(『サッカー・マガジン2017年11月号』から抜粋)
2017年8月31日に日本代表・男子は、アジア最終予選で対オーストラリアの試合を行った。
この試合は、ハリルホジッチ監督になってからのベスト試合と言われている。
この試合では、チーム・スタッフの分析に狂いがなかった。
オーストラリアは3-4ー2-1の布陣を採用し、最終ラインからパスをつなぐスタイルで来た。
日本は試合前に、プレスのはめ方などを綿密に確認しており、迷いなくボール・ホルダーにアタックした。
ボールの奪い所は明確で、両サイドは蓋をしてパスを出させず、徹底して相手のボランチの所でつぶした。
山口と井手口は、相手のボランチ(ルオンゴとアーバイン)が低い位置に下がってパスを受けようとしても食らいつき、攻撃の起点を作らせなかった。
この試合でハリル監督は、ボール奪取に優れた選手を起用し、本田と香川をベンチに置いた。
日本は序盤からペースを握り、41分に長友のクロス・ボールに浅野が合わせて先制ゴールを決めた。
相手の最終ラインの裏を巧みに突いた得点だった。
後半は苦しい時間が続いたが、プレスを緩めず、「デュエル(決闘の意味)」で負けなかった。
82分には途中出場の原口が体をはってボールを奪い、パスをもらった井手口が豪快なミドル・シュートを決めた。
この試合は正にハリル・イズムの凝縮された試合だったが、W杯の出場権を得たのにハリルは喜びを口にせず、記者会見では辞任を示唆した。
だが翌日には一転し、本大会まで指揮すると明言した。
その1週間後(9月5日)のサウジアラビア戦は、消化試合となった。
日本は、先発を半分くらい入れ替えて試合に臨んだ。
しかしチャンスを与えられた選手たちは、いずれもインパクトを残せなかった。
0-1の敗戦となったが、ハリルホジッチ監督はテスト対象の本田について、「現在はリズム・試合勘の面でトップレベルにない。トレーニングでそれを取り戻してほしい。」と注文をつけた。
この試合では、後半22分に国際Aマッチに初出場となる杉本健勇(24)が1トップの位置に入ったが、シュートは0本に終わった。
W杯のアジア最終予選は終わったが、ハリル監督はその期間に43人もの選手を招集した。
その起用法を見ると、対戦国を分析して、招集する選手を選んでいる。
いきなりの起用にも躊躇はなく、アウェーのUAE戦ではそれまで未招集だった今野を呼び、先発で使った。
(上記した)ホームのオーストラリア戦では、井手口と浅野という若い2人を先発させ、(この2人が得点して)見事に勝利した。
故障明けの香川も、コンディション不良の本田も使わなかった。
ハリルは自ら「ベストゲーム」とこの試合を評したが、「日本の基準になる試合」とも語った。
ハリルは「私の周りにも100%同意しない人はいた」と話しており、オーストラリア戦のメンバーは反対を押し切っての起用だったと推察できる。
ハリルは、選手を選ぶ基準のヒントになる言葉を述べている。
「私はグッド・コンディションの選手にチャンスを与える」
「守備はDFだけの話ではない。(オーストラリア戦の)浅野、大迫、乾の守備での貢献がどれほど大きかったか。」
〇都並敏史のハリル・ジャパン分析
オーストラリア戦は、分析して作戦がうまくはまったと思います。
前線から相手の3バックにプレスをかけ、ワイドのパス・コースを切った。
そして中央に呼び込んで、山口と井手口がガツンとボールを奪う形が機能しました。
とはいえ、仮に相手がブラジルで同じやり方が通用するかといえば、別問題です。
W杯の本大会では、すべて同じ戦い方やシステムでは勝てません。
ハリルの基本的な考えは、リスクを軽減して相手の長所を消すこと。
激しいデュエルでボールを奪い、縦に速いサッカーに合う選手を求めています。
ただし、本大会では前からはめていく戦術が通じない相手もいるし、ボールを落ち着かせる選手も必要です。
私は現役時代はサイドバックでしたが、サイドバックの酒井宏樹は成長しましたね。
守備で逆サイドから攻められた時の絞り方が、格段に良くなりました。
サイドバックは、どこの場所にどう絞るかが重要なんです。
その判断が、少し前までは足りなかった。
チャレンジ・アンド・カバーも出来るようになりました。
前に出てボールを奪いにいき、後ろのスペースを空けてピンチを招く場面もありましたが、それがなくなった。
ボールにアタックすると危ない場面では、待てるようになり、味方を呼ぶシーンもあります。
(※こんなの当たり前のプレイなんですけどね。
こんな基本も出来てなかったのに、代表でスタメンに入っていた事がおかしかったです。
私は酒井宏樹は代表のスタメンのレベルにないと、ずっと思ってました。
身体能力に優れているというだけで、ポジショニングが甘く、判断ミスも多いのに、選ばれているのは間違っていると思ってました。)
評価を上げた井手口は、監督の指示を忠実にこなすタイプです。
しかしシナリオ通りに試合が進まなかった時に、自身で判断できるのか?
本田は言葉とプレーでチームを修正できるので、やっぱり必要だと思いますね。
規律が7割でも、残り3割は自由でないといけません
W杯で16強の壁を越えるには、勝手な(自由な)プレーができる選手もいないといけません。
〇山口素弘のハリル・ジャパン分析
ハリルホジッチ監督のコンセプトは、縦に速くですが、そればかりでは難しい。
時には横も後ろも使わないといけません。
今年のコンフェデ杯のドイツ代表はどうでしたか。
いつものように前からプレスに行きませんでしたよね。
自陣で待ってカウンター狙いでした。
日本も、状況や相手によって戦い方を変えることは必要です。
2017年8月31日のオーストラリア戦では、山口蛍と井手口のハイ・プレスがはまったけど、彼らが攻撃で機能したかといえばミスもありました。
逆に柴崎岳は、攻撃は良いが守備はいまいちです。
個人個人が幅をもっと広げてほしい。
ハリル監督になってから、運動量と球際は強くなりました。
しかし日本代表のスタイルは、昔から大きな変化はなく、根本的には1994年W杯の予選の時から、パスをつないでいくスタイルです。
僕らが日本代表の頃は、高卒1年目からA代表に入ってくる選手がいました。
中田英寿や小野伸二や中村俊輔たちです。
今の選手たちは、当時の「黄金世代」の選手たちを超えていないと思います。
もっと突き抜ける選手が出てきてほしい。
〇選手のコンディション問題
日本がW杯に初出場した1998年のフランス大会の時、日本代表に海外組(海外のチームに所属する選手)は1人もいなかった。
その後、2002年大会は4人、2006年は6人、2010年は4人、2014年は12人と、海外組は増えてきた。
この事で日本代表は、チームとして皆が集まって練習できる時間が少なくなっている。
さらに海外組には、どうリフレッシュさせるか、コンディションを整えるか、という問題もある。
ハリルホジッチ監督はアジア最終予選を通じて、この問題に直面した。
例えばホーム、アウェーと続く、中4日での2連戦の場合、移動と時差を抱えた海外組の体調は1戦目では整わず、2戦目で調子が上がる傾向があった。
もう一方で、国内組は1戦目のほうが調子が良く、トレーニングを重ねたために2戦目ではコンディションが落ちていた。
ハリルは戦術トレーニングに時間をかけていたが、スタッフは選手の状態を見たり選手の声を聞いて、「コンディション調整を優先させたほうがいい」と助言していた。
キャンプのたびに繰り返されたやり取りの末に、戦績が落ちて追い込まれた状況の2017年8月のホームのオーストラリア戦では、トレーニング時間が今までになく抑えられた。
長くて選手に不評だったミーティングも短縮されたが、その結果が(上記の)2-0の快勝だった。
W杯の本大会では、直前のキャンプ地をどこにするかが重要となる。
2014年のブラジル大会では、キャンプ地にイトゥを選んだが、避暑地なので疲労を取るには適していたが、本番の試合会場とかけ離れた気候だった。
初戦のコートジボワール戦で、選手たちが走れなかった原因の1つに、気候の大差が挙げられている。
(2023年4月11~12日に作成)