国外への移住者が多数生まれる

(『韓国歴史地図』から抜粋)

1860年代以降、多くの農民が経済的困難によって、沿海州(ウラジオストック北方のロシア領)や満州に移住した。

日本の植民地支配が始まると、国外移住者はさらに増えた。

1931年に日本が満州を占領すると、満州への政策的な移住も始まった。

満州に移住した朝鮮人は、日本からの監視や統制を受けた。

中国人からの差別にも苦しめられた。

沿海州の朝鮮人は、1937年に「日本のスパイ活動の拠点である」とされて、25万人の朝鮮人が、ロシア領の中央アジアに強制移住させられた。

朝鮮人は、日本に移住する者も多く、彼らは日本の工場で働いた。
しかし、企業主たちに搾取され、差別に苦しんだ。

第二次大戦中は、強制連行されて工場や鉱山で働かされる人も多かった。

国外に移住した人々は、今日の在外朝鮮人社会を形成する基盤となった。

日本が連合国に降伏した時、日本には200万人以上の朝鮮人がいた。

多くは帰国したが、60万人近くは日本に残り、今日の在日韓国・朝鮮人社会をつくった。

(2013.5.1.)


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