(以下は『Number 2007年4月12日号』から抜粋
2026年7月27日に作成)
🔵奥寺康彦の話
僕はドイツリーグ(ブンデスリーガ。プロ・リーグ)では普通の選手だった。
僕の個性は「調和が取れる」ことだった。
僕がアジア人というのはあまり関係なく、すべては監督との関係なんだよ。
監督のやりたいサッカーがあって、それに自分がはまった。
ブレーメン時代には色んなポジションをやったよ。FW、サイドバック、ストッパーとね。
ぜんぜん嫌ではなかった。だって監督ができると思うから使うわけで。
ヨーロッパでは、その選手がゲームの本質を知ってるかが見極められるんだよ。
例えば速攻の時に、どういう角度でボールをトラップするのか。
オーバーラップした選手をしっかり察知してパスを出せるか。
ドイツ人はボール扱いは日本人より下手だけど、サッカーが出来る。
僕はドイツにいた時期は、日本代表には全く関心がなかった。
当時の日本代表は弱かったし、アマチュアしか入れなかった。
何よりも僕はドイツでやることに必死だったし。