水滸伝③(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年3月17~20日に作成)
🔵晁蓋たちは宋江に助けられ、逃亡する
晁蓋たち8人は、計略をもって梁中書が蔡京・大臣に贈る賄賂(財宝)を奪い取った。
奪われた梁中書と蔡京は激怒し、蔡京は「犯人たちを10人以内に捕まえろ」と厳命した。
刑事たちを束ねる刑事長の何濤は、「10日以内に犯人全員を検挙するなんて無理ですよ」と上司に苦情を述べた。
すると上司は権力者の蔡京から厳しく命じられたことで逆上気味で、文句を言う何濤を捕まえて、額に「〇州へ流罪」と一字空けの流刑用の刺青をいれさせた。
検挙できなければお前は流罪だと見せつけたのである。
その日の夜、自宅に戻った何濤は刺青を妻に見せて、「わが家の灯を見るのも、あと10日限りかもしれねえ」とぼやいた。
そこに弟の何清が訪ねてきた。
何清はヤクザ者だが、何と犯人たちを知っていると言う。
何清が話したのは──。
2ヵ月前の6月中旬、何清は安楽村の賭場で遊んだが負けてすっからかんになり、その村の宿屋で20日ほど働くことになった。
7月3日にその宿に、7人のなつめ売りの男たちが手押し車を揃えて現われ、宿泊した。
7人のうちリーダーの男は見覚えがあり、庄屋の晁蓋だった。
翌朝に7人は出発したが、その日に地元のチンピラの白日鼠・白勝も見かけた。
次の日になって黄泥岡での一件(蔡京への贈り物が奪われた事件)が安楽村にも知れわたったが、犯人は7人のなつめ売りと1人の酒売りとの話。
何清はピンと来て、宿帳の名前を全て書き写して持っておくことにした。
この宿帳の控えを持って、何濤は弟と共に奉行所へ駆けつけて報告した。
捕手が安楽村に住む白勝の家を急襲し、白勝とその妻を逮捕した。
家中を調べたところ、ひと掴みほどの金銀宝石がみつかった。
拷問された結果、白勝夫妻は犯行に加担したと白状した。
主犯格の晁蓋を逮捕することになったが、晁蓋が住んでいるのは管轄ちがいの他県なので、何濤は一人でその鄆城県へ出張した。
何濤は鄆城県の役所に着くと、押司(役所の書記長)をする宋江に事情を説明した。
宋江は30がらみの色黒の男で、及時雨のあだ名が付けられていた。
及時雨は、雨が降ってほしい時に雨を降らせてくれるような有難い人、という意味で、宋江の貧者や弱者を助ける人柄から付けられた敬称であった。
何濤は宋江に言った。
「共犯者である白勝の自白により、十万貫の財宝を奪った賊のうち7人が鄆城県の者だと判りました。逮捕したいので了解を得に伺いました。
主謀者は晁蓋という名主です。」
宋江は驚いたが、それを顔に出さず、
「私は名主とは交際1つしてないので、晁蓋という名主がいるか知りません。ちょうど 県知事は昼休みで出ているので、しばしお待ち下さい。」と言った。
何濤は待つことにしたが、宋江は役所を出ると、馬に乗って晁蓋の屋敷へと急いだ。
宋江は晁蓋に会うなり、「どこか人のいない小部屋で話したい」と伝えた。
小部屋に案内されると宋江は言った。
「晁蓋どの!私はあなたを兄のように慕ってきたから見殺しにはできない。
たった今、済州から刑事頭の何なる者が、あなたたちを逮捕する手続きをしに県役所へ来ました。」
「あっ。それではバレましたか。」
「白勝の自白により、証拠固めもすんでいると言ってましたよ。
どうしてそんな凶行をしたのか、私に理解できないこともありませんが。」
「…私は覚悟しました。他ならぬ仁者のあなたに捕まるなら本望です。さあ、お縄をいただきましょう。」
「何を仰っしゃるか。私は日頃のよしみを捨てがたく、急いでまいったのですよ。さあ一刻も早くお逃げなさい。」
「それほどまで、この晁蓋のことを。」
「私の親や縁者まで、これまであなたの温情にお世話になってきました。
それに私は、あなたと兄弟のような交わりをしてきた仲です。なんでその義を捨てられますか。」
晁蓋は友の手を固く握りしめて、「かたじけない」と男泣きに涙を流した。
宋江は「くれぐれもご猶予なされるなよ」と言って、帰っていった。
その姿を見送った後、晁蓋は「しまった。後で宋江どのが賊を逃がしたと知れたら、間違いなく破滅の身だ。」と気付いた。
晁蓋から犯人だとバレたと知らされた呉用は、「三十六計、ここは逃げるしか手はありますまい。宋江どのが自らを犠牲にする覚悟であなたに告げたのですから、落ちのびるのが宋江どのの本望でしょう。」と言った。
「しかし、どこへ逃げればいいのでしょうか?」
「とりあえず石碣村の阮三兄弟の家へ行きましょう。
その近くには梁山泊があります。」
「ですが先生、彼らは快く我々を受け入れるでしょうか?」
「心配は無用だ。我々には十万貫の金銀財宝がある。
その一部を献上すればいい。」
「なるほど。」
こうして晁蓋、呉用、公孫勝、劉唐の4人は、石碣村へ向かった。
一方、宋江が役所に戻ると、何濤は待ちあぐねた顔をしている。
宋江は県知事・時文彬の部屋に案内した。
何濤から渡された公文書を読むと、知事は
「よろしい。当県も協力してすみやかに一味を逮捕しましょう。 宋江は、すぐに準備せい。」と命じた。
「承知しました。しかし、まだ明るい時刻です。黄昏れを待って急襲しましょう。」
「そこはお前に任せる」
すぐに捕手たちが召集され、捕手頭の美髯公・朱同と挿翅虎・雷横が率いていくことになった。
夕方になり捕手が晁蓋の屋敷に向かうと、屋敷に火が放たれている。
晁蓋たちは、火をつけて逃げようとしているところだった。
朱同と雷横は、これまで晁蓋によくしてもらっていたので、晁蓋たちの逃亡を見逃すことにした。
晁蓋たちが逃げおおせたと聞いて、げっそりしたのは何濤だった。
何濤は、済州から手下が到着したので朱同と雷横の後から行ったが、もう遅かった。
晁蓋の屋敷に食客していた者が引ったてられて尋問された結果、晁蓋たちは梁山泊を目指したとわかった。
何濤は「奴らは梁山泊に逃げました。あそこは賊徒の巣なので、大部隊でないと歯が立ちません。」と上司に報告した。
これにより、500名の捕手が武装して梁山泊に向かうこととなった。
🔵晁蓋たちは梁山泊を乗っ取る
晁蓋、呉用、公孫勝、劉唐の4人は、石碣村で阮3兄弟と合流した。
阮小七は、「梁山泊に入るには、入口の茶店で見張っている朱貴という男に申し入れなければなりません。」と説明した。
彼らが酒を飲みながら相談していると、1人の漁師が「500~600人の官軍が現れました」と報せた。
晁蓋は、「呉用先生は修羅場には向きませんから、劉唐を付けるので先に茶店へ行っておいて下さい。」と言った。
残った晁蓋たちは、阮兄弟の仲間の漁師たちと待ち伏せして、官軍を襲い殺した。
(水戦に持ち込んで勝った)
何濤は捕縛された。
晁蓋は事の次第を役所や蔡京・大臣に報告させるため何濤を解放したが、解放のさいに両耳をそぎ落とした。
(※こういう残虐行為が水滸伝にはかなり出てくる。ここは全く共感できない。)
晁蓋たちは朱貴の茶店で呉用・劉唐と合流した。
朱貴は旱地忽律(かんちこつりつ)というあだ名で、梁山泊の幹部の1人である。
入塞を希望する晁蓋ら7人のことを、対岸の山塞へ連絡した。
翌朝、大船がむかえに来て、朱貴の案内で7人は対岸に渡った。
頭領の王倫以下が出迎えた。
王倫は、「あなたが有名な晁蓋どのか。他の方々も聞けば名だたるお人々。この山塞に迎えられとても光栄だ。」と話した。
お互いに正式の名乗りが行われ、そのあとは大宴会になった。
宴会が終わり宿舎に案内された晁蓋は、
「こんなに愉快な日はない。寄るべのない一同を温情で迎えてくれた王倫の心のあたたかさ。恩義に報いねばな。」と満足顔で仲間に話した。
すると呉用が言った。
「余りに人がよいですな。あなたが宴席で王倫と話した時、十万貫を奪った奇策や何濤たち官軍を破ったことを聞いた王倫の顔はさっぱり冴えず、疑いの目で我々を見て、忌み恐れる風も見えたわい。」
「そいつは気がつかなかったな。」
「この山塞では、唯一人、林冲なる者こそが英俊と私は見たぞい。
林冲は以前は首都で近衛軍の兵法師範をしていたとか。おそらく王倫には心服していないじゃろう。」
「しかしここにご厄介になる以上は...」
「いや、このままでは収まらんよ。わしに一計がある。
同士討ちを起こさせて、その上でここの規律と序列を正そうではないか。」
翌朝、林冲が晁蓋たちの宿舎を訪ねてきた。
「この山塞では気にさわることもありましょうが、私は末端の者だしどうしようもありません。どうかお許し下さい。」
呉用が尋ねた。
「あなたほどの履歴と腕のあるお方がいるのに、なぜ王倫は頭領の座を譲らないのでしょうか。」
「はははは。私などは下座でも仕方ありませんよ。
しかし王倫に非礼がないか、それが不安です。あの人は心が狭く、疑い深い。
この宿舎も雑房に等しい粗末な所。その失礼もお詫びせねばなりません。」
「我々がじゃまならば、退散してもよろしいが。」
「いやそれでは王倫と私の間におかしな感情が湧き起こります。
王倫はあなた方を追い払うつもりですが、私に考えがあるのでお任せ下さい。」
この日も晁蓋一同を迎えた祝いの続きとして、昼食会が開かれた。
そこに向かう前、晁蓋が呉用に尋ねた。
「どうなりますか、この昼食会は。」
「おそらく林冲は口火を切るじゃろう。
王倫と林冲の話し合いが妥協で終わりかけたら、わしが横やりを入れて2人の舌戦を煽り立てる。」
「それは面白いですな。」
呉用は他の面々にも言い含めた。
「いざとなったら、わしが左手で髯をひねる。そうしたらおのおの方は隠し持った短剣で...」
昼食会が始まり、酒も入ってたけなわになると、話題は7名の仲間入りになったが、王倫はすぐに話をそらしてしまう。
そのたびに白々しい空気ができる。
やかて美々しい盆に乗せられて銀塊が運ばれてきた。
王倫はそれを晁蓋の方へさし向けて言った。
「心ばかりの餞別をさし上げたい。
この山塞には余裕がありません。どうぞ他の山塞に身を寄せて、ご雄志を充分に伸ばしていただきたい。」
晁蓋は苦笑しながら、
「じつは銭ならば有り余っています。せっかくですが、ご斟酌なく。
私どもはおいとましますよ。」
「すみませんな、この山塞は食糧も住居も不足しておるもので。」
ここで林冲が末席から大声で言った。
「嘘を言うな!私がここに来た時も同じ事を言ったが、穀倉には蓄えが充分にあるではないか!」
「だまれ忘恩の徒め!能もないのに、むだ飯を食わせておけばいい気になりおって。」
「汝も同じく無能の飾り物ではないか。落第した書生がヤクザを集めたというだけではないか。」
「言ったな林冲、後で目にもの見せてやるぞ。」
「おお、いま見せてもらおうか。」
呉用が大手をひろげて止めに入った。
「お待ちなさい。要するに我々がここへ来たのがいけなかった。
晁蓋さん、お暇しましょう。」
晁蓋たち7名は、ドヤドヤと一と固まりになって出ていこうとした。
王倫もこれにはちょっと嫌な気持ちになったらしく、慌てて「やあ、待ちたまえ。機嫌直しにもう一杯やって、快くお別れしよう。」と言った。
とたんに林冲が立ち上がり、王倫に向かっていった。
それを見た呉用は咳払いしながら、左手で髯をしごいた。
晁蓋たちは戻ってくると、王倫、杜選、宋万という梁山泊の首領たちに抱きついて、「まあまあ、同士討ちはおよしなさい。」と止めに入った。
晁蓋と劉唐は両脇から王倫を掴んで動かないようにした。
林冲が罵るので王倫はブルブルと五体を震わせたが、動けない。
「おいお前ら、この王倫が侮辱されているのを、お前たちは黙って見ているのか。
林冲を捕まえろ、わしがぶった斬ってくれる。」
聞いた呉用が「もっともだ。さあ斬っておやんないさい」と言って、林冲の身体を王倫の前に押し出した。
王倫は剣を抜こうとしたが、抑えられていて抜けない。
それよりも早く林冲が彼のみずおちに深々と短刀を刺し込んでしまった。
(※改めて水滸伝を読んでみて、呉用が進路を決める重要な役回りをしていると気付いた。
中学・高校の頃に読んだ時は、呉用が梁山泊108人の席次で第3位なのがやや不思議だったが、今読むと納得である。首位でもおかしくない。)
晁蓋以下が隠し持っていた短剣を構えると、呉用が大音声で言った。
「今から林冲どのを頭領として、主座にいただこうぞ。文句のある者はここへ出て来い。」
事態に驚愕の杜選や宋万らは床にへたばって、ただ叩頭するのみである。
林冲のみ仰天して叫んだ。
「滅相もない。それでは頭領を殺して自分がその位置を奪ったことになってしまう。そんな事は出来ない。
無理に頭領を押しつけられるなら、どこかに姿を隠すしかありません。
それよりも晁蓋どのこそ人の上に立つべきお人。今日より山塞の首長に仰ぎたいと思います。」
晁蓋は手を振って「いけません、いけません」と固辞したが、皆がいっせいに拍手し、林冲が手を取って頭領の席に座らせた。
林冲はさらに、「呉用先生、あなたは軍師として第二席にお着き下さい。道士の公孫勝どのは副将として第三席に。」 と言って、2人を座らせた。
林冲は第四席を取り、5位は劉唐、6位は阮小二、7位は阮小五、8位は阮小七となった。
杜選は9位、宋万は10位、朱貴は11位と決まって、梁山泊の改組が成った。
(※元からいた杜選らがこんなに下になったのだから、完全な乗っ取りである)
翌日、星を祀る祭壇に牛馬の生血が供えられ、全員で天地神明に誓いをし、それから3日間は酒宴となった。
(※ここらはいかにも当時の慣行、とくに裏社会の価値観、儀式といった感じだ)
それから間もなく冬が来た。
ある日、林冲が首都・開封に残してきた妻のことを話すと、晁蓋や呉用は同情し、人を派遣して梁山泊に迎え入れることにした。
ところが2ヵ月ほどして帰ってきた使いの者によると、林冲の妻は高俅・父子の迫害を受けた末に、ついに自害して、彼女の父も首を吊って死んだという。
林冲はポロリと涙をこぼし、かかる男でも泣くことがあるのかと、周りの者も瞼を熱くした。
春の訪れと共に梁山泊に注進があった。
官軍が攻めてくるとの報せである。
指揮官は済州の軍人の黄安で、手勢は2千人とのこと。
水戦となり、梁山泊が大勝した。
分捕り品が大量で、官軍がわざわざ貢ぎ物を運んできたような結果となった。
黄安は生け捕られた。