水滸伝⑫(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年7月30日~8月2日に作成)
🔵前回のあらすじ
楊雄、石秀、時遷の3人は梁山泊に加わろうと旅してきたが、梁山泊の近くにある祝家荘(独龍山)でトラブルを起こし時遷が捕まった。
祝家の親戚である李応は時遷を解放しようとするが、祝家の者によって重傷を負わされた。
楊雄、石秀が梁山泊に行き助けを求めると、梁山泊の副総統・宋江はこれを機会にライバルの大豪族の祝家を討つべきと提案。
梁山泊は大軍を編成して祝家荘を攻めることにした。
だが祝家荘は強力で梁山泊軍は敗戦。
そこに祝家を倒す策を持つという者たちが現れた。
彼らは一体、どんな経歴を持つ者たちなのか。
それがここから語られる。
🔵猟師の解珍と解宝は、毛父子に手柄を奪われ逮捕される
中国の山東の一角に、登州という海浜の町村がある。
ここは猛獣が多く、登州奉行所は期限付きの虎退治を猟師たちに命じた。
この村には、父母のいない解珍と解宝という兄弟の猟師がいる。
2人共に大男で、猟師仲間から「解氏の二雄士」と呼ばれていた。
弟の解宝が家に帰ってきて言った。
「兄貴、村役場へ行ってきたよ。3日の期限で虎を退治して出せとよ。
期限までに出さなかったら罰としてしばり首で、良い獲物を出せば褒美を取らすとの、お決まりの文句さ。」
翌日の朝早く、2人はさっそく虎退治に出たが、虎が見つからない。
2人は探し続けたが、「兄貴、明日で期限だぜ」と解宝は焦った。
だが夜明け前に大虎が仕掛けた罠にかかり、重傷の大虎は暴れて谷崖の下へと落ちていった。
「兄貴、この崖下は因業旦那とその伜の毛仲義の屋敷の内(うち)だぜ」
「べらぼうめ。ちょっと庭の中に入らせてもらうだけじゃねえか」
2人は山腹にある、お大尽の毛の屋敷の門を叩いた。
少しして毛旦那が現れた。
「なんでえお前らは、こんなに朝早くから」
「すみません。罠にかかった虎がここへ転げ落ちてしまったわけでさ。
裏庭を探させてもらえませんか。」
「お易いことだよ。だが解の兄弟、まだ外は暗いから、そこでお茶でも飲んでいなよ。」
解兄弟は言われるままに待ち、朝陽が出てから毛家の者と裏山に向かった。
しかし、どこにも虎は見当たらない。
解兄弟は首をかしげ合ったが、ついに証拠を見つけて言った。
「ここを見て下さい。血がこぼれていますぜ。それに上の方から木や草が折れなびいている。虎はここへ落ちたにちげえねえ。」
ところが毛旦那はそれを見ても、「ふざけちゃいけないよ。何の血やら知れたもんじゃない」と取り合わない。
解兄弟は、「毛旦那も今日中に役所へ虎を出さねばならず、横捕りしたのだな」と感づいた。
2人は「見ていやがれ、出る所へ出て白黒つけてやるから!」と捨てぜりふを吐いて毛の屋敷を飛び出た。
2人は少し行った所で、見知らぬ男どもを連れている毛旦那の伜の毛仲義とばったり会った。
毛仲義は解兄弟の訴えを聞くと、「よしよし、俺と一緒に来い。俺が家中を調べてやる」 と言って、兄弟を連れて家門をくぐった。
だが悪賢い仲義は、実は夜明け前に裏山で拾った大虎を、すぐに奉行所へ届け出て、こう訴えていた。
「悪い猟師の兄弟が、毛家の奴らを皆殺しにするなどと言ってます。
この2人を召し捕って下さいませ。」
仲義が連れていたのは奉行所から来た捕手たちだったから、解兄弟は毛家の中に入るや縛られてしまった。
🔵孫新、顧大嫂は解兄弟の救出を決め、鄒淵、鄒潤、孫立を仲間に加える
解兄弟が逮捕されると、毛父子は出まかせな訴状を書いて奉行所へ出頭した。
解兄弟を取り調べた王正という与力は、毛家の女婿なので、形ばかりの調べで解兄弟は流刑と決まった。
王正は、手早く毒薬を使って解兄弟を殺そうと考え、牢獄の長官をする包吉に毒薬を盛るよう指示した。
ところで解兄弟の入った牢の番人は、鉄叫子の楽和という者で、この兄弟の遠縁だった。
楽和は耳が良く、聞いた唄をすぐ覚え、美声で歌える特技を持つ。
楽和はこのままではいかんと、親戚に知らせることにした。
登州城の城外には飲み屋があり、毋大虫(ぶだいちゅう)というあだ名を持つ、顧大嫂という気っぷの良い年増女がおかみだ。
この店は、奥ではいつも賭場が開かれていた。
顧大嫂は、解兄弟の両親に小さい頃に育てられた人で、解兄弟の姉のような存在である。
顧大嫂の亭主は孫新で、一緒に店を切り盛りしており、どこか武士の風がある人。
孫新の兄・孫立は、登州で提轄(憲兵の長)をしている。
孫兄弟はともに、尉遅恭(うつちきょう、唐時代の勇士)の再来と言われ、孫新は小尉遅のあだ名が付いている。
そして孫立の妻の弟が楽和であった。
楽和は顧大嫂の店に行き、「解兄弟が牢に捕まっており、数日中に毒薬を盛られそうだ」と報せた。
驚いた顧大嫂は、すぐに亭主の孫新にこれを話した。
孫新は女房から一部始終を聞くと言った。
「毛家はあの財力だから、賄賂合戦じゃあ敵(かな)いっこねえ。
だから腕ずくで行くしかねえが、そのためには鄒淵と鄒潤の2人を仲間にしておきてえな。」
「ああ、よくウチの賭場で遊んでゆく山の衆かえ。今夜も来ると言っていたよ。」
はたしてその日の夕方に、異相の大男2人がのそっと店へ姿を見せた。
孫新は2人に酒とごちそうを与え、事情を話して協力してほしいと頼んだ。
この鄒淵と鄒潤は、叔父と甥の関係であるが、あまり年は離れていない。
2人は登雲山に住む80~90人の手下を持つ盗賊で、梁山泊に加わった楊林、鄧飛、石勇とは旧友である。
2人は協力を承諾した。
孫新は、さらに兄の孫立も仲間にすべく、「女房が突然発病して危篤になった、夫婦で見舞ってくれ」という嘘の報せを兄に送った。
もちろん孫立は妻と共に急いで店に来た。
弟の店に着いてみると、孫新も顧大嫂もけろりとしている。
孫立は怒って言った。
「人を驚かすにも程があらあ。一体、何のためにこんな真似をして呼んだのだ。」
「実は兄さん、災難があって、店を畳んで梁山泊へ行きます。」
「なに?」
「弟の私が登州城の牢屋を破って、梁山泊へ落ちたとあれば、肉親のあなたへも累がかかるので、お断りしておくわけで。」
「いよいよ聞き捨てならんな」
「許して下さい。女房が幼少時に養われた恩人の子2人が、無実の罪で牢内にいるばかりか、悪庄屋の毛に買収された役人に殺されそうなのです。」
「ううむ、解珍、解宝の2人は俺にとっても他人ではない...」
「聞いてませんか、この事件を」
「知らなかった。奉行も与力もよほどこっそりやったんだな」
「そのはずです。みんな毛家の賄賂で買われてますから」
「役所がこうまで腐ってるとは思わなかった。
だが梁山泊へ入るには手づるがなければ難しいぞ。」
「あるんですよ!鄒淵と鄒潤さんです。」
「待て、その2人は登雲山の賊じゃないか。俺にとっては日頃からの仇敵だ。」
「兄さん、会ってみてお互いの腹をぶち割っておくんなさい。
解兄弟を救い出すことに腕を貸してくれる約束になってるんです。
兄さん、私たち夫婦が一生のお願いだ。力を貸して下さい。」
孫立は腕を組んで考えたが、ついに意を決した。
その後、彼らは密議をし、牢襲撃の準備に入った。
🔵解兄弟を救出し、皆で梁山泊へ向かう
襲撃の日、まず牢番人の楽和が解兄弟の入っている牢を開けた。
顧大嫂が牢獄長官の包吉を襲って刺し、解放された解珍がとどめをさした。
鄒淵と鄒潤は、毛家の女婿の与力・王正を討ち取った。
逃げる彼らを追ってきた役人と州兵は、殿軍(しんがり)をしている相手が孫提轄(孫立)と分かると、一人として近づいて来なかった。
彼らは逃げる途中で毛の屋敷を襲い、毛の大旦那と伜の毛仲義を殺し、家財を奪った上で屋敷に火をつけた。
彼らがたどり着いたのは、梁山泊の対岸にある、石勇が働く見張りを兼ねた茶屋だ。
鄒淵と鄒潤は石勇と旧知の仲で、入山したい旨を伝えたが、石勇の返事が重大だった。
「せっかくですか、梁山泊はいま祝家荘を相手に戦争の最中でして。
しかもこっちが敗け色で、楊林も鄧飛も敵のとりこになっている始末ですわ。」
🔵孫立は呉用に祝家荘にコネがあると話す
解兄弟や孫立の一行が石勇の店に着いた日、梁山泊では軍師の呉用が500人の兵を率いて祝家荘へ向けて応援に出発するところだった。
呉用らが隊伍を整えていると、そこに石勇が現れて言った。
「加入希望者たちが来てますが、そのうちの1人の孫立と申す者が、一策を献じたいと言っております。」
呉用はかねてから孫立・孫新の兄弟の名は聞いていたから、さっそく会うことにした。
孫兄弟だけでなく、鄒淵と鄒潤、解兄弟など、全員が呉用の前に姿を並べた。
孫立が言った。
「手前は武芸を習っていた頃、祝家荘で武芸師範をする欒延玉(らんていぎょく)と同門でした。
彼の気性からして、私が懐かしさから顔を見に来たと言えば、喜んで迎え入れるでしょう。」
「内に入って、外の我々へ気脈を通じる計か。これは面白い。」
呉用は採用することにした。