日本の支配からの解放 アメリカとソ連の介入

(『韓国歴史地図』から抜粋)

1945年8月15日に、日本は連合国に降伏した。

そして朝鮮人は、日本の植民地支配から解放された。

解放と共に、多様な政治活動が出現した。

真っ先に活動したのは、呂運享たちだった。

彼らは、すでに1年も前から日本の敗戦を予測して、『朝鮮建国同盟』という秘密組織を作り、解放に備えていた。

彼らは大衆を集め、軍隊も編成していた。

呂運享らは、建国同盟を基盤にして、『朝鮮建国準備委員会』を作った。

そして各地に支部を置き、治安と行政を担当した。

さらに同年9月6日には、『朝鮮人民共和国』の建国を宣言した。
そして、「人民委員会」を組織した。

しかし、この人民委員会をアメリカは認めなかった。

45年9月8日に仁川に上陸した米軍は、10月10日に「自らのみが、北緯38度線以南の唯一の行政府である」と宣言した。

これに対して、38度線より北に駐屯したソ連軍は、人民委員会を認め、これを通じて間接統治をする事にした。

金性洙や宗鎮禹らの、日本植民地時代に有力者だった者たちは、アメリカ軍を歓迎するグループを創った。

彼らは、9月16日に『韓国民主党』を創設した。

韓国民主党は、アメリカ軍政に積極的に協力し、アメリカから帰国した李承晩と共に反共路線を鮮明にした。

さらに、38度線以南の単独政府樹立に賛成した。

一方、朴憲永を中心とする社会主義者たちは、9月11日に『朝鮮共産党』を創った。

しかし、アメリカ軍政に非合法組織とされて、38度以南では勢力が弱まった。

(2013年6月1日に作成)


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