タイトルヒトラーの雑学

(以下は『映像の20世紀・第4集』NHKのテレビ番組から抜粋
2003年にノートにとり勉強)

ヒトラーが国民に支持されたのは、600万人いた失業者を50万人に減らしたから。
ヒトラーは公共事業に力を入れ失業者を減らした。

アメリカのルーズベルト政権もニューディール政策で公共事業を進め、失業者を減らした。
だがアメリカでもファシストやナチスが台頭した。

スペインではフランコ将軍が政府に反乱を起こし、やがて権力を握った。
庶民は銃を持ち、フランコ政権と戦った。

ヒトラーがオーストリアの首都ウィーンを攻めたのは、ドイツ系の人がたくさん住んでおり、オーストリアがドイツ系人の帝国だったため。

ヒトラーの軍はオーストリアで大歓迎された。
武力衝突は無く、オーストリアを併合した。
これはヒトラーがドイツの首相になって5年後のことである。

次にヒトラーは、チェコスロバキアに対して、ドイツに接しているズデーデン地方にドイツ系の人が多く住んでいることから、ズデーデン地方を割議しろとチェコスロバキア政府に迫った。

チェコスロバキア政府は総動員令を発して、イギリスなどが支持を表明した。

イギリス首相のチェンバレンは、新たな世界大戦を回避するため、国際会議を開くことにした。

この会議は、ヒトラー、ムッソリーニ、フランスの首相らが集まった。

ヒトラーは会議において、「これが最後の対外的な要求だ」と言い、チェンバレンらはズデーデン地方をドイツに割譲させることを認めた。

チェンバレンは戦争回避に成功したと、国民から喝采を受けた。
帰国したヒトラーも国民の喝采を受けた。

その半年後、ドイツ軍はチェコに進攻して占領した。

ヒトラーはイギリスやフランスが弱気なのを見て、占領してもイギリスとフランスは何もできないと考えた。

その後にドイツ軍は、続けてポーランドに進攻し、占領した。

ここに到ってイギリスとフランスは、ドイツに宣戦布告をした。

(2026年2月28日に作成)


「ドイツ史」 目次に戻る

「世界史の勉強 トップページ」に行く

「サイトのトップページ」に行く