(『誰にでもわかる中東』小山茂樹著から)
パレスチナ分割の不当性は、人口と面積比、土地所有の割合に照らせば、明白であった。
イスラエルに割り当てられた土地面積は57%だったが、当時の人口はアラブ人が131万人でユダヤ人は61万人だった。
しかも、ユダヤ人の大半は入植してきた者だった。
土地所有については、1945年時点(分割の3年前)にユダヤ人が所有していた土地は、わずか5.6%だった。
つまり分割によって、『わずか5.6%の土地所有者であるユダヤ人に、57%の土地が与えられた』のである。
ユダヤ領土となった土地のうち、ことに南部のネゲブ砂漠のあたりは、ユダヤ人の人口比率は1%未満だった。
イスラエル建国の立役者ワイツマンは、自伝の中で次のように語っている。
「分割案の可決の10日前に、私は米国大統領のトルーマンに会って、ネゲブ砂漠とアカバ湾への出口が必要だと力説した。
トルーマンは、イスラエルに割り当てられるように指示を与えた。」
(2013年3月14日に作成)