水滸伝⑬(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年7月30日、8月12日に作成)
🔵前回のあらすじ
猟師をする解珍と解宝の兄弟は、毛家に手柄を奪われて牢獄に入れられた。
解兄弟と親しい孫立・孫新・顧大嫂たちは、牢を破って兄弟を救出。
毛家を襲って復讐を果たした。
犯罪者となった彼らは梁山泊を頼ることにしたが、梁山泊は今、祝家荘と戦争中で敗色が濃い。
それを聞いた孫立は、「自分は祝家荘の武芸師範をする欒延玉と親しく、祝家荘に入り込める」と、梁山泊の軍師・呉用に伝えた。
🔵孫立の策が採用される
呉用は、祝家荘と戦う梁山泊軍に加勢するため、梁山泊から出発した。
呉用は梁山泊軍の陣地に着き、総大将の宋江の幕舎へ着くや、孫立たちを宋江に紹介し、孫立の献策を伝えた。
宋江はこれを天の助けだと感じ、すぐさま採用した。
そして密議して策を練り上げた。
翌日に呉用は、梁山泊から裴宣、蕭譲、侯健、金大堅という、一芸のある者たちを呼ぶため使者を送った。
🔵扈家荘の扈成が梁山泊と和睦する
呉用が使者を送った直後に、扈家荘のリーダーである扈成が宋江の幕舎を訪ねてきた。
扈成は宋江に会うと、「自分の妹の扈三娘があなたの軍の捕虜となりましたが、寛大なお情けの下に妹の身柄を返していただけまいか。向後は決して妹に抵抗はさせません。」と頼みこんだ。
「承知しました。しかし、代わりに(捕まっている)王英をお返し下さい。」
「王英は祝家荘の城につながれておりますので、我らではどうすることもできません。」
ここで呉用がロを挟んだ。
「では、こういう約束をして下さい。
今後は一切、扈家荘から(祝家荘に)加勢を出さないこと。
そして祝家荘から来た者はそちらの手で捕らえておくこと。
これが守れるなら後日に妹さんを返す。妹さんは梁山泊へ送られたが、安全にさせてある。」
扈成は約を誓い、拝謝して帰っていった。
🔵孫立たちは祝家荘の城に入る
孫立は着々と準備を進めて、「登州守備隊 孫提轄」と大書した旗を作り、それを掲げながら、登州から一緒に逃れてきた者たち28名ほどと共に祝家荘の城へと向かった。
彼らが城に着くと、孫立は欒延玉に会いたいと伝えた。
欒延玉は、かつて同門だった孫立が妻などを連れて現れたと聞くと、出迎えて孫立と握手し言った。
「君が登州で軍人として働いていることは知っていたが、どうしてここへ来たのか」
「急に鄆州に駐屯することを命じられたのさ。ここは梁山泊があるから暴徒の数が増えている。転勤はそのせいらしい。」
「実は今やつらと一戦している最中なのだよ。どうだい、ここでひと働きしてみんか。君の受けた命令にも添うものだ。
寄せ手の賊の中には宋江がいる。奴を生け捕って首都へ連行すれば、君は大功名を立てて将軍になれるぞ。」
「むむ。同門の我らが朝廷の将軍になる日があれば愉快だろうな」
祝家の者たちは、女連れで行季を積んだ馬車と共に来た、どう見ても赴任軍人の孫立たちを疑わなかった。
(※孫立たちは登州で大事件を起こして逃げてきたのだが、その事が祝家荘に全く知られることなく、ここから話が進んでいく。
それは無理があると思う。
また登州の守備隊が、転勤で鄆州に入るのは分かるが、独断で祝家荘にて働くのも無理があると思う。
政府の命令で動く軍隊なのに、祝家荘が勝手に自分の所で働かせようとするのもおかしい。
水滸伝の中でもこの祝家荘との戦いの話は、展開に首をかしげるところが多い。)
🔵孫立たちの働きで祝家荘は陥落する
孫立たちが祝家荘の城に入ってから3日後、宋江の率いる梁山泊軍が攻めてきた。
祝彪が迎え討つと、梁山泊軍は逃げていった。
城内で勝利の酒宴となり、楽和が得意の歌を披露してやんやの喝采をあびた。
こんなことから孫立の一味はすっかり溶け込んだ。
7日ほど経つと、梁山泊軍は連日にわたり攻めてきたが、祝家軍が打って出ると毎度逃げてしまう。
そこで孫立は、「私たちがまず討って出ます。私たちが宋江の退路を断つので、そこで祝家軍が討って出て宋江を包囲したらどうでしょう」と献策した。
この作戦は上手くいかなかったが、先に出た孫立たちは梁山泊の石秀と槍を合わせ、生け捕りにした。
祝家荘の城内では、「また1人捕えた」と酒宴になった。
祝朝奉(祝家荘の主)は上機嫌で、「お客人の大手柄だわい。これで捕虜に何人になった?」と息子に尋ねた。
二男の祝虎が、「7人になりますよ。時遷、楊林、黄信、王英、秦明、鄧飛、石秀です。」と答えた。
「うむ。いずれ檻車に乗せて開封(首都)の朝廷へ送り、皇帝から褒美をいただこう。」
このあと数日は梁山泊軍の襲来は無かったが、ここまでに孫立の一味は城内の通路や隠し道までも探りを遂げた。
ついに決行の日が来た。
この日、梁山泊軍はいつもと違い、全体を4軍に分けて、城の四面から迫って来た。それも今までにない大軍勢である。
これは宋江が地元の農夫や雑夫を狩り集めて軍に加え、人数を増やして見せたのだった。
城中の驚きは大きく、「梁山泊から援軍を呼んで総攻撃をかけてきた」と考えた。
(※その土地の民を徴発する策はわりとあるが、それをその地の支配者が知らないという事はあるだろうか?この展開も違和感が拭えない。)
祝朝奉は梁山泊軍の状態を見て、一挙に屠るチャンスと見て、自ら指揮にあたり、全軍に 四方の門から出て戦うよう命じた。
(こんな愚策を採る指揮者があるだろうか。これもおかしい展開。)
城内が手薄になったのを見てから、城内に残った孫立、孫新、楽和、鄒淵、鄒潤が、同じく城内に残った祝朝奉を襲い、逃げた祝朝奉はついに石井戸へ身を投げてしまった。
追ってきた孫立は、槍を井戸に投げ落として、祝朝奉を突き殺した。
解珍と解宝ら城内にいる他の者たちは、囚われている7人の捕虜を救出した。
出撃した欒延玉、祝龍、祝虎の3人は、城に火の手が上がったのに驚いて戻ってきた所を、襲われて戦死した。
🔵李逵は約束を無視して扈家荘を襲撃する
城から出撃した将のうち、祝朝奉の三男の祝彪だけは死地を脱して、扈家荘へと逃げた。
ところが扈成はすでに梁山泊と不戦の密約をしていたから、門を閉じて彼を入れなかった。
祝彪は追いかけて来た李逵の二挺斧の下に命を終えた。
李逵は宋江と扈成の密約を無視して、そのまま扈家荘へと攻め入り、扈成の屋敷に火を放って、家族や召使いを皆殺しにした。
扈成は命からがら延安府へと落ちのび、やがて宋朝でひとかどの将になった。
宋江はこの李逵の暴挙を聞くや、李逵を呼んでいつにない烈しさで叱った。
「この蛮夫め。扈成が降伏を申し入れてきたことはお前も知っていただろう。なんで降人の家族を皆殺しにした。」
「いけませんでしたか。扈家荘の扈三娘という女郎(めろう)には、あなたも酷い目にあった怨みがあるじゃございませんか。」
「怨みも捨てるのが降というもの、また和というものだ。祝彪を討ち取ったきさまの手柄はそれで帳消しだ。謹慎しておれ。」
「ふへえ!また謹慎ですかい」李逵は口をとがらし、うそぶきながら引っこんでいった。
🔵宋江の戦後処理、李応を罠にかけて仲間に引きずり込む
宋江は戦勝後、ただちに祝家荘の城内にある財を運び出した。
王侯に等しい祝家の蓄えなので、運び出すのに7日もかかった。
呉用は「すべてを梁山泊へ運び入れよう」と言ったが、宋江は反対した。
「我らは世間で盗人と言われているが、一善は世間にお返しするのを鉄則にしています。農奴を泣かせて蓄えられた祝家の財は、大半を窮民へ分け与えるべきです。」
これに呉用たちが異存のあるはずもない。
先に石秀を匿ってくれた鐘離という名の老人を、窮民に分配する奉行役に指名した。
かくて梁山泊軍は、ここを引きあげて梁山泊へと帰っていった。
ところがここに、不運な人が残っていた。李応である。
李応が長をする李家荘は、今度の戦争では門を閉じて全く関わらなかった。
李応は本家である祝家が攻め落とされ、死に絶えたと聞くと、「驕れる者も久しからず。これも輪廻か。」と嘆息した。
ところがほどなく李応の所へも、禍いの波が押し寄せてきた。
その日、李応の屋敷へ80人ほどが押しかけ、その頭が言った。
「私は登州の与力をする裴鉄面だ。李応の逮捕状を帯びて参った。」
李応はまだ傷が癒えておらず、病床から出て応対した。
「何かのお間違いではありませんか。逮捕される覚えは身にありません。」
「黙れ。祝家の生き残りから連名で告訴が出ておる。
お前は祝一族の者なのに、梁山泊の者を手引きして迎え、宗家を滅ぼして土地や金銀を奪う内約をしていたそうだな。」
「何者かの讒言です。逮捕状を見せて下さい。」
「おお、見るがいい」
「なるほど、これは紛れもない登州の官印。告訴状も本物らしいな。」
こうして李応と、その用心棒の杜興は逮捕され、奉行所へと護送されることになった。
役人たちに護送される李応と杜興の一行が、人気のない雑木林に入ったところで、「待て!」と声がかかった。
宋江ら梁山泊の面々が立ちふさがり、それを見た裴鉄面ら役人は蜘蛛の子のごとく逃げ散ってしまった。
宋江はただちに2人の縄を解かせて、「手前どもとひとまず梁山泊へお越し下さい」と言った。
だが李応は断わった。
「私は日陰者の仲間に落ちぶれるほど身を持て余してはおりません」
宋江は心配顔で「しかし官憲はあなたを不問にしないでしょう。このたびの梁山泊が起こした大騒動の罪は、あなた一人が着ることになります。」
「いや、どんな難儀がかかろうとも、だ」
「それは強情に過ぎませんか。しばらく余熱(ほとぼり)を冷ましてから世間にお帰りのほうが無難でしょう。」
杜興もそれを勧めるので、李応もついに折れて梁山泊の人となった。
梁山泊に着くと、さっそく李応をもてなす酒宴となったが、李応には打ち溶けた風もない。
5日後に李応は、梁山泊の統領である晁蓋に頼みこんだ。
「家族が気がかりです。ひとまず家へ帰して下さらんか。」
すると晁蓋はかたわらの宋江、呉用らの顔を見て、意味ありげに笑った。
呉用が言った。
「李応殿、心配は無用です。あなたの家族はもはや李家荘にはいませんぜ。」
「えっ!? では何処(どこ)にいますか」
「さきほど対岸にある我らの茶店から報せがありました。ご家族はほどなくここへやって来るでしょう。」
すると下から登ってくる集団が見えだした。
李応はあっと驚いた。それは自分の妻子や召し使いである。
覚えある家財道具までが百人余りの人と牛馬に運ばれてやって来るではないか。
妻や召し使いは口をそろえて言った。
「あなたが奉行所に連行されると、その晩に百人ほどの者が来て、否やも言わせずにこうして私たちも連行されました。
もう帰る所はございません。屋敷は火にかけられてしまいました。」
ここで宋江が李応の前に膝をつき、地に伏さんばかりに詫びて言った。
「お許し下さい。あなた方をあざむいたのです。それも李応殿をお慕いしていたからで、仲間に引き入れたい一心の他ではありません。どうかご堪忍を。」
「それでは、私の屋敷に来たあの官人どもは何者だったのですか」
「奉行所の与力と見せたのは、仲間の鉄面孔目・裴宣です。
偽筆の名人である蕭譲と、篆刻の名人である金大堅も、偽の逮捕状作りに協力しました。
李応先生、なにとぞお覚悟をすえて下さい。」
李応もついに諦めて、宋江の手を取り言った。
「是非もありません。死にましょう。死んでここに生まれ落ちたものと思いましょう。」
🔵扈三娘と王英の結婚
梁山泊は李応たちを迎え入れた喜びから、大宴会を聞いた。
その席で宋江が言い出した。
「どうでしょう。この吉日に私は一組の新郎新婦を立てて、その媒酌人をつとめたい。」
満座は色めいた。
宋江が続ける。
「花嫁は扈三娘で、花聟は少し品は落ちるが王英です。
私はかつて清風山にいた頃、よく自戒するなら良い女房をとりもってやると、王英に約束していました。いかがでしょう、扈三娘さん。」
扈三娘は宋江の真心に深く感じたようで、ついにうなずいた。
(※扈三娘は家族を梁山泊の李逵に皆殺しにされており、夫に押し付けられた王英は人肉を食っていた盗賊。
可哀相すぎる。
水滸伝はこの結婚を美談に仕立てているが、ここまでの流れを考えれば扈三娘にとって地獄のような状況だと思う。
水滸伝は、女性の扱いがとにかく酷い。悪女ばかり出てくるし、死に様も痛々しい。
作者の価値観や、当時の中国の価値観が表現されているわけだが、あまりに酷い。
女性蔑視がはなはだしく、全く共感できない。)