森保ジャパンに対する批判

(以下は、ネット上の杉山茂樹氏の2023年9月15日の記事から抜粋
2023年12月30日に作成)

(これは『サッカーの競技性、歴代の日本代表と5バックとの関係。それでもなお、森保監督は維持するつもりか』という杉山茂樹さんの記事の抜粋です。

とても共感できる内容なので、ここに書いておきます。)

日本男子代表(森保ジャパン)は、親善試合でドイツに4ー1で勝利した。

だが筆者は、後半から見せた5バックの守備的なサッカーに賛同できない。

2002年の日韓W杯の時は、日本代表はグループリーグの突破が至上命題だった。

そこでトルシエ監督は、5バック同然の守備的なサッカーをした。

これは「フラット3」と称されたが、フラット5と同然だった。

2001年4月にスペインと試合した時、トルシエ監督は試合前に「フラット5」と宣言し、ひたすら守り通した。

この試合は0ー1で負けたが、スペインの記者から「日本はスペインまで守りを固める練習に来たのか」と皮肉られた。

トルシエの次のジーコ監督の時代は、5バックとブラジル式の4バックの併用だった。

ジーコの次は2006年にオシムが監督になったが、オシムは5バックで守ろうとするサッカーを「監督の保身。それはチームではなく、自らを守るための戦術だ」と斬って捨てた。

イタリアのアリゴ・サッキ監督が1980年代後半に始めた「プレッシング」というサッカー・スタイルは、最終ラインを高く保ち、できるだけ高い位置でボールを奪うことを目指すものだった。

これは、1974年のW杯でオランダ代表が見せた「トータル・フットボール」の延長線上にあるスタイルだ。

プレッシングは、日本では導入が大幅に遅れた。

これは代表監督が5バックになりやすい守備的なサッカーをしていたからだ。

現在の森保監督も、まだ5バックを使っている。

だが日本代表が強くなってきた今、5バック同然の3バックは姑息な手段に見える。

先日のドイツとの親善試合では、日本が5バックに布陣を変更した瞬間、試合がつまらなくなった。

代表監督は、その国の規範となるサッカーをする必要がある。

なぜなら国内リーグや学生リーグで、代表の戦い方が真似されるからだ。

強豪国と高い位置からぶつかり、バチバチと撃ち合うことが、日本や世界のサッカー・ファンから「攻撃的で面白いね」と歓迎される道ではないのか。

(以下は『AERA DIGITAL』 2026年5月20日 今川秀悟の記事
「なぜ守田英正はW杯メンバーから落選したのか」から抜粋
2026年5月21日に作成)

日本サッカー協会は5月15日に、2026年・北中米W杯に臨む日本代表メンバー26人を発表した。
攻撃の軸だった三笘薫(ブライトン)、南野拓実(モナコ)が共にケガのため選出外となったほか、22年カタールW杯に出場し、アジア最終予選で中心選手だった守田英正(スポルティング)も外れた。

海外組の中で、守田は活躍している選手の代表格だ。
スポルティングではボランチで攻守の中心となり、欧州チャンピオンズリーグでベスト8進出の立役者になった。

だが守田は、日本代表に昨年3月のバーレーン戦を最後に選ばれていなかった。

日本代表を取材するライターは、こう話す。

「日本代表の選手の間では、守田について『必要な選手』との声が以前から聞かれている。
ボランチは鎌田大地(クリスタルパレス)と、急成長している佐野海舟(マインツ)がファーストチョイスになるが、W杯の過密日程では2人だけに依存できない。

ボランチは、あとは田中碧(リーズ)は当確で、主将の遠藤航(リバプール)は左足首を手術して長期離脱し2月から試合に遠ざかっているため、復帰しても90分間出場できる計算が立たない。

ボランチの最後の枠を、守田と藤田譲瑠チマ(ザンクトパウリ)が争うと見られていたが、守田、藤田が共に落選した。
コンディションが万全でない遠藤を含めてボランチが4人しか選ばれなかったことに驚いている。」

15日のメンバー発表の記者会見では、ボランチの選手の少ない事に報道陣から質問があったが、森保監督は以下のように語った。

「鎌田、佐野海舟、田中碧については所属チームでしっかりプレーできているので計算が立つ。

(遠藤)航がプレーできていない点で計算が立たないというのは、おっしゃる通り。
その対処として、試合の中でどう手を打つかわからないが、例えば板倉滉はアヤックスで直近はボランチとして出ているし、瀬古歩夢(ルアーブル)もセンターバックをやりながら少し前はボランチでのプレーが多かった。
チーム力を維持できるだけの選手が揃っている。」

前出のライターは、森保監督の発言に驚きを隠せなかったと話す。

「森保監督は、板倉と瀬古が有事に備えてボランチができると言うが、世界の強豪相手に本職でない選手がカバーできるほど甘くない。
もし鎌田や遠藤がケガをしたらどうするか。

守田は戦術理解度が高く、得点を奪うポジション取りができるし、守備強度が強いので相手の攻撃の中心選手をつぶす役割もできる。
攻撃型、守備型のどちらのボランチと組んでもバランスを取れる貴重な選手。
必要な選手だと思うが、森保監督の中では守田の優先度が高くなかった。」

なぜ、守田は日本代表から外れたのか。

彼は2024年2月にカタールで開催されたアジアカップで、準々決勝・イラン戦に1-2と日本が敗れると、試合後にこう語った。

『もっと外(ベンチ)から、こうした方がいいとか、チームとして徹底しようとか(の指示)が欲しい』

この発言は、監督批判だとメディアで報じられたが、サッカー雑誌の編集者はこう話す。

「守田がメディアに向けて発言したことは反省すべきかもしれないが、選手が戦術面での改善を訴えることは決して珍しいことではない。

鎌田や久保建英(レアルソシエダ)も『こうした方がいい』と自分の考えを訴える時があり、守田の発言を森保監督が最後まで許せなかったとは考えにくい。」

Jリーグクラブの指導者は、「能力で言えば守田は選ばれるべき選手」と強調した上で、森保監督の考えをこう分析する。

「日本代表は技術が高い選手を上から選ぶわけではない。
チームをマネジメントしていく上で、控え選手のパーソナリティーも重要な判断材料になる。

守田が絶対的なレギュラーでなくなった時点で、必要ではないと森保監督は判断したのだろう。
守田は戦術を理詰めで言語化する能力が高く、その考えを臆せずに表現できるが、日本はチームの和、団結力を重んじる(ので邪魔だとして切られた)。」

守田は日本代表からの落選が報じられた後に、自身のインスタグラムでスポルティング退団を表明した。

レアル・マドリードのほか、イングランドのリーズ、フランスのオリンピック・マルセイユなど、強豪クラブが獲得を検討していると報じられている。

31歳と脂が乗り切った時期にW杯に出場できなかった胸中は察するにあまりあるが、新チームに入り新たな挑戦が始まるだろう。


「サッカー」 目次に戻る

「サイトのトップページ」に行く