィクションのほうが面白いと思います。

読みづらい事この上ないのですが、頑張って読んだ時に、清張の精神に深く触れられる。

当然、歴史の勉強にもなります。

私にとって松本清張はずっと怖い人で、真冬に道着一枚の姿で道場で正座して待ってるみたいな、強大な圧力を感じていたのですが、上記の悟り以後は、笑顔の優しい清張さんのイメージになりました。

もう怖くない。はっきり言って友達。

日本史の勉強をしている中で、松本清張の他にも、沢山の素晴らしい作家と出会いました。

最近、「この人、もの凄い作家だな。戦後最高の作家の1人だ。」と気付いたのは、山本七平です。

山本七平の『なぜ日本は変われないのか』と『一下級将校の見た帝国陸軍』を読んで、観察と分析の鋭さ、的確な表現にぶっ飛びました。

「頂点に居る作家の一人だ」と確信した。文章を読んでいてビシビシ、ビリビリと伝わってくるものがある。
真実の響きが、常に鳴り響いている。普通の本だったら、1冊のうち1ヵ所くらいしかない真実の響きが、常に鳴り響いている。

本当にもの凄い本なので、ぜひ多くの方に読んでほしいのですが、凄すぎて逆に多くの人には分からないかもしれない。

そう思わせる、孤高の世界である。

「孤高の世界で分からなそうだ」と尻込みしていたら何も始まらないので、『なぜ日本は変われないのか』は私は勉強中なので、勉強を終えたらこのウェブサイトで取り上げようと思います。

他にも色んな本から学んでいる最中ですが、たぶん『日本史の勉強』のページが多く更新されていくと思います。

最後になりますが、今月の17日に花總まりさんのコンサートを観てきました。

その感想を『花總まり』のページに載せました。力を入れて書いたので、興味のある方は読んでみて下さい。

花總まりさんの事は、深く尊敬し愛しています。
お互いに表現者として頑張っていけたらなと思っています。


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