ナセル主義とは

(以下は『誰にでもわかる中東』小山茂樹著から抜粋
2016年2月11日に作成)

ナセル主義とは、エジプト王制をクーデターで倒して1953年6月に大統領に就任したアブドゥル・ナセルを、アラブ全体の指導者とみなして、『ナセル率いるエジプトをアラブの盟主とする』思想である。

ナセル主義もバース党と同じく、「アラブ人の統一」、「自由」、「社会主義」を目的とし、一時期はバース党が率いるシリアとの連合国化まで発展した。

しかしナセル主義は、「体制」であって「運動」ではなかった。

ナセルは、「外国支配の排除」、「非同盟中立の堅持」、「社会革命の断行」、「アスワン・ハイダムの建設」などの成功によって、アラブ世界にその名を轟かせた。

1956年のスエズ運河の国有化に伴う第2次中東戦争では、外交手腕を見せて勝利し、名声を一挙に高めた。

ナセル主義は、アラブ諸国に強い影響を与え、各地に革命を引き起こした。

1958年のイラクにおけるハーシム王家打倒のクーデター、1969年のカダフィ大佐らによるイドリス王制打倒のクーデターは、その好例である。

ナセル主義は、1962~70年のイエメン内戦への介入の失敗、1967年の第3次中東戦争での完敗により、大きく後退した。

1970年9月29日に、ナセルは病死した。


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