(以下は『フットボリスタ 2007年2月21日号』から抜粋)
オランダ代表監督のファンバステンと、オランダ1番の点取り屋ファンニステルローイの対立が続いている。
ニステルローイは、オランダ代表でのプレーを拒み続けている。
彼は、2006年ドイツW杯のポルトガル戦でスタメンを外されたことに怒り、それからは監督批判をくり返してきた。
(以下は『フットボリスタ 2007年9月12日号』から抜粋)
EURO2008の予選が進行中だが、オランダ代表は6試合8ゴールと攻撃がいまいちだ。
フンテラール、カイト、ファン・ペルシー、バベルがいるのに得点力がない。
ファン・ニステルローイが代表に復帰したので、どうなるかに注目だ。
(以下は『フットボリスタ 2007年9月19日号』から抜粋)
オランダ代表は、ファンバステン監督とファン・ニステルローイ選手が、2007年の春に和解した。
ニステルローイは、2007年9月8日に行われたユーロ2008予選のブルガリア戦で1得点し、チームは2対0で勝利した。
(以下は『フットボリスタ2008年4月2日号』から抜粋)
オランダ代表のファンバステン監督は、過去3年半、4-3-3を採用し続けてきた。
ところが今年(2008年)に入り、4-2-3-1の新システムに移行した。
2008年2月6日のクロアチア戦では、4-2-3-1の「3」には、スナイダー、ファンデル・ファールト、バベルが起用された。
このポジションは、他にもファンペルシー、セードルフ、アフェライ、ロッベンと人材が豊富だ。
(以下は『フットボリスタ 2010年6月16日号』から抜粋)
オランダ代表のスナイデルが4月に入籍した。再婚である。
昨年5月から付き合い始め、相手は妊娠中。
相手は女優兼司会者のヨランテで、3回も「オランダで最もセクシーな女性」に選ばれている。
(以上は2024年7月9日、11月25日に作成)
(以下は『フットボリスタ 2010年4月14日号』から抜粋
2026年5月下旬に作成)
🔵名選手だったフリット
フリットは、スリナム人の父とオランダ人の母の間に生まれた。
17歳でプロデビュー。
ACミラン在籍時に、3度のイタリア・リーグ優勝と、2度の欧州制覇をした。
その活躍で1987年にバロンドールを受賞している。
オランダ代表では1981年にデビューし、通算66試合で17ゴール。
1988年EUROで優勝した。
W杯出場は1990年大会のみ。
94年大会はアドフォカート監督との確執により招集を拒否して出場せず。
🔵フリットの話
1974年W杯でのオランダ代表は、あれほどの革命的なチームは過去になかったし、今後もないと思うほどだった。
2次リーグで前回王者のブラジルに完勝した試合は、私の見たオランダ代表で最も印象的な試合だった。
あれを見た時は優勝すると思ったが、決勝で西ドイツに敗れてしまった...。
(1974年W杯で活躍した)ヨハン・クライフは、テクニック、戦術理解、創造性のすべてを最高レベルで備えた、ミスター・オランダだ。
我々は彼の「息子」であることを誇りに思っている。
だけどW杯を見てきて最も印象的な選手は、1986年大会のマラドーナだよ。
人間技と思えないプレーの連続で、見ていて鳥肌が立った。別の星から来たとしか思えなかった。
1990年W杯では、我々オランダ代表は優勝候補に挙げられていた。
しかしW杯の直前に監督が交代するトラブルが起きていた。
(リブレフツ監督が差別的な表現でライカールト選手とフリット選手を批判し、それが問題視されて解任となった。そのためW杯の本大会はベーンハッカーが監督をした。)
新監督の戦術はまだ浸透してなかったし、選手たちのコンディションもいまひとつだった。
私も膝のケガから復帰したばかりで、ベスト・フォームではなかった。
グループステージでは3戦全て引き分けで、3位で決勝トーナメントに進んだが、西ドイツと当たってしまった。
西ドイツをEURO88では倒していたけど、この時は2点を奪われて完敗だった。
この試合は、ドイツのフェラー選手とオランダのライカールト選手がケンカをして退場になったが、フェラーよりもライカールトの方が重要な選手で我々に不利に働いたよ。
オランダはW杯は、その前の2大会はヨーロッパ予選で敗退していたんだ。
だから3大会ぶりの出場で、いきなり優勝は難しかった。
2010年W杯に挑む今回のオランダ代表は、守備も攻撃も悪くないよ。
マルワイク監督は選手と信頼関係を築いており、能力を引き出すのが上手い。
マルワイクは規律を重んじるし、チームのために戦う意識を徹底させている。
彼は戦術面では特に変わったことはしないね。
ファン・ボメルというチームリーダーがいることも、チームが1つになっている要因だ。
心配なのは、大ケガから復帰したファン・ペルシーがベストの状態でやれるかどうか。
彼とスナイデルが好調なら期待できる。
私は1987年にバロンドールを受賞した時、(南アフリカ人の)ネルソン・マンデラに捧げた。
当時の彼は20年以上も政治犯として牢獄に入れられていた。
しかし私には彼が偉人だと分かっていたから捧げたんだよ。
その後に何度かお会いしたが、世界最高のカリスマで心から尊敬している。
私が監督業に戻らないのかって?
いまは戻る気はない。うんざりすることが多かったからね。
(フリットは4チームで監督をしたが、クラブの首脳陣と揉めることが多かった)
🔵2010年W杯のオランダ代表(2010年4月時点)
W杯の欧州予選では8戦全勝、17得点2失点と好調だった。
著名ジャーナリストのボルスト氏が「スナイデルはチーム内で嫌われている」と明かしたが、今のところチームはまとまっている。
正GKはステケレンブルフで、アヤックス所属。
FWのロッベンはいま絶好調である。
(以下は『フットボリスタ 2011年6月22日号』から抜粋
2012年9月26日にノートにとり勉強した)
ファン・マルワイク監督は、DFラインを強化するため、ファン・ボメルとデヨンクのダブルボランチを採用した。
そして2010年W杯で準優勝した。
(以下は『Number 2017年12月7日号』から抜粋)
オランダ代表は、2018年W杯のヨーロッパ予選で負けて、W杯出場を逃した。
ユーロ2016に続き、2大会連続でビッグ・トーナメントへの出場権を逃したのである。
2010年W杯で準優勝し、2014年W杯でも3位になった国に、何が起きているのか。
アリエン・ロッベン選手に話を聞いた。
ロッベン
「これはオランダ・サッカー全体の危機だ。
代表監督の能力うんぬんではなく、育成の取り組みが関係している。
ここ4年ほど、育成の水準が低下し、地盤沈下している。
すべてが必然で、まさしく負のスパイラルだ。
今のオランダ・リーグは、プロデビューした若手が、わずか数ヵ月で外国に移籍している。
クラブの幹部たちは、若手が成熟する前に売却しているんだ。
そして若手の流出は、外国の安い選手で穴埋めされている。
この結果、リーグの質が弱まっている。
才能ある選手でも、あまりに早く国外に出ると、出場機会を得られず、才能を磨けない。
その一方で、国内に残された選手は、質が十分ではない選手とプレーするので成長できない。
2018年W杯の予選で、オランダが入ったA組には、フランス、スウェーデン、ブルガリア、ベラルーシがいた。
何と言っても、5節でブルガリアに敗れたのが痛かった。
フランスには2敗したが、自分たちには自信が圧倒的に不足していた。
最後のスウェーデン戦では、スタメンで最も年齢が高いのは自分だった。
時代は移り変わっていくものなんだよ。
私が代表にいた14年間は、W杯で準優勝もしたし、96試合で37ゴールを決めた。
(所属しているクラブである)バイエルンでのプレーに集中するため、オランダ代表は引退するが、代表でのキャリアを誇りに思う。
オランダ代表が復活するには、ある程度の我慢が必要だと思う。
育成年代の改革が必要だ。」
(2022年11月23日に作成)