民主化に対する抵抗勢力(保守派)
ハーメネイ最高法学者、護憲評議会、革命防衛軍、
警察、民兵組織

(『物語イランの歴史』から抜粋)

1998年に行われた、最高法学者を選出する権限を持つ専門家評議会の選挙では、80%の立候補希望者が、護憲評議会によって資格を却下された。

ハータミーらの改革派は国民の支持を集めているが、保守派の力は侮れない。

保守派は、ハーメネイ最高法学者を頂点として、護憲評議会、革命防衛軍、警察、を支配しているからだ。

議会の成立させた法律も、護憲評議会に拒否権があるし、最高法学者が却下すれば無効になる。

最高法学者は、護憲評議会のメンバー12人のうち半数を任命できるし、司法長官や軍の司令官を任命でき、さらに大統領を解任する権限まで持っている。

また、民兵組織の「バスィージュ」も侮れない。

バスィージュは200万人もいると見積もられ、1999年7月の学生暴動もバスィージュによって容易に鎮圧された。

保守派が権力にしがみ付くのは、その権益が関係している。

「イマーム・レザー財団」は、アリー・ムーサー・レザーの墓廟の管理を行っているが、イランで最も富裕な財団と言われている。

この財団は、ホラサーン州の耕作地の90%を所有し、工場・建設会社・大学を経営している。

この財団は、ヴァーエド・タバースィーという聖職者が経営しているが、タバースィーの娘はハーメネイ最高法学者の息子と結婚している。

さらにタバースィーの長兄は、ハーメネイの娘と結婚している。

このように、腐敗・縁故主義が横行している。

イランは、一部の法学者(聖職者)の寡頭支配にある。

保守派は、さまざまな財団を通じてイランを支配しており、「国家予算の58%が財団にあてられている」との見積もりすらある。

1998年にハータミー政権が誕生すると、99年6月に保守派は国内の13人のユダヤ人を逮捕した。

これは明らかに、ハータミーが欧米との関係改善をするのを妨害する狙いだった。

99年2月に起きた、在イランのドイツ銀行代表の殺害事件も、ドイツからの借款を妨害する保守派の暗躍だったという。

(2014年2月22日に作成)


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