祖母の介護をしています、もう長くない様です
(2021.11.15.)

私の母方の祖母である村本慶子。

彼女が今年の夏に痩せていって体力を失い、介護をせねば生活できない状態となりました。

そこから数ヶ月が経ち、現在では祖母は救急車で運ばれた結果、大学病院に入院し、今年一杯の生命だろうとの診断が出ている状況です。

しかしコロナ・ウイルス対策として、入院者への面会が全て禁止されており、入院した祖母に会う事が出来ません。

私は狂気の状態だと思うのですが、誰かが入院すると、家族との面会すら許されません。

病院側の言い分では、危篤になったら面会が許されるそうです。

コロナの1日の新規感染者が全国で200人ほどとなり、全国で死者がゼロになった日もあるのに、重篤な入院者に家族が面会できないんですよ。
コロナの予防を名目にして。

私は、狂ってると思いますね、この現状は。

全国で1日の新規感染者が数万人ならば、分かるんですよ、面会できないのも。

今は全国でも200人くらいだし、私の住む神奈川県では1日に13人とかです。

緊急事態宣言もとっくに解除されているし、なぜ面会できないのか。

入院患者が家族や見舞い客に全く会えないなんて、ある意味では監禁に等しい気がします。
それで元気になれというのは、無理があるのではないでしょうか?

私は入院した経験がありますが、家族の来訪が非常に気持ちを楽にしてくれました。

病気を治す所である病院が、患者が家族や知人と会うのを禁じて、精神的に追い込み、精神を病的な方向に導くなんて、どう見てもおかしいですよ。

「今年中に亡くなると思います」と主治医が言う状態で、家族が一切面会できず、「危篤になったら15分から30分ほど会えます」と医者から通告される社会。

これが今の日本社会です。

コロナの恐怖を煽られ続けた結果、人権や人間の心が無視される社会が構築されてしまいました。

この事に多くの人が気付き、改善のために声を挙げる必要があります。

そう思うから、私もここで声を挙げました。

話を本題の慶子(祖母)の介護に移しますが、とにかく大変でした。

今年の夏に、慶子は体調を崩しました。
それで、一度は近くの病院に連れて行き、点滴を受けて帰ってきました。

そこからはベッドから一人で起き上がるのも難しくなり、トイレと食事も千夏(祖母の娘で、私の母)が介助するようになりました。

最初のうちは私は、慶子が起き上がったり立ち上がったりする時に手を貸し、トイレに行く時に手をつないだりと、若干のサポートをする程度でした。

それが、ベッドで寝ている慶子が1時間おきや2時間おきに、トイレや水飲みや身体の動かしを要求するようになってきて、どんどん介護が大変になりました。

昼夜の区別なく、1~2時間ごとに慶子が、「ちいちゃ~ん」と母の名を呼び、母だけでは対応できないので、私も対応する事になりました。
(※母は名が千夏なので、祖母はちいちゃんと呼んでます)

以前の慶子ならば、トイレは家のトイレに行くか、もしくはベッドに脇に置いてある簡易型のトイレで自分一人でしてました。

水を飲むのも、枕元に水の入ったコップを置いておけば、自分で飲めました。

寝ていて身体が痛くなるのも、自分で寝返りをして解決してました。

これらが全て一人では出来なくなり、千夏と私が呼ばれるわけです。

困ってしまったのは、慶子はほぼ寝たきりになったためか、寝ぼけている事が多く、一度に用事をすませず、トイレの要求をして30分後に水を要求するとか、水を飲んでから30分後に身体が痛いので動かしてくれと要求する事がかなりありました。

ひどい時だと、「喉がかわいた」と言って呼び、水を飲んでから10分後にまた呼んで、「水を飲みたい」と言う事もありました。

私は認知症が進んだのかと疑いましたが、それもありつつも、それよりも単純に寝ぼけていたようです。

朝になって、「夜中に何度も呼ばれるので大変だった」と伝えると、慶子は驚いて「そうなの、全然覚えてない。悪かったわね」と言いました。

朝は頭がはっきりしている事が多く、会話が成立するのですが、夕方くらいには頭が鈍くなり、ぐったりして目がどんよりし、「もう寝させて」を連発し始めるのでした。

基本的に夏に体調を崩してからは、朝・昼・晩の食事以外は、慶子はほぼベッドで寝てました。

「新聞を見ないか」と誘っても、首を振り、「頭がおかしい」と自分のこめかみを指して言い、読みませんでした。

どうやら頭がうまく機能せず、読んでも理解できないらしいです。

今年に入ってからは、慶子は新聞を読むのにえらく時間をかけてました。

朝食をとりながらその日の新聞を読み始めと、午前中をずっと新聞を読むのに費やす事がかなりありました。

そうして、同じページを30分から1時間見ている事や、読みながら居眠りをする事がよくありました。

2年くらい前までは、慶子は新聞の全ページを見ている日が多かったですが、それでも2時間くらいで終えてました。

新聞を舐めるようにして全ページをくまなく読む人が、年配者に多い気がします。

私の母方の祖父(慶子の夫)の庄一も、新聞が大好きの人で、晩年は2種の新聞をとり、午前中の2時間くらいをかけて丁寧に読んでました。

暇なのもあると思うのですが、私はあれは頭脳の低下があると思うんですよね。

新聞をパーッと眺めていって、その中から重要なものや興味のある事を選び出し、それだけを集中して読むのが、本来の新聞の読み方だと思います。

全ページをくまなく読むのは、購読料を無駄にしないという意味では良い行いですが、時間の無駄だと思うんです。

全ての記事を均等の重要度で時間をかけて見ていくのは、取捨の選択ができない結果であり、頭脳の劣化がそこにあるのではないかと思うわけです。

慶子が新聞をくまなく時間をかけて見る姿を見て、「祖父に似てきたなあ」と思ってました。

あまり良い事ではないと思ったのですが、人の趣味に口を出すのもおかしいし、それが楽しみなら良いじゃないかと思いながら見つめてました。

今回、慶子の観察をしてきて分かりましたが、新聞やテレビをボーっとしながら時間をかけて見ていたり、途中で居眠りをするのは、脳や身体が弱ってきている1つの指標になりますね。

慶子の場合、耳が遠くなったのもあって、5年くらい前からボーッとする事が増えてました。

耳が遠くなる事で、外の刺激を取り込みづらくなったのは間違いなく、笑うといった感情表現も減ってきていました。

振りかえってみると、今夏の極度の体調の悪化のずっと前から、徐々に身体は弱ってきていたと分かります。

その辺りは、別の記事にしてじっくり書こうと思います。


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