(『誰にでもわかる中東』小山茂樹著から)
ナセル主義とは、エジプト王制をクーデターで倒して、1953年6月に大統領に就任したアブドゥル・ナセルを、アラブ全体の指導者とみなして、『ナセル率いるエジプトをアラブの盟主とする』思想である。
ナセル主義もバース党と同じく、「アラブの統一」「自由」「社会主義」を目的とし、一時期はバース党が率いるシリアとの連合国化まで発展した。
しかしナセル主義は、「体制」であって「運動」ではなかった。
ナセルは、「外国支配の排除」「非同盟中立の堅持」「社会革命の断行」「アスワン・ハイダムの建設」などの成功によって、アラブ世界にその名を轟かせた。
1956年のスエズ運河国有化に伴う第2次中東戦争では、外交手腕を見せて勝利し、名声を一挙に高めた。
ナセル主義は、アラブ諸国に強い影響を与え、各地に革命を引き起こした。
58年のイラクにおけるハーシム王家打倒のクーデター、69年のカダフィ大佐らによるイドリス王制打倒のクーデターは、その好例である。
ナセル主義は、62~70年のイエメン内戦への介入失敗、67年の第3次中東戦争での完敗により、大きく後退した。
70年9月29日に、ナセルは病死した。
(2016.2.11.)