武装独立軍が組織され、抗日闘争を展開する

(『韓国歴史地図』から抜粋)

1920年代に入ると、満州と間島一帯では武装独立軍が組織され、抗日闘争を展開した。

独立軍は、たびたび鴨緑江や豆満江を越えて、朝鮮の日本軍を攻撃した。

20年末には、日本軍は独立軍の掃討を目的として、満州一帯の朝鮮人を虐殺して家屋を燃やした。(間島惨変)

独立軍は、日本軍を避けてソ連領のスボボドニに移動した。

しかし内紛を起こし、ソ連軍も巻き込んだ武力衝突になった。

多くの犠牲者が出て、ソ連軍の捕虜にもなった。
満州に帰還できたのは、一部にすぎなかった。

満州に帰還した独立軍は、次第に「参議府」「正義府」「新民府」の3府に統合された。

3府は、自治政府の性格を帯びていった。

29年3月に、3府が統合されて、南満州に『国民府』が設立された。
そして、これを統治する組織として『朝鮮革命党』が結成された。

一方、北満州では30年7月に、『韓国独立党』が結成された。

(2013.4.30.)


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