水滸伝⑨(以下は『新・水滸伝』吉川英治著からの抜粋
2026年5月4日、6月12~13日に作成)
🔵前回のあらすじ
山東にある梁山泊、そこは統領の晁蓋をはじめ多くの人物が集まる山塞で、山賊・水賊の拠点である。
梁山泊の面々は、逮捕され死刑を宣告された宋江と戴宗を救出し、戴宗の部下の李逵らと共に仲間に加えた。
梁山泊に宋江らが加わり、いよいよ梁山泊は一大勢力となりつつあった。
🔵黄門山の四頭も梁山泊に加わる
宋江らが梁山泊に加わった頃に、「黄門山の四頭」と呼ばれる山賊たちも梁山泊へ合流した。
この4人を紹介しよう。
まず欧鵬は、あだ名は摩雲金翅(まうんきんし)で、元は軍人の士官くずれ。
次は蔣敬で、文官試験の落第者だが、書算に長じているところから神算子のあだ名をもつ。
3番目は馬麟で、南京建康のあだ名をもつ。鉄笛の名手である。
4番目は陶宗旺で、あだ名は九尾亀。水呑み百姓のせがれで馬鹿力があり、刀槍の上手である。
宋江や黄門山の四頭が加わったあと、梁山泊の軍師・呉用が提案した。
「ここには様々な人物が集まったが、宋江どのこそ我らの統領にふさわしいお人ではないか。」
皆は賛同したが、宋江は「とんでもない」と固く辞退した。
「私は諸兄に一命を助けられ、徒食しているに過ぎぬ者。
どうか統領には晁蓋どのを据えて下さい。」
「それでは」と晁蓋が今まで通りに統領の座につき、宋江は2番目の席に決まった。
すでに梁山泊は、頭目の数が40人にまで増えている。
🔵宋江の帰郷
宋江が梁山泊に加わってからしばらくしたある日、彼は一同にこう申し出た。
「ここへ来て早々にわがままを申すようですが、私は実家に残している老父が気がかりなのです。故郷へ戻って父と話し、ここへ迎え入れたく思います。」
晁蓋や呉用は「あなたは国家反逆罪で指名手配中なのだから、用心棒を10人ほどお連れになったほうがいい」とひどく心配したが、
宋江は「1人のほうが目立たないし、老父も気楽ですから」と固辞した。
宋江という人は、何事につけ人手をわずらわさない、少人数の行動が好きらしい。
梁山泊の面々は仕方なく、「どうぞ、お気をつけなすって」と、彼の一人旅を見送った。
日を経て。
宋江は故郷の鄆城県・宋家村へたどり着いた。
実家の裏門をコツコツ叩くと、弟の宋清が出てきた。
宋清は驚いた。「兄さん、どうしてこんな危ない中へ帰って来たんですか」
「じつはな宋清。私はついに梁山泊の他に身を置く所もなくなった。
それでお前と父を山塞へ迎え取ろうと思って来たのだよ。」
「とんでもない!」と宋清は手を振って、今の状況を話した。
「兄さんを捕まえるため、県は網の目を張っています。
捕手の頭である趙能と趙得は、絶えず部下にこの家を見張らせてます。
私たちは囮です。親思いの宋江だからここへ来ると見て、わざと元のままに置いているのですから。
私と父を救い出したいなら、梁山泊のお力をかりて下さい。そうでなければとても村を出られませぬ。」
聞いて顔色を変えた宋江は、老父の顔すら見ずに、宋清に後日を約すると、すぐに元の道へと戻り走って逃げ出した。
だが探知されたようで、そのうちに大勢が追ってきた。
逃げる彼は、迷い込んだ樹林に古廟を見つけた。
そこに転がりこむと、放置され落ち葉だらけの社殿がある。
宋江は社殿に入ると、夢中で最も奥の御厨子の内へ隠れた。
すぐに趙能と趙得が手下を率いて踏み込んできた。
その時、ものすごい山風が吹いて建物をゆすった。
とたんに天井から塵と埃のかたまりが落ちてきて、捕手たちは眼をおさえながら「なんだこの大風は!?ひょっとして?」と脅えた。
神威をけがしたお怒りかと、逃げ腰のところへ、今度は稲妻が走った。
これで捕手たちは肝を冷やして外へ逃げ失せてしまった。
🔵宋江の神秘体験
隠れている宋江も、山風と稲妻に驚いてうつ伏せたが、
気が付くと「星主さま、星主さま」と2人の青衣の童子が左右から自分を呼んでいる。
「おっ? どなたでしょうか、お2人は?」
「私たちは女神さまの使わし女(め)です。星主さまをお迎えにあがりました。」
「星主?私はそんな者ではありません。」
「いいえ、お越し下されば分かります。」
童子に付いていくと、天上の仙人の館かと思うような神気のある建物に案内された。
綺麗な声の女神が待っていて、こう告げた。
「お久しぶりですね。天書の三巻をお贈りしたいのです。
星主どの、どうぞ天に代わって天書の道を人の世に行って下さいませ。
国家の毒と世の邪を除き、義・情(なさけ)・信・誠を濁り(にごり)世にも失わないで下さい。
天上の玉帝さまは、あなたの未熟さを磨かんとしてあなたを下界へお流しになりましたが、そのうち再び天府へとお呼び戻しになりましょう。
三巻の天書を友として研究して下さい。
同学のお相手は呉用どのだけとして、他の者には見せてはなりません。」
宋江が「はっ」とひれ伏すと、女神の「いずれまたお会いしましょう」との言葉を最後に彼は眼を覚ました。
「夢だったのか」と思ったが、三巻の天書が膝に乗っている。
彼は厨子を出て扉の外に立ってみた。
その時、廟の額に鮮やかな文字で「玄女之廟」とあるのをはっきり見た。
「九天玄女」と口のうちで唱えながら眼を天にやると、時刻ははや真夜中らしい。
🔵助けにくる梁山泊の一隊
宋江が廟を去っていくらもしないうちに、梁山泊の男どもが現れた。
ほっとした宋江が「どうしたわけで、ここへ?」と尋ねると、晁蓋も呉用も心配して、一隊を鄆城県へ送り込んだのだと言う。
すでに李逵が趙能と趙得の2人を叩き斬り、宋清と老父も助け出して梁山泊へ送ったとのこと。
宋江は深く感謝し、嬉し涙にくれた。
梁山泊に来た宋清、あだ名は鉄扇子が、山塞の一員となったのは言うまでもない。
🔵帰郷する公孫勝
宋江とその家族を梁山泊に迎え入れて大宴会となった日、公孫勝が「お願いがあります」と、一同に突如として願い出た。
「実は私にも故郷に置き放してある老母がいます。
それに加えて道教の師匠にも便りすら欠いております。
私も一度、故郷を訪ねたく、どうかしばしのお暇をいただきたい。」
泣きながら話す彼に、一同は感に打たれて「行ってらっしゃい」となった。
公孫勝は早くも翌日に、故郷の蘇州へさして出立した。
🔵李逵も帰郷することに
公孫勝を見送りに出た帰り途。李逵が柄にもなく泣いている。
のみならず、その晩の集いでも飲まず笑わずで、ベソベソと泣いている。
「どうした李逵?」と宋江が訊ねると、彼は吠えるように訴え出した。
「俺だって故郷には年取ったお袋がいらあな。
俺もお袋を梁山泊へ連れて来て、楽させてやりてえと考えたら、泣けてきて…」
宋江は当惑した。周りを見ても、皆が不賛成の顔色である。
それも無理はない。李逵の悪名は広まっており、ことに江州で大暴れした直後である。
指名手配されているに極っているのだ。
李逵は宋江に言った。
「先生、あっしも人の子です。先生は父や弟と一緒にいるくせに、なぜ俺だけは…」
「李逵、その気持ちは分かるが、皆が難色を示しているのは万一の場合を怖れるからだ。
だが3つの条件を守ると約束するなら、この宋江からご一同へ頼んでやろう。」
「どういう条件ですえ?」
「①道中に酒を飲まないこと、②一人がお前を尾行するのを認めること、③お前の武器である二つの斧を呉用殿に預けてゆくことだ。」
李逵がこの3つを守ると約束したので、一同も承知して彼を送り出すことにした。
李逵は故郷である沂州(きしゅう、又はぎしゅう)・沂水県へと、野太刀一本の身軽な姿で旅立った。
李逵を尾行する見張り役は、同じ沂水県の生まれの朱貴が選ばれた。
依頼された朱貴は言った。
「弟の朱富は沂水県で居酒屋をやってますし、手前も久しぶりに故郷を覗いてきます。李逵のことはご心配なく。」
こうして朱貴も出発した。
梁山泊はしばらく平穏となり、宋江はあの三巻の天書をひもとき、呉用と共に研究した。
🔵李逵は故郷に着き、追い剥ぎを討つ
李逵は故郷に着くまで、約束を守って酒を一滴も飲まなかった。
懐かしい沂水県の城内に入ると、高札場に人が集まっている。
李逵も見ようと近づくと、朱貴が現れて腕を引っ張った。
「おや、お前は朱貴じゃねえか」
「ちっ、阿呆もほどにしろ。
あの高札には、宋江を捕まえた者には銭一万貫、戴宗なら5千貫、李逵なら3千貫を与えると書いてある。指名手配の触れ書なんだぞ。」
「へえ、俺が一番安いのか」
「そんなお前だから、俺がお目付役になって後を尾行てきたんだよ。
ま、そこの店に入りねえ。」
朱貴が案内した店は、朱貴の弟・朱富が店主をしている居酒屋であった。
朱貴が目の前で酒を飲み始めると、李逵は「お目付役の兄貴が見ている前なら、ちょっとぐらい飲んでもいいだろう」と、ついに酒を飲んでしまった。
李逵は抑えきれず大量に飲んでしまい、明け方になってから店を出て、山奥にある我が家に1人で向かった。
朱貴は、もう実家が近いから見張らなくていいだろうと、付いて行かなかった。
李逵が森に入ると、手に二本の斧を持った、墨で顔を黒く塗った男が立ちふさがった。
「俺は名高い黒旋風・李逵だ。身ぐるみを置いてゆけ。」
「へえ、お前さんが?」
「おうさ。腰を抜かさないのを見ると、よそ者か」
「おい、偽李逵。このツラをよく見てくれよ。
俺は李逵だ。どっちが本物か、賭けといこう。さあ命をはったぜ。」
驚いた偽李逵の追い剥ぎは、「ごめんなさい、旦那」と言ってヘタヘタッと坐ってしまい、手を合わせた。
追い剥ぎの男は泣きながら、90歳になる老母がおり、老母を養うための出来心であったと話した。
黒旋風・李逵と言って脅せば、皆が金や持ち物を捨てて逃げ出すのだと。
謝りぬく男を見て、李逵は「お前もお袋がいるのか」と同情した。
李逵は銀10両を男へ投げやると、「これをくれてやるから、とっとと失せろ。お袋を大事にしろよ。今度悪さを見つけたら命はねえぞ」と話した。
「おお、ご恩は一生忘れません」
「一応、名だけ聞いておこうか」
「李鬼と申しますんで、へい」
「本当かい、苗字から名まで似ていやがる」
李逵は男と別れると、また山道を歩き出したが、7月の暑さで喉も渇く。
山中で小さな料理屋を見つけたので入り、飯を注文した。
店主の女は、「お客さん、少し待ってくれるかね」と言う。
「よかろう、外で涼んでいる」と応じて、李逵は店の外に台を持ち出して涼み始めた。
ウトウトしていた李逵が小便に立ってみると、男女がひそひそと話し合っているのに気づいた。
女は店主で、男は今朝会った李鬼に間違いない。
「じゃあ本物の李逵が帰ってきたんだね」
「そうだよ、驚いたの何のって。だけど口から出まかせに、ありもしねえお袋の話をしたら、馬鹿な野郎さ、10両くれて行っちまいやがった。」
「その李逵に間違いないよ、さっきから店の外で昼寝してるんだよ。
ちょうどいい、飯のおかずに痺れ薬を入れてしまえばいくら黒旋風だって。」
「奴はまだたんまり金を持っている風だった。
しめた、こいつは運が向いてきたぞ。」
ここまで盗み聞いて李逵はもう我慢出来なくなった。
踊り出て李鬼を斬り殺す。
それを見た女は一目散に逃げていった。
「ふざけやがって」
李逵は店の中に入ると、目ぼしい物を懐にねじ込んだあげく、ちょうど炊き上がった釜の飯 までたいらげてから立ち去った。
🔵李逵は母、兄と再会する
李逵が山を下っていくと、いよいよ生まれ故郷の百丈村に着いた。
「ああ、昔のまんまだ。貧乏もそのまんまだ。」
李逵は自分が生まれた家の前に佇んだ。赤土の泥小屋である。
家に入ると、盲目の母は日が暮れたのも知らず、糸車で糸を紡いでいた。
「おっ母あ。おらだよ。」
「その声は」
「李逵だわな!鉄牛が帰って来たんだわな!」
母は李逵に抱きつくと、体をふるわせながら言った。
「何年もどこで何をしていただよ。こっちは生死さえ分からずに。」
「おっ母あ、本当にすまねえ。だがの、今度はおっ母あをわざわざ遠くから迎えに来たんだよ。梁山泊のある山東地方へおらは役人となって行くんだ。」
「本当け?」
「本当だとも。側にいて一生安楽にしてやるから。
おらが背中へおんぶするから。どこかで車を買ったら、それに乗せておらが押していくよ。」
「あれまぁ、そんなに急なのかえ。
お前の兄が戻ってから話し合わなきゃ、悪かろうに。」
「兄貴には途中で手紙を出すから。何しろ急いでるんだ。」
そこに、ちょうど兄の李達が帰ってきた。
李逵とちがって李達は、正直者でまじめに働いてきた男。
李逵がお尋ね者になっている事も知っていた。
「お前がお袋を連れに来たって?極道者にそんな殊勝さがあるもんか。」
「兄さん、俺だって人の子だよ。」
「いけねえ、いけねえ。ガキの頃からお袋を泣かせてきたお前が、急に親思いになるものか。」
「兄さん、お前もいっそのこと梁山泊へ一緒に行って、おらやお袋と暮らしてはどうだね」
「この兄まで悪党へ引き込む気か。
お尋ね者のお前をこのままにはしておけぬ。おふくろっ、李逵を逃がしなさんな。」
そう言うや、李達は外へ走り出して行った。
李達が地主の屋敷へ行って、わけを話し、若者を大勢連れて戻ってきた時、すでに母も李逵も居なくなっていた。
そして銀子50両が詫びるように仏壇に置かれていた。
これには李達も心を打たれ、弟が本当に前非を悔いたと考えて、一同に詫びて帰ってもらった。
🔵母の死と虎退治
李逵は実家を離れると、母を背負って跳ぶように移動し、はやくも隣県との境にある山の頂きへ到達していた。
「せがれや。苦しいから、そんなに駆けんでくれ。」
「おう悪かったな。俺もヘトヘトだもの。
だが山を越えて人里へ出たら、美味い飯もたんと食わせて上げるでな。」
「せがれや、飯より水が欲しいだよ」
李逵は老母を大きな石の上へ下ろすと、
「谷へ降りて竹筒へ水を汲んでくる。ここから一歩も這い出しなさんなよ。」
「李逵や、ちょっとお前の手を握らせておくれよ」
「なんだい、改まって」
「どうしてお前はそんなに優しい子になったんだい。わしゃ嬉しくて。」
「よやせい、おっ母あ。こんな不出来な伜の手を取って拝むやつがあるか。
泣くなんて縁起でもねえ。それじゃあここで待ってなせえよ。」
李逵は水音を頼りに下っていき、谷川の水を竹筒に汲んで戻ってきた。
すると老母の姿が見えない。
「ややっ、血がこぼれている」李逵は総毛立った。
血のあとをたどると大きな洞穴があり、そこで二匹の虎の子が人間の片足をしゃぶっていた。
李逵は怒りに燃え、二匹を野太刀で叩き斬った。
怒りが収まらずその場で慟哭していると、親の牝虎が帰って来た。
李逵はその牝虎を殺し、さらに帰ってきた雄虎まで殺した。
疲れきって亡霊のようになった李逵が歩いていると、夜が明け始めて4~5人の猟師に出会った。
李逵が虎を4匹叩き殺してきたと告げると、猟師たちは見に行った。
4匹も虎が殺されているのに驚いた猟師たちは、虎退治の恩人として李逵を村に招いて歓待することにした。
この村の長者の曹という者は、強欲とケチで評判だったが、さすがに虎退治の豪傑が来たというので家門を開いて迎え入れ、酒席を用意した。
李逵は名を聞かれた時、お尋ね者なので偽名で答えた。
虎退治の豪傑を見に野次馬が大勢集まってきたが、その中に李鬼の情婦もいた。
彼女は李逵を恨んでいたので、すぐに「お尋ね者の李逵が村に現れた」と県庁に通報した。
沂水県の役所では、知事がただちに捕手頭の李雲を呼び出し、村へ兵を率いて出動するよう命じた。
李雲は、青眼虎のあだ名を持つ、青眼で鼻の高い西蕃人である。
剣の達人として有名であった。
一方、李逵を招き入れた曹の旦那は、それがお尋ね者だと密かに知らされると、李逵の首にかかった3千貫の懸賞金を得るチャンスだと考え、李逵にどんどん酒を飲ませた。
李逵は宋江との約束も忘れて、勧められるままに浴びるほど飲んだところで、大勢の者に囲まれて屋敷内の牢にぶち込まれた。
やがて李雲が来て、李逵は県城へと連行された。
🔵朱貴と朱富の計略
李逵が逮捕された話はたちまちに拡がり、朱富の店にも聞こえた。
朱富は顔色をかえて、兄の朱貴にこの事を伝えた。
朱貴は言った。
「弟よ、お前にはとんだ飛ばっちりだが、こうなってはこの店をたたんで家族ぐるみでお前も梁山泊へ行くしかあるめえ。
ここにも江州奉行所の者が来るに決まってる。」
「だが兄貴、このまま李逵を放って梁山泊へは帰れられまい」
「さあ、それだ。まったく返す返すも、あの酒好きの黒んぼから目を離すんじゃなかったぜ。」
「兄貴、こういう手立てはどうでしょう。
捕手頭の李雲さんは、日頃からこの店の常客だし、あっしにとっては剣術の師匠です。
あの人は今の腐れ役人たちや朝廷の悪政に不満を抱いている。だからこういう計略に出ればどうですかね。」
その晩遅くに、朱富は自分の家族と家財を一台の馬車に乗せて、梁山泊に向けて出発させた。
そして翌朝、平常通りに店を開けると、李雲たちが通るのを待った。
この日、7月の猛暑の中、江州府へ送られる李逵を船に乗せるため、李雲は兵たちを従えて李逵を護送し朱富の店の前を通った。
「李雲先生、どうぞ冷たい酒を一杯おやりになってご休息下さい」
「おお朱富か。いや、気持ちはありがたいが、明るいうちに極悪人を船内の牢に移さないといかんのだ」
「そう仰っしゃらないで。朝から冷やしておいた酒です」
「せっかくだが今は困る。帰りに寄ろう。」
ところが意地汚い兵や獄卒たちは、酒の匂いに吹きくるまれて、もう動こうとしない。
すでに飲み始めた者さえある。
「ち...しようのねえ奴らだ」
李雲もついに馬を降り、朱富の酌で飲み始めた。
少しすると、李雲たちはバタバタと倒れてしまった。
酒に痺れ薬が入っていたのである。
縄を解かれた李逵は、朱貴、朱富、店の若い衆と共に逃亡した。
しばらくすると、彼らは朱富の家族を乗せた馬車に追いついた。
その時に李逵が言った。
「いまいましいのは曹って野郎だ。ちょっくら引き返してあいつの首を取ってくる。」
朱富も「俺の師匠の李雲さんをあのままには捨てておけねえ」と言った。
そこに彼方から韋駄天の如く走って来た者がある。李雲であった。
李雲は長剣を抜いて向かって来たが、「待った!お師匠。これには深い事情のあること。」と朱富が身を投げ伏せて、まず詫びた。
そして縷々(るる)とこれまでの経緯(いきさつ)を語った。
話を聞いた李雲は「ふふむ...」とうめいた。
「弱った!お前らを見逃してやれば拙者は同類と見なされ逮捕される」
「お師匠、あなたはまだ妻子のない独り身。いっそのこと、手前どもと梁山泊へおいで下さいませんか。
日頃から、今の悪政と官人の腐敗にあいそが尽きたとおっしゃっていたでしょう。」
「しかし梁山泊はこの李雲を仲間へ入れてくれるだろうか」
「そりゃもう、おいで下されば」と朱貴もそばから助言を加えた。
「梁山泊は双手をあげてお迎えしますよ。まして朱富がお世話になった剣術の師匠と聞きば。」
こうして李雲も同行すると決まったが、いざ出発しようとすると李逵が見あたらない。
「はて、どこへ行ったのか?」と怪しみ合っていると、李逵が片手に曹旦那の首を提げ、もう片手には李鬼の情婦の首を提げて戻ってきた。
「腹癒せ(はらいせ)に片付けてきた」と、李逵は凄烈な笑い顔で首を3人に見せると、切れ草鞋(わらじ)でも捨てるように路傍のやぶへ放り投げてしまった。
「さ、もうこの土地に名残りはねえ」
「おお、おさらばだ。急ごうぜ。」
彼らは梁山泊に向かった。
いつとはなく梁山泊の本丸(聚議庁)の奥には、星を祀った廟、道教まがいの祭壇ができていた。
そこでは梁山泊の頭領たちを星になぞらえ、その数だけ灯明を連ねていた。
李逵たちが梁山泊に帰り着くと、李雲と朱富の2人は即決で頭領に加えられた。
そして2つの新たな灯明が追加された。