イタリアリーグ「セリエA」の話

(以下は『フットボリスタ 2007年3月7日号』から抜粋)

ACミランにロナウドが加入して1ヵ月弱だが、彼は4kgの減量に成功し、身体の動きは回復しつつある。
(※ロナウドはレアルマドリードから冬の移籍期間の1月末に移籍してきた。)

だが1対1やワンツーでの突破は、ここまでの2試合はすべて失敗している。
とはいえ2得点した。

ロナウドはインテルにいた1997~2002年の5年間、ミラノに暮らしたので、ミラノは馴染んだ街だ。

セリエAのトリノは6連敗中で、ザッケローニ監督の解任が現実味を帯びてきた。

ザッケローニはシーズン当初から3-4-3の布陣で攻撃的なサッカーを目指したが、トリノの3バックは平凡で、広い守備範囲をコントロールできない。

そのため後手に回り、結局は5-3-2で守ることになっている。

守備の人数は足りているが、マークの受け渡しが上手くいっていない。

攻撃する時もFW3人だけとなっている。

(以下は『フットボリスタ 2007年9月5日号』から抜粋)

ユベントスの監督に就任したクラウディオ・ラニエーリは、昨シーズンはパルマの監督としてセリエA残留を果たした人だ。

ラニエーリの今季の年棒は、100万ユーロ+ボーナスと推定されている。

ラニエーリ監督はチームをじっくり育てるタイプで、彼が去った後にチームがビッグタイトルを獲ることが多い。

ラニエーリは1980年代の末に、カリアリをセリエCからセリエAまで2年で引き上げて注目された。

1993-94シーズンは、セリエBにいたフィオレンティーナを率いて、1年でセリエAに復帰させた。

フィオレンティーナ時代は、バティストゥータ、ルイ・コスタ、トルドをワールドクラスの選手に育て上げている。

ラニエーリ監督は、バレンシア時代はメンディエタを右SBから中盤にコンバートしたし、チェルシー時代はジョン・テリーを大黒柱に育て上げ、ランパードとGKクディチーニを獲得した。

ラニエーリが育てた果実を摘み取ったのが、後任監督のクーペルやモウリーニョだった。

ラニエーリは、オーソドックスな4-4-2で守備を固めるスタイルだ。

しかし柔軟性があり、昨季のパルマでは才能ある若手のジュゼッペ・ロッシを生かすため4-3-3に変更した。

今季のユベントスでも、ラニエーリは記者たちをあっと言わせた。

右SBに本来は中盤に入るサリハミジッチを使い、中盤の右には本来はボランチのノチェリーノを入れたのだ。

ラニエーリの率いる現在のユベントスは、システムは4-4-2の感じで、2トップのトレゼゲとデルピエロと、左サイドMFのネドベドが自由に動いて攻撃をする。

ボランチは、ザネッティとアルミロン。

CBはアンドラーデとクリッシト。

右SBのサリハミジッチと、右サイドMFのノチェリーノは守備がいまいちで、グリゲラとカモラネージの復帰待ちなのかもしれない。

セリエAの開幕戦で、カターニアにいる森本貴幸(19歳)が1ゴール1アシストの大活躍を見せた。

(以下は『フットボリスタ 2007年9月19日号』から抜粋)

セリエAでは2006-07シーズンに、監督のクビ切りはのべ14回行われた。

監督のクビ切りをする理由は、成績不振の批判を経営陣がかわすためだ。

だかクビ切りは多くの場合、悪い結果となる。

セリエBに降格になったチームは、いずれも監督を更迭していたし、監督を代えて混乱が生じ前任者を呼び戻すドタバタも3度あった。

(以下は『フットボリスタ 2007年11月14日号』から抜粋)

ACミランのMFセードルフは、トリノ戦でアンチェロッティ監督に反抗した。

ミランは63分にFWインザーギを投入し、システムを4-3-2-1から4-3-1-2に代えたのだが、セードルフはトップ下に居座ったため、ミランの攻守が機能不全となった。

(※セードルフは4-3-2-1の2の所にいて、システム変更で4-3-1-2の3に行くよう指示されたが、無視したのである。)

アンチェロッティは、たまらずセードルフをベンチに下げた。

セードルフは背番号10番にこだわることが示すように、トップ下が自分のポジションと確信している。

単なる我儘ではなく、カカーと共にトップ下で並んでプレーした昨季は、CLで優勝した。

トリノ戦も、カカーとセードルフがトップ下に入り、ミランはチャンスを多く作ったが、前半だけで1トップのジラルディーノが3回、カカーとピルロは1回ずつ、決定機をふいにした。

それで後半に入り、前述の選手交代とシステム変更があった。

結局、0対0で引き分けた。

ACミランは今季、ここまでのリーグ戦9試合で2勝しかできず、セリエAで13位に低迷している。

この理由には、CLや12月に行われるクラブW杯で勝つことを重視している事がある。

負傷中のFWロナウドが戻ってくれば、リーグでも勝率は上がるだろう。

ミランは2002-03シーズンにCLを制した時から、サッカー・スタイルが変わっていない。

システムは4-3-2-1、または4-3-1-2で、ウイングを置かずに中央を厚くするのが特徴だ。

これは司令塔のピルロを守りつつ、彼のパス能力を活かすことが狙いだ。

(以下は『フットボリスタ 2008年4月2日号』から抜粋)

イタリアのユベントスは、ついに新スタジアムを建設するらしい。

スタジアム「デッレ・アルピ」の建て替え案は15年前からあったが、ここに来て話が進んだのは、大型スタジアムが儲かると分かったからだ。

イングランドのアーセナルは、新スタジアムの効果で収益を大きくアップさせている。

クラブがスタジアムを所有するようになったドイツ勢も、このところ躍進が目立つ。

ユベントスもすでに、2500万ユーロを支払って市からデッレ・アルピの所有権を買っている。

スタジアムの完成は、2011年の夏という。

イタリアリーグ・セリエAの八百長事件で首謀者だったルチャーノ・モッジが、 来シーズンからセリエAに戻ってくるという。それもACミランで。

公的には、モッジは先日に5年間の資格停止への異議申し立てが、裁判所によって却下されたばかりだ。

表立っては復帰できないので、モッジは片腕のジーノ・ナターリをミランに送り込む。

ジーノ・ナターリは、オリンピア・ミラノというプロバスケ・チームのゼネラルマネージャーをしていた人で、ACミランのガッリアーニ副会長と親しい。

ミランのベルルスコーニ会長は、モッジの人脈を使うため、ナターリを仲介役にするようだ。

ガッリアーニは、2008年4月の選挙でベルルスコーニらが勝ち、ベルルスコーニが首相になったら、アントニオ・マタレーゼに代わってレーガ・カルチョの会長になるという。

ちなみにガッリアーニは、以前にミラン副会長とレーガ・カルチョ会長を兼務していた事があり、その時は独占禁止法違反として糾弾された。

(2024年7月9&15日に作成)


『サッカー』 目次に戻る

『サイトのトップページ』に行く