水滸伝⑪(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年7月26~30日に作成)
🔵前回のあらすじ
楊雄は、浮気した妻を許せずに殺してしまった。
楊雄の義兄弟である石秀も、楊雄の妻の浮気相手を殺した。
殺人犯となった2人は、山賊・水賊の集まりである梁山泊に加入することを決める。
そこに盗人の時遷も加わり、3人で梁山泊へと出発した。
🔵祝家荘で盗みを働き捕まる時遷
梁山泊を目指す楊雄、石秀、時遷の3人は、旅の日を重ねて鄆州の境まで来た。
その日、街道の旅籠(はたご)に彼らが入ると、この辺りは祝家荘と言い、祝朝奉さまが治めているという。
祝朝奉は地頭(土豪)の大旦那だ。
その宿屋は、土間にずらりと野太刀が並べてあった。
気になった石秀は宿屋の若い男に尋ねた。「良い刀がありますね。1本売ってくれませんか。」
若者は「とんでもねえ」と一笑し、
「これは売り物じゃありません。梁山泊が近くにあるので、用心のため備えてあるのです」と言う。
その若者が説明するに、こうである。
この近くには独龍山があり、その中腹に代々、祝朝奉という名の豪族が住んでいる。
その祝家には今、3人の優れた息子があり、その勢力と財富は一国の王も及ばぬほど。
祝家の者たちは、このところ勢力を拡大している梁山泊を危険視し、とても警戒している。
若者が話し終えて引っ込むと、時遷が一羽の鶏の丸焼きを提げてきた。
この宿で飼っているのを見つけ、殺して焼いてきたと言う。
3人はこれを肴に酒を飲み、やがて眠りについた。
翌日の夜明け。
「おいっ、客人! 起きてくれ!」と枕元で怒鳴る声がある。
3人が目を覚ますと、声の主は昨日話した宿屋の若い男で、手に棍棒を持っていた。
「大事な鶏を食っちまったのは、てめえらだろう。そこに食い散らした骨が残っている。」
時遷が言った。「代金を払ったらいいのだろう」
「うんにゃ。この鶏は『時報の鶏(ときのとり)』と言って、狂いなく五更(よあけ)を告げるからこの界隈で共同の物になっている特別のものだ。
さてはお前たち、梁山泊の下っ端だな。胡散な奴がうろついているから用心しろと、お触れが出ていた所だ。
ようし!3人共捕まえて、独龍山の大旦那の家へ送ってやる。」
早くも獲物を持った男どもが躍り込んできた。
楊雄と石秀は相手を投げとばして、土間の野太刀を1本ずつ奪って外へ逃げたが、時遷は捕まってしまった。
🔵杜興が現れ、独龍山の三家荘を説明する
楊雄と石秀は逃げるうちに道に迷い、一軒の居酒屋にぶつかったので、そこに入って朝食をとった。
2人が食べ終えて店を出ようとした時、1人の片目の大男が店に入ってきたが、「おや?」と楊雄を見て声をかけた。
「そこにいるのは薊州(けいしゅう)の奉行所で牢役人の頭をする楊雄さんじゃございませんか?」
この片目の男は、鬼瞼児という異名のある、杜興という者で、薊州で暴動のあった時に捕まり、後日に釈放されてからしばらく楊雄の世話になったことがあった。
楊雄も思い出し、「ああ、あの暴動の時の1人か。妙な所で会ったもんだ。」
「ご恩は忘れたことはありません。楊雄さんはこんな所で何をなさってるんで?」
「俺にもう薊州の役人じゃないんだよ。
仔細があって女房を手にかけ、2人の連れと落ちてきたんだが、その道連れの時遷って奴が時報の鶏を盗んで食って捕まっちまった。」
「ははあ、その話は聞いてますよ。捕まった男が独龍山へ引っ立てられるのを見ましたから。ご安心下さい、なんとか救う工夫がないでもありません。」
「ほお、君はこの土地で何をしているのかね?」
ここで杜興が説明を始めた。
「私は独龍山にいる地頭の1人に仕えて、その用心棒をしています。
独龍山は、祝家荘が本家ですが、西の麓に扈家荘(こかそう)があり、東の麓には李家荘があって、祝家、扈家、李家の3つの部族(家族)でこの地方を固めているんです。
扈家荘には飛天虎の扈成という大した腕前の息子がいて、その妹の一丈青の扈三娘は二刀を馬上で使います。
そして李家荘の主人は槍の名手で、飛閃刀(なげがたな)を背に隠しておいて、それを投げて百歩離れた人を倒せる神技の持ち主です。」
「その李家の旦那とは、世間で噂にのぼる撲天ちょう(ぼくてんちょう)・李応ではないのか」
「そうです!この杜興は李応と深く心契で結ばれ、表面は用心棒ですが、どんな相談事も彼は私には打ち明けてくれる仲なのです。」
そう言って杜興は、2人を李家荘に案内するのであった。
🔵李応は時遷を助けようと交渉するが、祝家の三兄弟は聞かない
李応の屋敷は、広い掘をめぐらし、白壁は高く、高い楼もあって、武器庫や馬長屋がある、武張ったものだった。
時遷の件を聞いた李応は、「ほかならぬ杜興の恩人の頼みならば」と言って、すぐに祝家荘にある祝朝奉の屋敷へと時遷を釈放するよう使者を送った。
ところが帰って来た使者は、祝家は「捕えた者は梁山泊の廻し者ゆえ、我が家から奉行所へ突き出す」と、剣もほろろに突っぱねたと言う。
李応は「我ら三家は一族同体の仲なのに」と驚き、今度は杜興を使者にして丁寧に交渉することした。
杜興は馬に乗って祝家荘に向かったが、かなり経ってから顔を紫色に腫らし、歯ぐきから血を垂らした状態で帰って来た。
杜興が言うには、祝朝奉は会ってくれず、息子たち3兄弟が出てきたが、3兄弟は「渡せぬと言ったら渡せん!」の一点張り。
ついには袋叩きにあったと、杜興は泣きながら悔しさを語った。
🔵キレた李応は祝家荘に行くが返り討ちにあい負傷
杜興の話を聞くと、李応は怒髪を逆立てて言った。
「もう堪忍ならぬ。近ごろの本家の小伜どもはいい気になって、われら同族の長者までを軽侮している。やいっ、馬を曳け!」
李応は武装すると、荘兵300人を連れて祝家荘へ向かった。
楊雄と石秀もその後を追っかけて行った。
祝家荘は城門を閉じて待ち構えていた。
「申すことあり! 祝家の小伜ども、出て来い」
李応が呼わばると、祝家の三男の祝彪が100人の兵を率いて城外へ出てきた。
「きさまの父と、この李応は同族である。
祝家を宗家と立ててはいるが、血から言えばきさまら兄弟はわしの甥っ子だ。しかるに何ぞや。」
「李家の伯父、老体で無理をしなさんな。
捕まえた時遷という小盗人は、楊雄・石秀の2人に誘われて梁山泊に行く途中だったと、拷問にたえきれず白状した。
梁山泊は敵国。それなのに時遷を戻せというのなら、李家も臭い。
梁山泊の手先になって、宗家を乗っ取る腹か。」
「青二才、言わしておけば」
李応と祝彪は一騎討ちを始めたが、そのうちに城壁の高櫓にいた二男の祝虎が矢を放ち、李応を射落とした。
楊雄と石秀が駆け寄って李応を馬の背へ抱え上げ、一同は李家荘へとひとまず退却した。
🔵李応は重傷で寝込む、梁山泊に助けを求めることに
李応の矢傷はかなり深く、屋敷に戻るとそのまま病床についた。
楊雄が「どうしたものか」と頭を痛めていると、石秀が自分の考えを持ち出した。
「兄貴、この上は梁山泊へ行って助けを求めようではないか」
「そうだな、杜興と李応に相談してみよう」
相談された李応は、一日中考えていたが、反対はしなかった。
そしてひたすら時遷を助け出せなかったことを病床から詫びた。
🔵梁山泊は祝家荘を攻めると決める
楊雄と石秀が梁山泊へ行って助けを求めると、梁山泊ではすぐに大評議が開かれた。
総統の晁蓋が言った。
「楊雄と石秀の仲間入りは認めるが、時遷っていう男は気に食わんな。
時報の鶏を盗んで食っちまう、公徳心のない乞食野郎は梁山泊に入れたくない。」
軍師の呉用が反論した。「ですが一能のある男で、性根も好い奴だそうです」
「しかし呉用君、われわれは仁愛を旨とし、民百姓の恨みを買わぬよう固く誓い合っている。そんな盗人は入れるわけにはゆかんよ。
そんな人間を助けるために人数をくり出すなんて、もってのほかだ。」
「いや、お言葉ですが」と、ここで副総統の宋江が初めて口を開いた。
「時遷を捕まえた祝家荘は、時遷が梁山泊の廻し者だと声を大にして語り、我々を誹謗しています。
これは将来の大事を孕んでいる問題です。
なぜならば独龍山にいる三荘の勢力は、梁山泊との距離から見て、どうしても行くすえ我々と雌雄を決せぬばならぬ運命を持っています。」
かたわらに居並んでいる呉用、戴宗、秦明、林冲たちは、この意見に大きくうなずいた。
宋江が続けて言った。
「祝朝奉は、領民からしぼり取って財を富庫に充たし、それに飽き足らず官職を求めています。
折あらば官軍を手引きして梁山泊を攻めつぶそうとしています。
機先を制して攻める絶好の潮時でしょう。
祝家荘を襲ってその富をここへ移せば、数年は豊かに兵馬を養っていけます。
さらに私には、もう1つの望みがあります。
李応を味方に招きたいのです。李応は一人物で、辞を低うして迎えるべき人です。」
満座がこの宋江の話に耳をすまし、晁蓋もついに言った。
「わかりました。一切は宋江殿にお任せする」
こうして宋江を総大将にして、出陣することが決まった。
6千人余りの兵を率いて宋江たちは祝家荘へと急いだ。
🔵梁山泊軍は祝家荘を攻めるが敗戦する
梁山泊軍が独龍山に近づくと、宋江は幕舎を張らせて、花栄と共に軍用地図を見た。
「花栄君、この地図ではよく分からんね。
祝家荘は魔の道があると言われているし、周到な用意がなされているはずだ。」
「まず、物見を入れてみましょう」
「そうだな、石秀と楊林を呼んでくれ」
祝家荘は城下に一万戸ほどある。
偵察役を任された石秀と楊林が、道に散々迷いながら何とか城下町に入ると、町中が戦時態勢であった。
町中の若い男女が民兵と化しており、すぐに楊林は見つかり捕まってしまった。
石秀は町に住む鍾離という名の老人と親しくなり、家に匿ってもらった。
そしてこの老人からポプラの話をきいた。
「祝家荘の周辺、この城の周りは迷路になっており、白楊樹(ポプラ)を目印に移動しないと迷ってしまう」と、老人は教えてくれた。
宋江は、楊林と石秀が捕まったらしいと報告されると動揺し、総攻撃を命じた。
梁山泊軍は祝朝奉の屋敷前まで難なく進んだが、そこで待ち構える伏兵たちが襲ってきた。
包囲された梁山泊軍は退却したが、迷路にはまって抜けられず、宋江は討ち死にも覚悟した。
そこに石秀が現れて、「白楊樹(ポプラ) の木が正しい道の目印です。曲がり角へ来たら白楊樹を目あてに折れ進んで下さい」と教えた。
梁山泊軍はからくも死地から脱出したが、将のうち黄信は伏兵にやられて捕縛された。
陣地に戻った宋江たちは評議したが、楊雄がこう献策した。
「李応は祝家と気まずくなっているから、李家の者は祝家荘の加勢に来ていませんでした。李応を味方に抱き込むべきです。」
さっそく宋江自身が200騎だけを連れて李応の屋敷に向かった。
だが出てきた杜興は、「主人の李応は病中で、会うことはできないと言ってます。今日のところにお引き取り下さい」との応対。
それでも杜興は、知っている限りの地理や祝家荘と扈家荘の情報を宋江に助言した。
宋江は陣地に戻ると、再び総攻撃を命じた。
すると迎え出てきた一団がある。兵500人を率いる扈三娘であった。
祝家の三男・祝彪と扈三娘は許娘(いいなずけ)になっている。
それもあって加勢に来ていたのである。
女好きの矮脚虎・王英は、手捕りにしようと扈三娘に襲いかかったが、敗れて捕縛された。
秦明が攻め寄せると、祝家の武芸師範をする欒延玉(らんていぎょく)が秦明の前に立ちふさがった。
秦明は偽って逃げる欒延玉を追い、落とし穴に馬もろとも落ちて捕まった。
それを助けに行った鄧飛も罠にかかり捕まった。
欧鵬と馬麟は2人がかりで扈三娘と戦ったが、それでも苦戦。
欒延玉が加勢に来て、欧鵬は欒延玉の持つ鎚に打たれて落馬した。
欧鵬は味方に救助されたが重傷である。
戦闘が続き夕方になったので、宋江は退却の銅鑼を打たせた。
逃げる梁山泊軍を追撃してきた扈三娘を、林冲が迎え打って捕縛した。
梁山泊軍の幕舎に戻った宋江は、「林冲、貴公のおかげでいささかの面目が立つ」と褒めたが、浮かない様子。
宋江は明け方まで寝ず、三々伍々で逃げ帰る兵たちをいちいち迎えて、まだ不足なのに心を傷めた。
翌日、捕虜にした扈三娘と重傷の欧鵬は、梁山泊へと送られた。
宋江が打つべき策もなく悩んでいると、呉用が現れた。
呉用は梁山泊から補給物資を届けに来たのである。
呉用が言った。
「石勇は梁山泊に残っていますが、彼の縁故の者が近頃、梁山泊に加わりたくやって来ました。
その者は欒延玉と仲が良く、1つの計略を申し出ています。
彼らは5日以内にここへ参るはずです。」
次回は、その計略を申し出た者たちの話に舞台を移す。