タイトル水滸伝⑩ 楊雄、石秀など

(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年6月14日、7月17&26日に作成)

🔵前回のあらすじ

梁山泊に加わった宋江は、一度故郷に帰り、故郷にいる家族を梁山泊へ移住させた。

それを見た公孫勝は、「自分も故郷に置いている母がいるし、故郷にいる老師にも会いたいから、しばらく故郷に帰りたい」と梁山泊の皆に申し出た。

百日ほどで戻りますと告げ、公孫勝は薊州(けいしゅう)へと旅立っていった。

🔵戴宗が公孫勝の様子を見に行くことに

故郷の薊州へ母と老師を訪ねていった公孫勝は、百日の期限が過ぎても戻ってこなかった。

「いまだに帰らないのは不安だ、誰かを探りにやってはどうか」との意見が出て、戴宗が選ばれて見に行くことになった。

戴宗は飛走の術(神行法)の達人である。出発して3日目にはもう沂水県の境に入った。

彼が山道を走っていると、腰は女みたいに細く、肩は隼のように角張った、目つきの鋭い男が「あっ、神行法の戴宗か?」と声をあげた。

戴宗は気になって足を止め、「おい、若いの。どうして俺が戴宗だと分かったのかね」と尋ねた。

「私は楊林と申す者で、あだ名は錦豹子です。
2ヵ月ほど前に、公孫勝先生と出会い、お前も梁山泊へ入れと紹介状までいただいております。その時に戴宗さまのことも聞きました。」

「良い者に出会った。実は拙者は公孫勝先生を探して来たのだ。
どこにいるか教えてくれんか。」

「いや、行きずりの居酒屋でお会いしただけで、その後は消息も聞いていません。
しかし薊州ならばくまなく存じていますから、なんならご案内しましょう。」

「頼む。その後で望みとあらば、拙者が君を梁山泊へ連れて行ってあげる。」

こうして楊林は戴宗に同行することになったが、一つ心配があった。

「しかし戴宗さま、私は神行法を存じませんが。」

「心配するな。拙者と共に行けば何でもない。」

戴宗は楊林にも呪符を持たせると、一緒に腕を組んで飛走しだした。
道も草木も急流のごとく後ろへと去っていくのに楊林は驚いた。

🔵飲馬川の3人の賊長。裴宣、鄧飛、孟康

走っている途中、楊林が言った。

「戴宗さま、この飲馬川のあたりには、裴宣、鄧飛、孟康という、薊州きっての三賊長が住んでいます。
手前とは知り合いですし、彼らなら公孫勝先生の消息を知っているかもしれません。」

「おお、どんな山か行ってみよう」

だが、この三賊長も公孫勝の居処は知らなかった。

とはいえ無駄足ではなく、この3人もこれを機に梁山泊の仲間になるのである。

3人の賊長のうち、まず目玉が血みたいに赤い鄧飛が自己紹介した。

「あっしは人肉を食ったむくいでこんな目になり、火眼の狻猊(さんげい)とあだ名され、分銅鎖の使い手です。」

次は孟康の自己紹介。

「自分の本職は船大工で、それも大船造りが得意です。
ところが朝廷の官船奉行と気が合わず大ゲンカして、ここの仲間になりました。
肌の白いところから、玉幡竿のあだ名が付いてます。」

最後は一番年上の裴宣である。

この男は鉄面孔目のあだ名で、孔目とは裁判所づきの与力の職名である。

元は京兆府の司法部に勤めていて、人民の訴えを正しく聞くので人民に慕われていた。

だか曲がった事の嫌いな正義漢なので、かえって上司などの腐敗した役人からツマはじきにされ、罪を着せられて島流しとなった。

そして流される途中を、鄧飛や孟康たちに助け出され、この山塞の頭に担ぎ上げられた。

双手に二刀を使う達人である。

事情を知った戴宗が「梁山泊に来ないか」と誘うと、
裴宣は「この山塞には兵が300人、財物は車で10車両分、他にも武器や馬があります。
それを土産にお仲間入りするので、よろしくおとりなしを」と応じた。

戴宗は、「拙者は公孫勝先生を探す旅の途中なので、帰途にもう一度ここに寄り、共に梁山泊へお連れしましょう」と約束した。

山塞を出た戴宗と楊林は、薊州城へと向かった。

🔵楊雄と若い薪売り。戴宗は公孫勝を見つけられず

薊州城には、首斬り役人をする病関索の楊雄という者がいた。
彼は人民に人気があった。

楊雄のことが気に食わない軍人の張保は、道を歩く楊雄を見つけたので声をかけた。

「首斬り役人、ちょっと待ちな。
俺は軍人の張保さま、踢殺羊の張保さまだよ。」

「やあ、どなたかと思ったら」

「嫌な奴に会ったという顔つきだな。
どうだ、この俺に銭で百貫、用立ててくれまいか。」

「ご冗談を」

「てめえは元々、この土地の者でもなく、従兄弟にあたる先の奉行に取り立ててもらっただけだ。
軍人の我々に時折のあいさつぐらいは当然だろ。」

楊雄が軽蔑した顔で断ると、張保は引き連れる部下と共に楊雄を囲んで、袋叩きにしようとした。

これをさっきから立ち止まって眺めていた戴宗と楊林は、悪人たちをこらしめてやろうかと目配せした。

その時、2人の足許へ大きな薪(たきぎ)の束がドサッと置かれるや、若い薪売りが楊雄に加勢しに飛び出た。
この男は強くて、兵たちを次々と投げ飛ばしていく。

張保たちは逃げ出し、楊雄と薪売りは追いかけていった。

残された戴宗は、「楊林、その薪を持ってあっちの居酒屋で飲んでいよう。そのうちあの薪売りが取りに返ってくるはずだ」 と言った。

薪売りが戻ってくると、戴宗は一緒に飲むよう誘い、男の身の上を聞き始めた。

「ほう、馬買いの叔父さんについて諸国を回っていたが、叔父さんに死なれたので薪売りになったのかい。」

「ええ、資本もないので馬買いはあきらめ、根っからの鈍物なので薪売りになりました」

「だが聞けば、子供の頃から馬に乗り、短槍にも熟練なさっているとか。
さきほども見事な腕前だったし、官途に志願なさってもいいかと。」

「いや、私は官人が一番嫌いなんですよ。
朝廷はでたらめで奸臣の巣だし、薊州でも軍人があんな様です。
何クソっていう気持になりますから。」

「同感だ。いや、全くその通り。
どうかね、梁山泊という男の集まりに加わってみないか。
拙者は戴宗という者だ。」

「えっ、あの有名な戴宗さんがあなたなんで?」

この時、居酒屋に20人余りの捕手、目明し態の者が入ってきた。

戴宗は慌てて銀子10両を薪売りの手に渡し、「お若いの、また会おう。少いが当座のしのぎに。」と言うや、楊林と共に風の如く店の外へ出た。

戴宗と楊林は、このあと公孫勝を探したが、いくら探しても見つけられなかった。

それで梁山泊へ帰ることになり、約束通りに裴宣、鄧飛、孟康とその配下300人を仲間に加え、官軍をよそおって梁山泊へと向かった。

新たな仲間をむかえて梁山泊は沸いた。

🔵楊雄と石秀は義兄弟になる

話を薪売りに戻すが、戴宗たちが居酒屋を出てから少しして店に入ってきたのは、さきほどの首斬り役人、楊雄だった。

楊雄は薪売りを見つけて、声をかけた。
「おお、恩人。ここにおいでなすったか。
薪売りのお前さんがあの腕前とは恐れ入った。
お名前を伺わせてくれませんか。」

「石秀といいます。あだ名を拚命(へんめい。命知らずの意味)三郎と呼ばれてます。」

「石秀さんか。
これを機に義兄弟になってくれませんか。手前は当年29だが。」

「私は28です。では弟同様に。」

ここに楊雄の義父である潘じいさんが、楊雄と軍人の喧嘩の話を聞いて駆けつけてきた。

一部始終を聞くと潘じいさんは言った。

「やれやれ、ほっとしたわい。石秀さん、むこ殿を助けてくれてありがとうよ。」

「ただいま楊雄さんから義兄弟の杯をいただきました。こちらこそ、よろしくどうぞ。」

「石秀さん、ご職業は?」

「薪売りです。
死んだ叔父について去年までは獣いじりをしてました。」

「じゃあ豚や羊の肉を解くのも上手だね。
私は肉屋をしていたが、今では隠居してるのさ。」

🔵楊雄の妻・潘巧雲。石秀は肉屋に転職

楊雄、石秀、潘じいさんの3人は、居酒屋を出て楊雄の屋敷へ向かった。

屋敷で出迎えた楊雄の妻は、細腰の美人である。
潘巧雲という名で、 早くから艶色無双の評判が高く、16歳で薊州の押司(高位の役人)をつとめる者と結婚したが、2年で先立たれて、楊雄と再婚してまだ1年にもなってない。

楊雄は、石秀が義弟になったことを妻に伝え、石秀を歓待して家に住まわせることにした。

それから少ししたある日、楊雄の義父である潘じいさんは、石秀に肉屋を開くのを勧めた。

楊雄の屋敷の一角に空家があるから、そこで店を開けばいいとアドバイスした。

この話に石秀は乗り、潘じいさんが肉切り職人を見つけてきたので、石秀は仕入れや経営を担当した。

石秀はこの店に住み込み、熱心に働いた。

🔵潘巧雲の浮気

2ヵ月が過ぎ、冬に近い秋頃となった。

潘巧雲の先夫の1周忌となり、巧雲が法事を営みたいと言ったので、報恩寺の坊さんを家に招いて法事を行うことになった。

その日、楊雄の屋敷には法事の諸道具が運び込まれ、石秀は寺男と共に祭壇の組み立てや飾りつけを手伝って、てんてこ舞っていた。

妻の法事だが楊雄はこの日も出勤である。泊り番で夜も帰ってこれない。
昼すぎにちょっと顔を見せたが、すぐに職場へと戻っていった。

すると楊雄と入れちがいに、坊さんが供の僧2人を従えて現れた。

この坊さんは裴如海という名で、年は30歳そこそこ。尼かと見紛うほどの美男である。

出迎えた巧雲は様子が浮々しており、日頃よりもさらになまめかしい。

巧雲は如海と前から知り合いで、「師兄さん(にいさん)」と呼びかける。

如海のほうも親し気で、「このたび寺に新たなお堂が建ちましたので、ぜひあなたも一度ご参詣下さい」と誘った。

2人の様子を見ていて、石秀は「ははァん、法事の目当てはこれだな」と勘づいた。

法事の途中に、巧雲はすきを見て如海を口説いた。

🔵潘巧雲の浮気が成就、言いくるめられる楊雄

法事から数日後、潘巧雲は小婢(こおんな)の迎児と、父親の潘じいさんを連れて、報恩寺へと向かった。

亡くなった潘じいさんの妻の血盆経の願解き(がんほどき)だという。

石秀は腕を組みながらそれを見送り、「淫婦め!」と口のうちで言い、「気の毒だなぁ、何も知らない気のいい兄貴(楊雄)は」と呟いた。

この日、如海と巧雲はついに肉体関係を持った。

それ以来、楊雄が夜勤の日には、迎児の手引きで如海が楊雄宅に通って来るようになった。

石秀はこの密会に1ヵ月も経つと感づいた。

それで楊雄に伝えることにした。

「兄貴、義姉さん(ねえさん)のことなんですが...。怒っちゃいけませんぜ。」

「何か巧雲に面白くないことでもあったかね」

「大ありなんですよ。報恩寺の坊主とお出来になってますぜ。」

こうして石秀は、一部始終を話した。

石秀は話し終えると、最後に「まずは胸にたたんでおいて、現場を抑えてから追及して下さい。兄貴のご身分や世間態もあります。」と助言した。

だが楊雄は、石秀と別れてからも腹が煮えてたまらない。

ヤケ酒を飲んでから家に帰ると、巧雲を蹴とばして「離縁状をくれてやる」と怒鳴った。

巧雲は口が上手い。怒る楊雄を言いくるめようと、こう話した。

「私には全く身に覚えなんかありませんよ。みんなあの居候の石秀の作り言ですよ。

あなたがどこの馬の骨やら知れないあんな男を連れて来て、義弟として扱い、私を義姉さんなんて呼ばせるから、ツケ上がってくるんですよ。

もう我慢できないから言ってしまおう。

あいつは私に艶書(つけぶみ)をよこして、しまいにはあなたが夜勤の夜は裏庭から忍んで来てさ。
私を手ごめにしようとさえしたのです。

私が短刀を抜いて、乱暴するなら死んでやると言ったら、こそこそ消えて行きましたけど...。」

楊雄はこの話を真にうけて、潘じいさんに会うと「今日限りで肉屋はたたんでしまえ」と告げた。

さらに部下たちに命じて、肉屋の戸をこじ開けて、中のものを残らず処分してしまった。

驚いたのは肉屋の一室で寝ていた石秀である。
怒りでむらむらっとしたが、すぐに否(いや)と胸をなでさすった。

「兄貴に科(とが)はねえ。現場を抑えぬうちは言いなさんなと忠告しておいたが、つい女の顔を見て責めたに違いない。
そこで淫婦が逆手に出たと見える。
大人しく引き退がろう。」

石秀は荷物をまとめて肉屋を出ると、そのまま薊州を去ろうとしたが、「いや待てよ」と考え直し、木賃宿に一泊してよく考えてみた。

巧雲と如海は、悪くしたら邪魔者の楊雄に毒を盛らないともかぎらない。
そこまで至らなくても外聞がある。楊雄の面目は丸つぶれだ。

「いちどは義を結んだ兄弟を」と石秀は思い直し、如海を始末することにした。

🔵如海を殺す石秀、妻を殺す楊雄

如海と巧雲は相変わらず、楊雄が夜勤の時に不倫を続けた。

そこで石秀は、楊雄の家の外で待ち伏せし、夜明け前に不倫を終えて出てきた如海を襲って殺した。

彼は如海の頭巾や法衣をはぎ取って手に抱えると、走り去った。

夜が明けると、「裸のお坊さまが道路で殺されている」と大騒ぎになった。

この殺人事件を調べた奉行所は、楊雄が人を雇って姦通した如海を殺させたと見た。
だが楊雄に同情し、おかまいなし(無罪)にした。

巧雲はぞーっとしただろうが、口を閉じて何も語らなかった。

事件後、楊雄は後悔し、石秀に詫びるため居所を探した。

そして町はずれの木賃宿にいるのを突きとめ、会って涙を流しながら詫びた。

石秀は持っていた如海の頭巾と法衣を楊雄に見せて、
「兄貴に動かぬ証拠を見せた上で立ち退こうと思ってました。もう心残りはないので、義の杯はお返し、他州へ退散します。」と言った。

楊雄は色をなして、「待ってくれ。義兄弟の杯はそんなに軽薄なものではあるまい。それでは俺の心がすまないし、男が立たぬ。もう1日待ってくれ」と頼んだ。

「1日待ったらどうする気だい」

「女房から君に詫びを言わせる。
明日の正午に城外の翠屏山(すいへいざん)へ来てくれ。」

翌日、石秀は旅に出る身支度で宿を出て、翠屏山へ向かった。
この山は全山が墓地であり、山上に荒れ朽ちた嶽廟があるだけだ。

石秀が山上へ着くと、楊雄はすでに来ていた。

「やあ、来てくれたか、石秀」

「どうなすったんです、義姉さんが見えないじゃないですか」

「いや来ている。が、その前に息休めに一杯飲もう」

2人が腰かけて一杯飲み終えると、楊雄は腰を上げて、「じゃあ、巧雲に会ってもらおうか」と歩き出した。
楊雄に付いて嶽廟の裏手に行った石秀は、ギョッと立ちすくんだ。

巨木の幹に半裸の巧雲がくくり付けられている。

小婢の迎児も縄目のまま近くに転がっていた。

「兄貴、いったいこれは?」

「巧雲から君へ謝らせるのだ」

「しかしこいつは余りに酷い仕置きじゃないか」

「酷いだって? この楊雄は、この女のせいで薊州では男がすたった。
やい巧雲、一切を懺悔して俺の義弟に謝れ。
てめえは亭主をたぶらかしただけでなく、あらぬ罪を石秀にも着せた。」

「すみません!あれは全く私の作り言。
石秀さん、ウチの人にあなたからも詫びて下さいよ、後生だから」

「石秀が何と言おうと俺が堪忍ならぬ。
石秀、証拠の品は持って来てくれたな。」

「これですかい」
石秀は如海の頭巾と法衣を取り出した。

それを見た巧雲は、さすがに目をそむけた。

「覚えがあるな、巧雲?」

「堪忍して、あなた」

楊雄は腰の剣を抜くと言った。
「石秀、この刀を君に渡す。存分に恨みを晴らしてくれ」

「嫌だ!」
石秀は首を振って、「兄貴の女房を、まして自由のきかない女を殺せねえ」

「まだ憐れみを持ってくれるのか。
しかしこの女を生かしておいては後日にまた世間で毒をなす。よしっ、俺の手でする。」

巧雲は髪を振りみだして悲鳴を上げ、「助けてーっ! 人殺し、誰か来てえー!」と声を枯らして呼び続けた。

この様を見ると、迎児は縄目のまま逃げかけたが、楊雄はそれを一刀で斬り伏せると、返す刀で「あま、思い知れ」と言って巧雲の心臓を刺しつらぬいた。

楊雄は血に酔ったのか、巧雲の身体をズタズタに斬り刻み、その後は茫然と血刀を下げて我に返らぬことしばしであった。

「兄貴、やんなすったね、とうとう。もう薊州にはいられませんぜ。」

「おお、覚悟の上だ。いさぎよく自首して出る」

「そんな愚におよしなさい。こんな淫婦のいたずらと兄貴の一生を取り替えて埋まるものか。」

「じゃあ、どうしたらいいのだ」

「梁山泊へ行こうじゃありませんか」

「だが何の手引きもなしでは」

「いつかあなたと義兄弟の約をした時、その少し前に同じ居酒屋で梁山泊の戴宗と知り合ったんですよ。あの人を頼って行きましょう。」

「よし行こう!深い話は途々(みちみち)として」

🔵墓泥棒の時遷が道連れになり、梁山泊へ

楊雄が血刀をぬぐって鞘におさめ、石秀も旅包みを背に結び直して、さあ行こうと2人が歩き出した時、突然に声がかかった。

「見ましたぜ!楊のお頭。
すっかりこの耳で聞いちまった、梁山泊落ちのご相談もね。へへへへ。」

2人がギョッとして後ろを振り向くと、サッと出て来た男がいる。

男の滑稽なお辞儀ぶりを見た楊雄は、「誰かと思ったら、てめえは小泥棒の鼓上蚤・時遷じゃねえか」と、怒ることもできずゲタゲタと笑い出した。

「へい、蚤の時遷です。ひょんな所でお目にかかりましたね。牢屋のお頭。」

「お前は何もかも物陰で見ていたのか」

「いけませんでしたか」

「石秀、どうしたもんだろう」

「一体、何者なんです。この男は」

そこで楊雄は時遷のことを石秀に話した。

時遷は前身が不詳の無宿者で、よく捕まっては薊州の牢屋に入る。
だが、すぐに牢から出て行く。

この男は墓を掘って殉葬(死者に添えて埋める遺愛品)の財物を見つけ、それを闇市で売っている。
それで捕まるのだが、忍びの達人で身体が異常に柔らかく、いつの間にか脱獄してしまう。

だが、気が向けば自分から牢に帰ってくることもある。

牢役人や囚人仲間たちも、生きている人間へは加害者となったことのない男だけに、笑って見ているのであった。

聞き終わった石秀は、楊雄の耳へ口を寄せて囁いた。

「一能のある男で殺すのは惜しい。といって生かしておけば俺たちのことを世間にしゃべる恐れもある。
いっそのこと梁山泊へ誘って一緒に連れて行ってはどうでしょう。」

すると時遷は跳び上がって喜んだ。
「どうか、お連れなすっておくんなさい。あっしにとっては願ったり叶ったりだ。
梁山泊への抜け道だって知ってますぜ。」

「げっ?!」2人は驚いて、「時遷、お前はこんな小声の耳打ちも聞こえるのか?」

「へい、子供の時から耳が良く、蟻の足音も聞こえるほどなんで」

「気味の悪い男だ。まあいいや、これも縁だろう。抜け道の案内をしろ。」

3人は梁山泊へと出発した。


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