タイトル水滸伝⑦
宋江と江州の三覇

(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年4月24~27日に作成)

🔵宋江は故郷に帰り、家族と再会

父親が亡くなったとの手紙を旅の途中で受け取り、急いで故郷の宋家村へと帰った宋江。

彼が宋家村へ着くと、まず道端で年寄りの張じいさんと会った。

宋江を見た張じいさんは、「よく帰ったのう。あの事件(※宋江が犯した殺人事件)も1年半が経って、お許しの布令が出たとか。」と大喜びである。

「いや、あの事件が許されても、私は父親の死に目に会えなかった不孝者です。
村の衆へ会わせる顔がありませんよ。」

「なにをおっしゃる?
あなたの父上とは、たった今そこでお別れしたばかりじゃよ。」

「そんなはずはありません。弟の手紙で父の死を知り、帰ってきたのですから。」

「あははは。なにかの冗談でしょう。」

驚いた宋江が、半信半疑の心で我が家の門に入ると、弟の宋清が出て来た。

「父上は?」

「奥にいます。たった今帰ってきたところです。」

「きさま!なんというバカな手紙を私によこしたのだ!戯れもほどにせい!」

すると奥から老父が走り出てきて、宋江の手を握り、その手を自分の頬に当てて謝った。
「かんべんせい。あの手紙はワシが宋清に書かせたのじゃ。会いたさにのう。
ちょうど石勇という男が来たので、彼に手紙を渡して託したのじゃよ。」

宋江の心もほぐれて、
「ああ、よかった…。長らくの不孝をお許し下さい。」と謝罪した。

「そうだ、せがれよ。この度の特赦を知っておるか?
宋の朝廷では皇太子の立太子の儀式が行われ、罪人すべてが罪一等を減じられるとのお布令じゃ。
だからお前が逮捕されても、もう軽い流罪ですむじゃろう。」

「そうでしたか。
与力(警察の高官)の雷横や朱同は元気にしていますか?」

「2人共、今は役所におらんよ。
今いるのは趙能と趙得という兄弟の与力同心じゃ。」

🔵宋江は自首し、江州に流罪と決まる

宋江が実家で父と話していると、逃亡犯の宋江が帰ってきたと聞いた趙兄弟がさっそく捕り方を率いて現れた。

宋江はこの際、逮捕されて早く刑期をすまし、晴れて家に帰ろうと決めた。
それで大人しく捕縛された。

宋家村のある鄆城県の知事はまだ時文彬がしており、時文彬は元部下の宋江に同情的であった。

宋江が殺した女・閻婆惜の母親である閻ばあさん(この人が宋江を訴えた)は半年前に病死していたし、閻婆惜の情夫だった張文遠もまだ役所にはいるが、もう宋江を追及する気がない。

宋江の父がたっぷりと賄賂を役所にバラまいたのもあって、流刑地は最も軽罪の者が送られる江州に決まった。

🔵宋江を救出に来る梁山泊、それを断る宋江

江州に行く宋江を護送する役は、端公(小役人)の李万と張千であった。

出発してから5日目、梁山泊に近づいた時、事件は起こった。

赤髪鬼・劉唐が手下50人ほどを従えて道をふさいだのである。
「宋先生、お迎えに来ました。
おいみんな、この端公2人を殺してしまえ。」

宋江がすぐに止めに入った。
「待て劉唐。君らの暴走は私にとって迷惑だ。」

「どうしてですかい。梁山泊の一同は先生を心配のあまり、鄆城県城の牢を破って救い出そうと、相談していたほどなんですぜ。」

「それこそ私にとって情(なさけ)が仇(あだ)だ。
私を不忠不孝の抗(あな)に突き落とす気か。」

「まあ、とにかく、いったん梁山泊へお越しになって下さいよ」

「バカを言うな。私は罪人で流刑人だぞ」

2人が言い争っているところへ、知らせを受けて梁山泊の軍師・呉用が飛んできた。

宋江の気持ちを聞いた呉用は笑って、
「あなたらしいですな。お気持ちはよく分かる。
しかし晁蓋以下があなたに会いたがっています。
どうです、一応おいでになっては。
しかる後に流刑地への旅へ、我らは潔くお見送りしましょう。」

「おう、呉用先生は私の気持ちをよく知って下さる」
宋江は喜び、端公2人を連れて梁山泊に入った。

晁蓋たち頭目の一同が出迎えて、その日は酒宴となった。

翌日、出立する宋江に対し呉用が言った。

「江州には私の古い友人がいます。
名を戴宗といい、その地で長らく牢の節級(牢獄の長官)をつとめています。
この男は義理固く、1日に800里を歩く道術を身につけています。
一度会ってごらんなさい。」

こう言うと呉用は、戴宗への手紙も用意して、宋江に手渡した。

🔵毒を盛られた宋江は、李俊らと親しくなる

20日ほども宋江たちは江州への旅を続け、ようやく江州に近い掲陽嶺まで来た。

ここで彼らは災難にあった。

茶店に入って一杯やったところ、しびれ薬を盛られたのである。

この茶店は、客に毒薬を飲ませて殺し、物を奪うのを裏稼業にしていた。

その日、掲陽嶺のすぐ近くにある揚子江の大河で船乗りをしている李俊は、仲間の童威と童猛を連れて、この茶店に現れた。

「おい、李立。いるかい?」

茶店の亭主である李立は、「おう兄貴か」と言って李俊たちを迎えた。

李俊が言った。
「あの宋江さんが、2~3日中にはこの道を通るらしい。
それで俺は仲間を誘って来たんだ。
李立、おめえも宋江さんにお目かかっておくといいぜ。」

聞いた李立は驚き、急にガタガタと震え出した。

「おい李立、何かあったのかい?」

「いけねえ!
実はさっき、色黒の囚人と二人の端公を、例のしびれ薬でねむらしちまった。
もしや、それじゃあねえかしら。」

「げっ!宋江さんは黒二郎のあだ名があるくらい、色黒と聞いているぞ。」

李俊が見てみると、宋江に間違いなさそうである。
「早く覚醒薬だ!李立、もし生き帰らなかったら、てめえも生かしちゃおかねえぞ。」

かくして、あわただしい足音、物音の転手古舞(てんてこまい)につれて、まもなく宋江たちの声も聞こえだした。

4人の男が首を揃えて謝るのに対し、目はしら立てて怒る宋江でもない。
むしろ「仮死のおかげで冥途(よみ)の世界をちょっと覗いてきました」と笑った。

童威と童猛は、李俊の弟分で、塩の闇売買をしている。
この2人は水泳が得意で、船の底にへばりついて長時間すごせるのが自慢だった。

🔵宋江は掲陽鎮で災難にあう、江州の三覇

宋江と端公2人は、李俊たちから謝罪の酒宴を受けた後、また出発した。
そして掲陽鎮の街へ入った。

すると辻で、痩せた長身の男が膏薬売りの香具師をしている。

見物人たちが誰も買わないのを見て気の毒になった宋江は、銀5両をぽいと彼の手に持つ盆に入れてやった。

香具師は、「首枷を付けたお人から、こんなお志をいただけるとは」と感激である。

そこに長身の若者が現われた。
若者は膏薬売りに近づくと「俺に無断で稼ぎをするな」と怒って脅し、「首かせ野郎も何でかねびらを切りやがるんだ」と宋江までも脅した。

宋江が「私は自分のカネをやったまでですが」と反論すると、若者は殴りかかってきた。

宋江は拳をかわして若者を投げ飛ばしたが、さらに若者が起き上がったところを膏薬売りが蹴飛ばした。

若者の顔は蒼白になり、「このままじゃあ済まさねえぞ」と捨てぜりふを吐くと逃げて行った。

膏薬売りは宋江に「もしやあなたは及時雨・宋江さまとはありませんか?」と尋ねた。

宋江だと分かるとこの男は、「あっしは薛永といい、あだ名は病大虫です。浪人暮らしが続いて、こんな商売をしている始末です」と自己紹介した。

薛永の誘いで、宋江と端公2人は昼食を共にすることにした。

ところが料理屋に行くと、「あんた方はそこの辻で、ここ江州の顔役の1人とケンカしなすった。あいつらににらまれたら店は叩き壊されてしまう。すでにあんた方を店に入れるなと通達が回っている。」と言って、どの店も入れてくれない。

ぜひなく宋江は薛永と別れて、旅を続けることにしたが、陽が暮れたので郊外の大きな屋敷に頼んで一晩泊めてもらうことにした。

その夜、便意をもよおして起きた宋江は、若者たちが騒いでいる声に気付いた。
聞くと、屋敷の老主人に対して若い息子がこうわめいている。

「膏薬売りが無断で辻稼ぎをしているから追っ払おうとしたら、妙な野郎が邪魔しやがった。
その首枷野郎たちはこっちの方角へ逃げたと聞いたんだ。兄貴にも知らせて捕えてやる!」

老父が必死になだめると、その若者は仲間たちとどこかに行ってしまった。

宋江は「このすきに」とばかり、2人の端公をゆり起こして訳を語ると、「夜道を駆けて逃げよう」と急き立てた。

3人は窓から抜け出して逃げたが、気付かれたらしく、10人以上が追ってくる。

揚子江の岸に来た宋江たちは、葦の茂みの中へ隠れ込んだが、そこに舟が1つあった。
これ幸いと船頭に頼んで乗り込み、川に漕ぎ出してもらった。

一息ついたのも束の間、大河の中ほどまで来ると、船頭は舟板をめくり上げて研ぎすました刀を取り出し、宋江たちに切っ先を突きつけた。

「おめえ達は命拾いしたつもりだろうが、俺はただの船頭じゃねえ。身ぐるみ剥いであの世に送ってやる。」

宋江は「カネは上げますから許して下さい」と懇願したが、船頭は宋江たちを殺そうとする。

そこへ一隻の舟が近づいて来て、「おうっ、張の舟じゃねえか」と声をかけた。

張と呼ばれた船頭は振り返って、言った。
「やあ、李の兄貴か。ここんとこ女と博奕ですっからかんだったが、鴨3羽が舞い込んで来やがった。 あの穆さん兄弟に追っかけられてたらしいが…。
1人は色黒の流刑人だよ。」

「おい張!江州送りの色黒の流刑人だと?もしや…」
そう言って張の舟に跳び移って来たのは、なんと李俊だった。

宋江は相手を見て、「おおっ、いつぞやの李俊どのか。」を声をかける。

「はい。一昨日の夜は手前の家に泊まっていただき、お別れしたばかりでした。
今夜は揚子江に漕ぎ出して闇屋の塩舟でも襲い、飲み代稼ぎでもしようと、童威・童猛の兄弟分ふたりと出た帰り道です。いやあ、こいつ尽きぬご縁でしょう。」

驚いたのは張という船頭だ。
「李の兄貴、一体どういう訳です?」

「こちらは山東の及時雨・宋江さんだ。
もしもお前がこの方を殺したら、俺たちの制裁を食うところだぞ。」

「げっ!では、この人が。」
刀を投げ捨てて張は這いつくばり、「お見それしました。このお詫びにはどんなことをされてもお恨みしません」とくり返し謝った。

ほどなく彼らは陸に上がり、たき火して酒を飲み始めた。

船頭の張は、李俊の義兄弟の1人で、名は張横。
あだ名は船火児で、揚子江の中にある島の出身である。

張横には弟がいて、名は張順。
水泳の達人で、水中から7日7晩出なかったという記録を持ち、その肌の白さから浪裏白跳のあだ名が付いていた。

張兄弟は私渡(しと)と呼ばれる非公認の渡船稼業をし、旅人などを乗せて大河に出ては、脅して身ぐるみを剥いで岸に投げ捨て、酒・博打・女に使ってきた。

だが近頃はその悪評が高まり、客がいなくなったので、張順は江州で魚問屋に転職して、張横だけがコソコソと悪さを続けていたと言う。

張横は頭を掻きながら言った。
「あっしは正直なとこ、外道ですが、折があったら真性(まっしょう)な人間になりてえと願ってるんで。
宋江さん、江州に行くなら、魚問屋をやっている弟にも一度会ってやって下さい。」

そこへ宋江たちを追っている穆家の連中が、松明と武器を手にやって来た。

李俊はその集団を見ると叫んだ。
「穆さんのご兄弟、宋江さんがここに来ているぞ!さあ皆んな、ごあいさつだ、ごあいさつだ。」

穆家の兄弟は驚き、「ほんとかい?」と尋ねる。

「よくごらんよ。あっしはこの方と素姓を語り合い、ひとつ屋根の下で寝ているんだから。」

穆兄弟は、持っていた木剣を投げ出すと、地に平伏して言った。
「まったく知らぬことでした。どうか散々なご無礼は平にご用捨くださいまし。」

穆家の兄弟は、兄は穆弘といい、あだ名は没遮攔。
弟は穆春といい、あだ名は小遮攔である。

穆家は揚子江の江畔の大金持ち(地主)で、2人はその息子。

李俊が説明する。

「この地方には三覇がいるんです。

まず掲陽鎮に入る峠を縄張りにする、あっしと李立が一覇。

次に掲陽鎮の街を縄張りにする穆兄弟が一覇。

最後に揚子江の上を縄張りにする張兄弟が一覇。

この三覇がこの辺りを抑えているのですよ。」

「なるほど、覇とは顔役か。後漢末の三国に似せたのかな」と宋江は笑った。

そして宋江は、「あなた方がそういうお仲間同士ならば、あの膏薬売りの薛永を私に免じて許してやってくれませんか」と頼んだ。

「もちろんです」と穆弘は答えて、「若い者を走らせて薛永さんを探してこさせます。宋江さん、私たちの屋敷へ来て下さい。お詫びに歓待します」と言った。

🔵江州の三覇と仲良くなる宋江

穆家に着くと、息子2人は宋江を父親に引き合わせた。
「ほう。あの有名な宋江様じゃったか」と老主人は目を細めた。

酒宴の半ばに、若い衆が薛永を街中から探して連れて来た。

宋江は「私が去った後も彼をよろしく」と穆家の人々へねんごろに薛永のことを頼んだ。
「引き受けますとも」と穆兄弟は快諾した。

また張横は一通の手紙を用意して宋江に手渡し、「江州へおいでになったら弟の張順をお忘れ下さいますな」と頼んだ。

宋江は彼らから様々な餞別物をもらい、見送られながら、舟に乗って江州の流刑先となる牢獄へと向かった。


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