水滸伝⑯(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年9月22~日に作成)
🔵目次
皇帝の勅命で梁山泊討伐の官軍が出動する、呼延灼、韓滔、彭玘の登場
大砲使いの凌振が官軍に加わる。彭玘と凌振は梁山泊の一員になる
🔵前回のあらすじ
宋の皇帝から寵愛される高俅。その従兄弟の高廉は高唐州で権勢をふるっていた。
高廉に逆らった名望家の柴進は、李逵の暴走もあって牢に入れられた。
梁山泊の面々は、恩人の柴進を助けるため出兵したが、高廉の道術に苦戦する。
道術の達人で行方不明の公孫勝を探し出すため、戴宗と李逵が公孫勝の故郷へと向かった。
梁山泊に復帰した公孫勝は、高廉の道術に打ち勝ち、高廉は敗死した。
柴進も助け出され、梁山泊軍は意気揚々と凱旋したのであった。
🔵皇帝の勅命で梁山泊討伐の官軍が出動する、呼延灼、韓滔、彭玘の登場
ここは宋の首都の開封東京。
ついに宋の総理大臣まで上り詰めた高俅は、8代目皇帝の徽宗に面会していた。
「高俅、何事の急奏かね」
「高唐州が梁山泊の賊徒に襲われ、州城にあった国財はことごとく奪われました。
高唐州を治めていた高廉も虐殺されたとの報せです。」
「なに?高廉といえば、そちの従兄弟にあたる者ではないか」
「さようにござりまする。梁山泊の賊徒はいま平らげねば、国の大患となります。」
高俅の話を聞いて、徽宗はびっくりした。
今も宮中に画家を集めて、自身は美女たちに絵の具を溶かせて、画家たちと共に絵を書いていたところである。
この楽しい平和に満ちた地上のどこにそんな危ないことが起こっているのかと、むしろ不審にたえなかった。
「高俅、どうしたらいいのだ」
「良き将軍に勅命をお降し下さい」
「良き将軍とは誰かね」
「汝寧におる呼延灼は、名将だった呼延賛の末裔でして、兵略に通じ、2本の赤銅の鞭を使う達人です。」
「では、すぐにその者を呼び寄せい」
勅命を受けた呼延灼は、ただちに任地の汝寧から首都の朝廷へと向かった。
徽宗は呼延灼を見るとたいそう頼もしがり、名馬・烏騅(うすい)を与えた。
呼延灼は梁山泊討伐の準備として、2つのことを高俅に求めた。
1つは陳州の練兵場で指揮官をしている百勝将・韓滔と、潁州の練兵場で指揮官をしている天目将・彭玘(ほうき)の2人を副将に付けること。
もう1つは強力な兵器や装備である。
高俅はこころよく了承した。
この準備をする間に季節は春になった。
🔵呼延灼率いる官軍と梁山泊軍の激戦、包囲される梁山泊
呼延灼の率いる官軍が攻めてくると、梁山泊は軍を出して迎え討った。
まず梁山泊軍の先鋒の秦明が、韓滔と一騎討ちし、秦明が有利だったが決着はつかなかった。
次は林冲と呼延灼の一騎討ちで、これは互角だった。
続けて林冲と彭玘が一騎討ちをしていると、扈三娘が「林将軍、お下がりください。私が引き受けます」と割って入った。
女なのに滅法強い扈三娘にうろたえ隙のできた彭玘は、落馬したところを生け捕られた。
一方、梁山泊の中軍は、呼延灼軍の特殊な騎兵隊「連環馬軍」の三千騎に襲われ、大敗した。
梁山泊軍は、雷横、石秀、孫新、黄信、李逵という武将たちが負傷してしまった。
連環馬軍とは、馬30頭ずつを1組にして鉄の連環でつなぎ合うもので、全ての馬が全身を細かい網鎖で包み、蹄の他は鉄で覆われて矢も立たない体となっている。
これには梁山泊の軍師の呉用もお手上げであった。
梁山泊軍を率いる宋江は、捕虜にした彭玘を懐柔して打開しようと考え、彭玘に仲間になるよう口説いた。
頷かない彭玘に対し、「あなたを梁山泊に送るので、しばらくそこで過ごして下さい。そうすれば我々が悪ではなく、宋朝の政府こそが悪だと分かるはずです」と宋江は告げ、彭玘を梁山泊へ送ってしまった。
翌日。
攻めてきた官軍は、火矢、石砲、薬砲を雨のように打ってきた。
梁山泊軍がなだれを打って逃げ出すところを、連環馬軍3千騎が突撃して再び蹂躙し抜く。
この日も梁山泊軍は大敗し、岸から船に移ってからくも本拠の山塞へと逃げのびた。
船に乗れなかった者たちは官軍に殲滅された。
梁山泊の6千の兵のうち、生きのびたのは3分の1以下で、新たに林冲も負傷した。
梁山泊の総統の晁蓋は、「宋江先生、お疲れでしょう。私がこんどは総大将になりますから、あなたはお休みになって下さい」と気遣った。
しかし副総統の宋江は「とんでもない、敗戦は私の責任です」と応じなかった。
梁山泊の対岸にある、石勇たちの働く茶店などは官軍に攻められ、彼らは山塞へと逃げ渡ってきた。
ここにおいて梁山泊は、官軍に包囲される形となった。
🔵大砲使いの凌振が官軍に加わる。彭玘と凌振は梁山泊の一員になる
彭玘を失った呼延灼は、新たに禁軍(皇帝直属の軍)の武器庫の副史で砲手師範をつとめる轟天雷・凌振と、その砲兵を援軍として要請した。
高俅はこれを許し、凌振の砲兵隊が首都から出陣した。
凌振は梁山泊を包囲する呼延灼軍(官軍)に合流すると、大砲で梁山泊のやぐらを粉砕し始めた。
官軍が湖を渡って梁山泊を攻めようとしていたところ、梁山泊のほうから船隊が攻めてきた。
官軍に敗れた梁山泊の船隊は逃げだし、官軍はぐずぐずしている船がいるので乗り込んで奪っていった。
ところが奪った船はどれも、船底から水が入ってきた。
これは呉用の策略で、凌振の砲撃に苦しむ梁山泊は、凌振を捕えるため船におびき出して、水達者の阮三兄弟たちが船底の栓を抜いたのである。
溺れる凌振は水中で捕まり、梁山泊の山塞へと運ばれた。
梁山泊の本丸に運ばれた凌振を、そこで彭玘が待っていた。
「ややっ、君は彭玘じゃないか。君は捕虜になったと聞いていたが。」
「話がある。どうだ、君もここの仲間にならんか。」
「ばかな。君は賊徒に加わってしまったのか。」
「うむ。ここの総統の晁蓋は重厚な義人だし、宋江も涼やかな賢人だ。
ここの人間は義や仁を知っており、決して悪鬼外道の類ではない。
外道はむしろ、宋朝の都に充満している。」
「どうも変わったことを言うなあ。」
「ともかく座りたまえ。ゆっくり話そう。」
やがて凌振も説得されて、梁山泊の一員になる決心をした。
🔵連環馬軍を破るため、徐寧を仲間にすることに
彭玘と凌振が仲間に加わったことを祝うため、梁山泊では大祝宴を張った。
その席で宋江が言った。
「凌振が仲間になったから、敵軍で怖るべきは、もはや連環馬軍だけだ。
誰かあの軍を破る策を持つ者はいないか。」
すると先ごろ加入した新人の湯隆が、「あります!」と大声で言った。
宋江は目をやって、「おお、君は鍛冶屋の湯隆じゃないか。どういう智恵があるのか、一同に話してくれ。」
湯隆が説明し始めた。
「へい。あの連環馬軍は、ある武器と私の従兄弟とを使わぬことには破れっこありません。
あっしの家は、父も祖父も刀や鎧作りの名工です。
わけても祖父は延安府の経略使をする种閣下に愛され、外国軍の使う連環の鎧馬を破る方法をご相談にあずかりました。
その結果、祖父が苦心して発明したのが『鉤付きの鎌鎗』でして。」
「ほお、それはどんなものだ?」
「絵図で伝わっているだけで実物はありません。
それにそいつを使いこなせるのは、私の従兄弟だけでして。」
ここまで聞いて林冲が尋ねた。
「その従兄弟とは、近衛軍にいる金鎗組の師範、徐寧ではないのか」
「えっ、ご存知なので?」
「拙者も元は近衛軍で師範をしていた。彼とは武を談じ技を競う友人だった。
徐寧は鉤鎌の鎗の使い手だが、彼をここへ迎えるのは難しいぞ。」
湯隆が言った。
「1つ手があります。徐寧の家には先祖伝来の家宝があり、私は父と共に彼の家で見せてもらったことがあります。
それは『鎗通さずの鎖小札の鎧』というもので、2階の天井裏にしまってあります。
どうでしょう、そいつを盗んで取り上げてから口説いてみたら。」
「むむ、名案だな!」、呉用が大きく頷いた。
呉用は徐寧抱き込みの策を立てた。
そして盗みの得意な時遷が、先陣として徐寧の住む開封東京の空をさして出立した。
🔵罠にかけられた徐寧
時遷は開封東京に着くと、深夜に徐寧の家へ侵入し、2階の天井裏へ入った。
そこには湯隆の言うとおり、家宝の鎧が紅い櫃に収めて置いてあった。
時遷は家に火を付けて、家人が火事に慌てる中、櫃ごと盗んで逃走した。
徐寧は家宝が盗まれたことに胸を痛めた。
「徐家の薄羽の鎧」といえば有名で、買いたがる者は多く、わけても大将軍・花児王は三万貫の大金で買うと数度も使者をよこしていた。
徐寧がふさぎこんでいると、思いがけない客が来訪した。
従兄弟の湯隆である。
家に入れて来意を訊くと、湯隆は黄金20両を差し出して言った。
「亡くなった父は臨終のときに、これを甥の徐寧にやってくれと言いました。このたび東京へ出て参りましたので、やっとお渡しできます。」
「へえ。叔父さんはそんなにまで私を思っていてくれたのか。かたじけない。」
このあと2人はよもやま話を始めたが、徐寧の浮かぬ素ぶりに湯隆が訳を尋ねると、徐寧は家宝が盗まれた一件を話して嘆息した。
「そんな災難があったのですか。私も小さい頃に父に連れられてここに伺ったとき、拝見させてもらった覚えがあります。ウロ覚えですが、たしか立派な櫃に入ってましたね。」
「羊皮の紅い革櫃だ。精巧な彩画で牡丹の花と獅子が描いてある。」
「えっ!紅皮で獅子の模様ですって?
それは昨日に見たばかり。
城外の村の居酒屋で、痩せた目のするどい男が後生大事に持ってましたよ。」
「それだ!隆さん、そいつはどっちへ行った?」
「食事した後は街道を東の方へ行きましたよ」
「すぐに仕度する。隆さんも一緒に来てくれるな?」
「行きますとも。男の人相はおぼえてます。」
一方、時遷は城外に出ると、待っていた速足の戴宗に鎧を渡し、自分は鎧の入っていた空櫃だけを担いだ。
戴宗は神行法(速足の術)で梁山泊へと戻り、時遷は普通の旅人として旅籠泊まりで梁山泊を目指した。
徐寧と湯隆は、時遷を追って7日ほど東に旅した。
すでに梁山泊に近づいており、街道の人影もまれになっている。
「や、やっ?寧さん、野郎がいますよ、あんな所に」
「どこに居るって」
「あそこの松林にチラッと古廟の門が見えるでしょ。
そこの石段に腰かけてる野郎が、紅い櫃をそばに置いてるじゃありませんか。」
徐寧はそれへ向かってすっ飛んでいった。
徐寧は難なく時遷を捕り抑えたが、すでに湯隆と時遷とは筋書が出来合っている。
時遷は打ち合わせ通りの芝居をやり始めた。
「いててて、もう何でも言っちまうから、手を緩めてくんねえ」
湯隆も側に来て言った。
「寧さん、そいつの言い分を聞いてみよう」
「その鎧櫃は空だよ。蓋を除って(とって)ごらんなせえ」
「あっ、なるほど確かに空っぽの櫃だ。中身の鎧はどこにやった!」
「鎧は泰安州の経略使をする种・大旦那のご注文でさあ。
种の大旦那が李三という泥棒に命じて、お宅に忍び込ませたのさ。俺はその手伝いをしただけだよ。」
「なぜ空櫃だけを背負っていた」
「逃げる途中で足首をくじいてしまい、李三の早足についていけないので、奴は中身の鎧だけ持って先に行ってしまった」
「隆さん、どうしよう?」
「そいつを証人にしょっ曳いて、泰安州へ乗り込みましょう。
种を相手に訴訟するしかありますまい。」
徐寧はうなずき、時遷をしょっ曳いて泰安州へと旅を続けた。
数日後の昼、彼らは街道を行く空馬車を見かけた。
その馬車の馭者はひょうきんそうなおじさんである。
湯隆が声をかけた。「馬車屋さん、どこへ行くのかね」
「商いをして泰安州へ帰るところさ」
「そいつはいい。連れの1人が足をくじいてるんだ。乗せてくれないか。」
親切な馭者は3人を馬車に乗せてくれた。
馬車に乗って3日も経つと、すっかり馭者のおじさんと仲良くなった。
おじさんが言った。「その小樽にはまだ酒が半分ほど残っているよ。