水滸伝⑥(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年4月9~21日に作成)
🔵宋江は清風山の山賊たちと知り合う
宋江は、旧友の花栄が住む清風鎮(清風鎮台)を目指して旅をしたが、清風鎮の直前には清風山というけわしい山がある。
その山に入ってすぐ、彼は男女20~30人に襲われた。ここにも盗賊が住んでいたのである。
捕縛された宋江が連れていかれたのは、盗賊の住む山塞。
その頭領をするのは燕順で、あだ名を錦毛虎といい、元は山東で馬や羊の売買をする博労(ばくろう)だった男。
副頭領は荷車曳きあがりの凶暴な王英、あだ名は矮脚虎と、
銀細工屋の若旦那くずれの鄭天寿、あだ名は白面郎君である。
連れてこられた宋江を見るなり、王英はその品格の高さに「ちと肌色は黒いが」と舌なめずりして、他の二人に目配せした。
当時の中国では、僻地では人肉を食べる蛮風が残っており、特に人間の生肝は精力薬になるとの迷信があった。
燕順も王英に賛同して、手下たちに生肝料理の準備を命じた。
その時、宋江の持物を調べていた鄭天寿が手紙を見て驚き、燕順に見せた。
手紙に宋江の名があるのを見た燕順は訊いた。
「旅人、おめえの名は?」
「私は宋江です」
「あの有名な及時雨・宋江と同じ名だな」
「その宋江なのだ」
「げっ!」
彼ら山賊の仲間内では、宋江の名は仁愛と尊敬の対象として広まっていた。
裏社会の暗い世界で生きる人々ほど、実は心服したい人間を欲し、光明を強く求めているらしい。
燕順たちは宋江様がおいでになったとばかりに、賓客として宋江を頭領の椅子に座らせ、「いつまでもお飽きになるまで、この山に居て下さい」と言うほどの変わり様だった。
歓待された宋江は、ついつい一週間ほど留まることになった。
🔵宋江はさらわれてきた女を助ける
宋江が清風山にいる間に12月8日になった。
この日は山東地方は先祖の墓参りをする風習がある。
その日、清風山の子分たちが、美人の女が駕籠に乗って山道を通るのを見つけた。
王英は女色好みなので、美人の女と聞くや、すぐに手下を集めて攫いに出かけた。
女の一行は、護衛は追い払われ、女は駕籠かきぐるみで拉致されてきた。
宋江はこの事をきくと、燕順の所へ行き、「女さらいは罪深いこと。あなたの義兄弟らしくない行いですな」と叱った。
「いや、どうも」と燕順は恥じ入り、「あいつはあれが病いでして」と弁解につとめる。
「どうです、一緒に行って忠告してみましょう」
宋江はこう言って王英のねぐらへ向かった。
玄関の戸を叩くと内では慌てた気配。中に入ると焦る王英と共に、一隅にしどけない女の姿が髪を乱して俯(つ)っ伏していた。
宋江は女に声をかけた。
「そこなご婦人。心配いりません。お宅はどこなのですか。」
「親分様、お助け下さいまし。私は清風鎮の長官の妻なのです。墓参りの帰りにこんなことに遭うとは。」
「奇遇ですね。私はその花栄長官をお訪ねしようと思っていた者です。
私はここの賊の頭ではありませんよ。」
すると女は顔を振って、「私は花栄長官の妻とは違います。清風鎮の長官は2名おり、1人は武官の花長官。私は文官の劉高の妻です。」
宋江はうなずくと、王英の説得にかかった。
「歴とした文官の細君じゃないか。人泣かせをしなさるな。」
「あっしには女房もないし、この女にはひと目惚れだ。長官だろうが闘ってやる!」
「そう強がらなくていい。私がこう頼むのだ。」
そう言って宋江が地に膝をついて王英を拝したので、燕順と鄭天寿もびっくりした。
宋江は言った。
「この人は私の知人である花長官の友人の奥さんだ。この難を見捨てることはできない。
なあ王君、そんなに女房が欲しいなら、君のためにきっと私が適当な女を見つけて、嫁入り支度も添えてお世話しよう。
だからこのご婦人は放してやってくれ、頼む。」
こうまで言われては王英も諦めるしかない。
女は礼をくり返しながら駕籠に乗り、駕籠かきは肩を入れるや飛ぶように山を下っていった。
🔵宋江と花栄の再会
それから数日後、山塞をあとにした宋江は清風鎮の街に入り、花栄の屋敷に着いた。
「やあ、よく来られたなあ」
現れた花栄は、ぜい肉のない鍛えられた長身の武人である。
「お久しいなあ」と、花栄は懐かしげに宋江の手を固く握った。
花栄の家と宋江の家は、浅からぬ旧縁の仲で、宋江の境遇(※妾を殺して指名手配犯として逃亡中)を花栄はよく知っている。
「どんなにしても匿ってあげる」と言って、宋江を賓客としてもてなした。
歓迎の宴において宋江は、文官・劉高の妻を清風山で救った件を、花栄に話した。
すると意外にも花栄は不服顔である。
「実は劉高もあの細君も評判がとても悪い。夫婦ともに陰険で強欲です。
賄賂好きで、貧民をいじめるし、細君のほうは虚栄心の固まり。助けてやることはなかったですよ。」
聞いた宋江は笑って言った。
「いかに小人でも、救われた恩は忘れないでしょう。
君がこの事を劉高に話せば、君に対して好意をよせるでしょう。」
花栄は宋江の寛濶(かんかつ)な態度に感服した。
🔵劉高夫妻に捕まる宋江、激怒の花栄が救出
年が明けて、正月15日の元宵祭の日。
この日は街中が祭りで沸く。宋江も見物に出かけた。
すると同じく見物に出ていた劉高夫婦のうち、妻が宋江を見て「あなた!」と夫の袖を引っ張った。
「あの色黒の男、あれですよ、清風山の賊の頭は。」
劉高はびっくりして兵士長へすぐ命じた。
「あの色黒の男を捕えろ」
宋江は捕縛された。
翌朝。劉高の私邸で宋江は尋問されていた。
「私は花栄長官の客で、鄆城県の張三と申す旅人です。
賊の頭ではありません。」
「だまれ!証人もいるのだ。」この劉高の言葉と共に、その妻が現れて言った。
「お前、私をお忘れかい!」
「あっ!」
「よくも山塞では私を脅したね。他に3名の頭目もいたが、お前が一番うやまわれていた。お前が大親分なんだろ。」
「とんでもない奥方!誤解です。
それに私はあなたを救ったのに、恩人の私になぜ悪名を押しつけるのですか。」
「まあ、白々しい!
あなた、この男は一筋縄では白状しそうもありませんわ」
劉高は、「よし、こいつを打ちのめして吐かせくれる」と言って、部下に命をくだした。
宋江への拷問が始まった。
しばらくすると衛兵が馳けて来て、「花長官の使いが手紙を持ってまいりました」と劉高に手渡した。
その手紙を開くと、「貴邸に捕われた男は劉丈という名の我が家の身寄りです。済州から来た田舎者で、何か尊厳を犯したかもしれませんが、お目こぼしをお願い致します。」とある。
「なんだ?当人は鄆城県の張三と言い、花栄は済州の劉丈と言う。どっちも出たら目だろう。花栄の使者を追い返してしまえ!」
戻ってきた使者から話を聞いた花栄は、烈火の如く怒って、兵の一隊を率いて劉高の私邸へ向った。
だが劉高は門を閉じて花栄に会おうとしない。
業を煮やした花栄は兵を連れてなだれ込んだ。
そして宋江を見つけて助け出すと、「やい劉家の奴ら、文句があるならいつでも来い」と鬨の声をあげつつ引き上げて行った。
劉高夫婦は口惜しがり、200の兵を集めて花栄の屋敷を襲わせた。
だが兵たちは、花栄の百発百中の弓の腕を見て、恐れをなして退却した。
🔵再び捕まる宋江、花栄も罠にかかる
劉高の兵を退けたその晩、宋江は花栄へ告げた。
「あなたの温情は忘れませんが、これでお暇します」
「どうしてです?劉高ごときに恐れをなしたのですか?」
「一身を恐れるのではありません。
長官と長官の争いによる官紀の乱れを恐れるのです。
私がここを退散すれば、事は氷解するでしょう。」
「といっても、そのお体では」
「打たれた痛みは何とかなります」
「しかし、行くあてはないでしょう?」
「好ましくありませんが、とりあえず清風山の山塞を頼ります。
体の傷が治ったら身の落着き先を見つけますよ。」
かくして宋江は清風山へ出発したが、途中で劉高の放っていた見張りに捕まってしまった。
この逮捕は花栄は全く知らなかった。
劉高は、巧妙な偽証を並べた上申書を作成し、青州府の奉行をつとめる慕蓉彦達(ぼようげんたつ)の所へ送った。
上申書の内容はこうだった。
「清風鎮の長官の花栄は、軍を私兵化して人民の財をしぼり、清風山の賊の頭と通じて悪事を働いています」
宋朝の徽宗皇帝の後宮には3千人の女がいたが、その中に慕蓉妃という徽宗の寵愛する姫がいる。
青州奉行の彦達はこの寵姫の兄で、妹の威光をかさに着てえらい羽振りであった。
彦達は上申書を読むと、青州軍の警備総長をする黄信を呼んだ。
黄信は、あだ名は鎮三山といい、青州にある賊の住む三つの山、清風山、二龍山、桃花山は俺が大人しくさせていると大言を吐くので、鎮三山と付いているのだった。
彦達は黄信が来ると叱責した。
「お前は日頃、三山を大人しくさせていると言っていたが、この上申書を見ろ。
清風山の賊が鎮台(清風鎮)の長官と内通しているではないか。まるで無政府だぞ。すぐ行って黒白をつけてまいれ。」
黄信は急いで兵を連れて清風鎮に向かい、劉高の官邸に到着した。
劉高夫婦は黄信を歓待し、花栄を処断するよう求めた。
黄信は劉高の言うことを信じて、花栄に出頭を命じた。
「出頭しろ」との令状が来ると、花栄の妻や妹は心配したが、「こっちにやましいことが ないのだから」と花栄は言って、わずかの従者だけ連れて鎮台の城塞へ行った。
待ちかまえていた黄信は、現れた花栄を即座に逮捕した。
「なんで私を縛るのだ!」
「ふははは、動かぬ証人を突き合わせてやろう」と黄信は告げ、
「さあ、劉高どの。」と振り向いた。
合図された劉高は、1名の縄付人を引っ立ててきた。
花栄はその人を見て仰天した。宋江ではないか。
花栄と宋江はお互いを見合って、驚き、茫然とした。
驚き立ちつくす2人に、黄信は傲然と言い払った。
「両名共、言いたいことがあるなら青州府の慕蓉閣下のお白洲で言え」
花栄は満身の怒り込めて、黄信に尋ねた。
「取り調べは望むところだが、なぜ劉高も捕まえないのか」
「黙れ、花栄。お前が清風山の賊と親しくし、軍を私兵化して、人民の財をしぼり上げていることは、慕蓉閣下の耳にも入っておる。何よりの証拠は、その賊の頭を見たとたんのお前の顔に現れていた。」
花栄と宋江は囚人車に入れられ、黄信や劉高が率いる兵士たちに監視されながら青州府に向かうこととなった。
🔵清風山の賊に救出される宋江と花栄、秦明との戦い
宋江・花栄の入れられた囚人車と護送をする黄信らの一行が出発し、清風山の麓にさしかかった時。
燕順ら清風山の賊たちが待ち構えていて、奇襲して毒矢を浴びせてきた。
驚いた兵たちはわっと四散し、黄信も一時は馬の背から振り飛ばされる有り様。
黄信はなんとか逃げのびて清風鎮台へと駆け戻った。
黄信は青州府へ急報をとばし、報せを受けた慕蓉は「すぐに秦明を呼べ!」と命じた。
秦明は、青州府でも一番の武芸者で、兵馬総監の職にある人。
彼は気が短くてすぐに雷声で怒るところから、霹靂火のあだ名が付いていた。
彼の武器は狼牙棒と呼ばれる特殊なもので、サボテンみたいに針を植えた四尺の棒である。
秦明はすぐに兵を率いて清風山へ向かった。
一方、清風山の賊塞では、首尾よく宋江と花栄を救出して迎え入れたことから、酒宴になっていた。
宋江が「劉高を捕えたのでしょう?奴をここへ連れてきて下さらんか」と言ったところ、
賊の頭たちは笑って「奴はとうにあの世に行ってます」との返事。
「やや、もう斬ってしまったのか」
「でも先生、あんな野郎は惜しがることもございますまいに。
それより、今度こそ劉高のあの女をこの矮脚虎・王英にくださるんでしょうね?」
「まだ執着を捨て切れねえでいやがる。なんて鼻の下の長い奴だろう」
一同はどっと笑った。
数日後、兵500人を率いる秦明が清風山に攻め寄せてきた。
賊徒を連れて対峙した花栄は、前に出てきて、「秦明総監、聞いてくれ。これは深い仔細のあることなのです」と事情を説明しようとした。
だが秦明は、「言い抜けは無用だ。俺はきさまらにお縄をちょうだいさせに来たのだ」と聞く耳を持たない。
2人は口論のままに一騎討ちしたが、40~50合しても勝負はつかない。
花栄が急に逃げ出したので追いかけた秦明の兜に、花栄の放った矢が薄く当たりカチンとはね返った。
驚いた秦明が身を伏せるすきに、花栄たちは林の中に姿を消していた。
秦明は兵たちを率いて、ドラや鬨の声のする方に攻め寄せたが、罠が仕掛けてあり死傷者が続出した。
山頂めざして攻め上がったところ、山塞の貯水池を切って落とす水攻めにあい、500の兵のほどんどが溺死してしまった。
秦明も溺れたところを捕縛され、山塞の本丸である、聚議場(しゅうぎば)へ連行された。
🔵秦明の悲劇、宋江の奸計
聚議場に引かれた秦明は、宋江に話しかけられ驚愕した。
「これはどうしたわけか。かのご高名な宋江どのがこんな所に居られたのか。まるで夢のようだ。」
宋江は秦明の縄を解いて対等な椅子につかせると、自分が妾を殺して鄆城県から出奔した事情から、つい先ごろ花栄の家に身を寄せ、劉高夫婦の奸計におちたことまで諄々と話して聞かせた。
真相を聞いた秦明は、直っ正直な性格だけに「過った(あやまった)」と慚愧と義憤におもてを焼いて、
「すぐに拙者から慕蓉閣下に釈明します。まるで事実はうらはらだ。」と宋江に言った。
「いや、そのお体では即座の出発はご無理でしょう。
まあ、ごゆるりと」
言われてみると秦明はケガだらけである。
手当を受けて2日を過ごした。
動けるようになった秦明は言った。
「拙者の鎧と狼牙棒、馬や生き残りの兵士を返して下さらんか。
青州城へ戻って慕蓉閣下に敗戦の罪を詫び、劉高の偽訴を申し上げたいのです。」
燕順は苦笑いして言った。
「ですが秦明さん、500の官兵を失って逃げ帰った不届き者として牢屋へぶちこまれるのが関の山ですぜ。
それよりここを住居として新しくやり直してはどうです?」
すると秦明は色をなして、「いかに囚われの身となろうが、家は代々朝廷のご恩を受けてきた我が身。なんで賊となってお上へ反抗できようか。さあ、この胸板をグサッとやって下さい。」
それを見た花栄がなだめて、「まあまあ。お心はよく分かりますが、そのお体ではまだご無理。もう少し養生しなくては。」
宋江たちは秦明の心を慰めるべく酒宴を開いた。しかし酔いもできない秦明だった。
5日後、秦明はいよいよ山を降りる事を許され、返された武器、防具、それに馬に乗って、1人で青州城へ帰って行った。
ところが。
彼が青州城の近くまで来ると、一望が焼野原になっている。
兵や男女の焼け焦げた死体が転がっている。
驚いて城門下まで馬を飛ばすと、門が閉まっていた。
「俺だ、兵馬総監の秦明だ。開門、開門っ!」
すると城内でどよめきがあり、ラッパがつんざき鳴って太鼓が轟き、慕蓉が城壁の上に現れて叫んだ。
「謀反人めが!ぬけぬけと開門とは白々しい!
またも我らをあざむく気か。」
秦明は仰天して、
「閣下!何かのお間違いではありませんか?
私は不覚は取りましたが、謀反人などとは心外な仰せ。」
「黙れ!お前の鎧と狼牙棒と馬が何よりの証拠だ!
一昨夜に賊兵を指揮して青州城の内外を荒らした連中に、お前がいた。
覆面をしていた由だが、秦明に違いないと、目撃した兵たちが一致しておる。
すでにお前の家族はこの通りだ。天罰のほどをよく見るがいい!」
慕蓉が手を上げると、かたわらの兵たちが数本の槍を壁上から差し出した。
その穂先には秦明の家族の首が1個ずつ刺しつらぬいてある。
「浅はか者め!嘘言をかまえて家族を連れ出さんと来たのであろうが、そうはさせん。それ、奴を逃がすな!」
号令と共に矢の雨が降ってきた。
秦明は本能的に馬にムチを入れて、逃げ出していた。
秦明がすこし行くと、人馬が屯(たむろ)していて、行く手をさえぎった。
見れば宋江や花栄や燕順たちである。
「青州府が焼かれたのには仰天なされたでしょうが、仔細は後で話します。
ともあれ再び山塞へお戻り下さい。」
宋江ら200人に擁されて、ぜひなく秦明は山塞へ返った。
山塞の聚議場に入ると、秦明は正座に据えられたが、すでに酒宴の用意が成されている。
秦明は言った。
「あいや、自分は今、酒どころではない。断腸の念にたえないのです。」
ここで宋江が謝罪して、白状した。
「私が悪かったのです。
奇計をめぐらした結果、あなたの家族を死なせてしまった。
実は、花栄や燕順らがあなたの人物に惚れ込み、どうしても仲間に入れたいと願った。
それで私は、あなたが山塞にいる間に、あなたと背丈や風貌の似た者を選んで、あなたの鎧を着せ、狼牙棒を持たせて、燕順ら200名と共に青州城を夜襲させたのです。
そうすればあなたは山塞に戻るしかないとの目算から。」
(※この小説では、宋江は人格者という設定なのだが、それをぶち壊す衝撃的な展開である。
水滸伝は色んな物語を寄せ集めて完成させた作品といわれ、こうした矛盾が時に見られる。)
真相を知った秦明は、
「そうだったのか!宋江っ、外へ出ろ!」と怒鳴った。
秦明が激怒したのを見て、花栄以下が彼の足下に平身低頭して言った。
「怒りはごもっともですが、我らは秦明なる男に惚れ込んで執着を持ったのです。
罪はお詫びします。
どうか怨涙を忍んで、我らの杯を受けて下さい。
我らを義弟として長く引っ提げて行って下さい。」
こうまで首を揃えて詫び入られ、男が男に好かれたのでは、どうしようもない。
秦明も今は孤独の身で、かつ官吏たちの腐敗も痛感している。
ついに彼は杯を受けてしまった。
🔵黄信も仲間入り
秦明が山賊に加わって少し経ったある日。
清風鎮台を守る黄信のもとを秦明が訪ねてきた。
黄信にとって秦明は、上官であり、武術の師でもある。
秦明から事情をきいた黄信は、悪かったのは劉高夫妻だったのかと、自分の頭を叩いて悔やしがった。
秦明が仲間になるよう求めると、黄信は応じた。
黄信が降伏したことで清風鎮の官旗は下ろされた。
それを合図に燕順以下の200名が粛々と入場してきた。
劉高の屋敷が襲われ、夫人は捕まって清風山へ送られた。
屋敷の倉庫から出された財物は、貧民たちに分配された。
花栄の屋敷からは、彼の妻や妹が救出された。
もうここに戻る気のない花栄は、家財をすべて困窮者に分け与えた。
山賊たちが得たものは、鎮台にたくわえられていた食糧や兵具である。それを山塞へ持ち帰った。
劉高夫人については、王英が妻にしたいと申し出たが、宋江が「恩をアダで返す毒婦だからダメ」と言って、夫人は処刑された。
秦明の心の傷を思いやって、宋江が仲人になって花栄の妹を妻にめあわせた。
🔵宋江らは梁山泊を目指す
黄信が仲間入りしてから数日後のこと。
青州府が大軍で清風山を攻める、との報せが入った。
すぐに軍議となったが、宋江は「大軍はこの山では防ぎきれない」と述べて、
「山東で一番の水郷である梁山泊に行こう。晁蓋という私の知人が、梁山泊の首領になっているし、きっと受け入れてくれる」と提案した。
それで全員で財物を持って梁山泊に行くことになった。
出発に際し、別れを望む者にはカネや物を与えて立ち去らせた。
総勢400人の一団が、「草匪討伐の官軍」という大旗を持って出発した。
梁山泊の討伐に向かう官軍を装ったのである。
行軍の途中で、対影山の山賊を率いる呂方と郭盛の2人を、手下ぐるみで仲間に加えた。
呂方は、あだ名は小温侯。
元は生薬屋で、方天戟の達人である。
郭盛は、あだ名は賽仁貴(さいじんき)。
元は水銀売りで、これも方天戟の達人である。
2人は対影山に二塞を構えて張り合っていたが、宋江らが梁山泊に行く途中と聞いて、首をそろえて仲間入りを志願したのだった。
宋江と燕順は、大人勢がいきなり押しかけるのは良くないと考えて、一団より先に梁山泊に行って入山の知らせをすることにした。
先行した2人が道中に居酒屋で腹ごしらえしたところ、石勇という大男が宋江に話しかけてきた。
石勇はあだ名は石将軍で、元は博奕打ちである。
旅の途中で鄆城県に寄り、宋江の実家に一晩泊めてもらった。
その時に宋清(宋江の弟)から、次のように言われて手紙を託された。
「兄の宋江は、白虎山の孔家の客人になっていると聞いています。
その地方へ行くなら、この手紙を渡してくれませんか。」
宋江の人となりを聞いていたから、この人だと思って話しかけたと言う。
宋江が弟からの手紙を開封したところ、「父が死んだので、すぐに帰ってきてほしい」との内容であった。
宋江はショックから号泣し、燕順に「申し訳ないが、今すぐ故郷に戻らせてもらう」と告げ、梁山泊へ宛てた紹介状を書くと、故郷へと去ってしまった。
仕方なく燕順はその村で待機し、花栄たちが到着すると宋江の件を話した。
一行は、仲間になりたいと願った石勇も加えて、梁山泊への旅を続けた。
梁山泊に着くと花栄たちは、宋江の紹介状を見せたが、梁山泊は武名の高い彼らの加入を喜んだ。
出迎えた梁山泊の頭領の面々には、白日鼠・白勝も加わっていた。
白勝はつい数日前に済州の牢屋から脱獄してきたばかりであった。
呉用の謀りごとの成果だった。
女や年寄りを連れて来た者には土の家が与えられ、その日は祝宴となった。
翌日、花栄たちは晁蓋らに案内されて、山塞を一巡した。
その途中、雁の鳴き声がきこえ、飛ぶ列が見えた。
花栄はそれを見ると、ご挨拶とばかりに弓と矢を持ち、「ほんの余興ですが、空を飛んでいる雁の頭を射てみます。仕損じたらお笑い下され」と言った。
「3番目を射る!」と言って彼が引きしぼった弦を返すと、矢は列の3番目の雁に当たり、落ちた雁を見ると頭を射抜いていた。
いらい梁山泊では、花栄をさして「神臂将軍」と呼ぶようになった。
新たに加わった頭目たちの梁山泊における席順は、秦明は花栄の妹を妻としたので、花栄が5番目、秦明は6番目になった。
黄信は8番目、燕順以下は阮三兄弟の次に座った。
こうして総勢21人の頭目という新布陣ができ上がった。