水滸伝⑮ 柴進(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年9月16日に作成)
🔵目次
🔵前回のあらすじ
殺人をしてしまった母思いの雷横は、親友の朱同の手引きで逃亡し、梁山泊に逃げ込んで一味に加わった。
殺人犯を逃がした朱同は刑に服したが、牢長に人柄を見込まれ、牢長の幼子の傅役を任された。
服役中の朱同を梁山泊の雷横・呉用・李逵が助けにきたところ、李逵が牢長の幼子を溺れさせ、迷信を信じて見殺しにしてしまった。
これに激怒した朱同は李逵を殺そうとしたが、柴進や呉用が仲裁し、李逵はしばらく柴進の所で謹慎することと決まった。
柴進は名門の家に生まれ、大金持ちで広大な邸宅に住んでいるが、有徳の人で名声を得ている。
彼の交際は広く、梁山泊の者たちとも交わりがある。
柴進はその邸宅に多くの食客を抱えており、李逵はその一員になってしばし暮らし始めた。
🔵柴進は重要事で高唐州へ行く。李逵がお供する
李逵が柴進の邸宅のごやっかいとなり、それから40~50日が過ぎたある日のこと。
柴進の所へ一通の書が届いた。
読んでいる柴進の手が震えているのを見て、居候の李逵が声をかけた。
「何か、えらいこっても持ち上がったんですかい?」
「むむ、お前に話しても仕方がないことなのだ。これは私自身が高唐州まで出向くしかあるまい。」
李逵はそれを聞くや、身を乗り出して叫んだ。
「ありがてえ、お供ができる!
ねえ柴大人、旅立ちならばあっしも身支度にかかります。ご出発はいつで?」
「誰が連れて行くと言った。物見遊山とはわけが違うわ。」
「でも、あっしがここへ預けられてもう50日。一歩だって門の外を踏んでねえ。ぜひ連れて行っておくんなさい。」
「ちっ、人の心配も知りおらんで」と柴進は舌打ちした。
だが李逵もお供が許され、柴進の家来10人と共に高唐州へと旅に出た。
半月余りで高唐州に着くと、すぐに柴進は名族の親戚・柴皇城の住む大邸宅へ向かった。
「間に合わなかったか。叔父さんは世を去ったか。」
喪で閉じられた門を見るや、柴進は涙を流した。
🔵柴進の叔父の死。柴進は李逵をかばって逮捕される
柴進が線香を上げ、叔父(柴皇城)の亡くなった詳しい事情を聞くと、ただ事ではなかった。
近頃この地方に、軍司令官として高廉が赴任してきた。
高廉は、宋の朝廷で総理大臣をつとめる高俅の従兄弟で、権勢をふるっている。
高廉の妻の弟の殷直閣という青二才が、大勢の取り巻きと共に、この地でのさばり歩き始めた。
ある日、殷直閣が柴皇城の邸宅を訪れて、「庭を見せてくれ」と言った。
そして「すばらしい庭園だ。さっそく義兄におすすめしよう」と言って帰った。
ほどなく「10日以内に立ち退け」と殷直閣が言ってきた。
柴皇城が断ると、現れた殷直閣は柴皇城を足蹴にし、取り巻きと一緒にさんざん暴行して立ち去った。
これが柴皇城の死因だった。
一部始終を聞いた柴進は、「私の家に伝来する文書は、柴家が古い名家であることを証明しています。それを宋の皇帝に示せば、殷直閣の暴政もおさまるでしょう」と遺族に話した。
すると脇で聞いていた李逵がヘラヘラと笑い出して言った。
「そんなの無駄に決まってらあ。訴えの筋が通るようなお上なら、各地で謀反なんて起きてねえよ。」
柴進が叱った。「これ、李逵。駄弁を弄すな。下がっておれ。」
柴進たちが到着したちょうどこの日、柴皇城の家に30人余りのならず者を連れて殷直閣がやって来た。
「柴皇城の病死と葬儀だというから、やむなく今日まで待ったやったが、葬儀は終わったそうだな。さっそく明日ここを明け渡せよ。よろしいな。」
柴進が玄関に出て、「威をかさに着て非道を押すならば、こちらにも考えがある」と啖呵を切った。
「あはははは」と馬上の殷直閣は大笑いし、「こいつも死んだ皇城と同じ事を言いよる。それっ、こいつらを追っ払ってしまえ!」
あらかじめ計画していたことなのだろう、直閣の手下たちはわっと土足のまま邸内へなだれ込んだ。
ここで李逵が愛用の二丁斧を振りかざすや、次々と手下を斬っていき、直閣も斬り殺してしまった。
残った手下たちが逃げ去るのを、柴進は茫然の態で見送るしかなかった。
「李逵!とんでもない事をしてくれたな!ああ、とり返しはつかん。」
「いけませんでしたか」
「知れたこと。いかなる訳でも人を殺してはいかん。
だがもう遅い。きさまはすぐに梁山泊へ落ちて行け。」
「逃げる気なんざありませんよ」
「いいからここに居るな。あとは私が引き受ける。
きさまがお縄になったら、梁山泊の者たちにも禍いが及ぶ。
この柴進なら、出る所へ出ても申し開きができる。
早く路銀を持って行け。」
柴進はふところから金を取り出して渡し、李逵を逃がした。
柴進は捕手に身をまかせ、裁きの場へ進んで立った。
しかし奉行の高廉は、殺された直閣の姉の夫である。
そして高廉は公平な人物ではなく、奸人であった。
🔵柴進を救出するため梁山泊軍が出動する
梁山泊へ帰った李逵が柴家のことを話すと、晁蓋以下の頭領たちは「あきれた奴だ。お前はまた事件を起こしたか!」と大目玉である。
柴進大人の後難が案じられると、皆が眉をくもらせた。
心配する晁蓋たちは、速足の戴宗を様子を見に高唐州へと派遣した。
半月ほどで戻ってきた戴宗が言った。
「柴進どのは獄中にあり、柴家の邸宅と名園はそっくり没収され、高廉の別荘になっています。
高廉の妻も悪い女で、柴進どのを拷問しており、このままだと直閣殺しの犯人として死刑になる見通しです。」
「梁山泊にとって柴進様は大恩人だ。放ってはおけない。
まして事の起こりはウチの李逵から出たこと。」
この意見で一致し、軍師の呉用の作戦の下に救出のため軍をくり出すことに決まった。
7千人という梁山泊の兵員の大半を動員することになったが、これは高廉がその地の軍司令官で、名省から選抜された「飛天神兵」という精鋭部隊も抱えているからだ。