サッカーのチリ代表の話

(以下は『フットボリスタ 2007年12月12日号』から抜粋)

FWのマルセロ・サラスがチリ代表に戻ってきた。彼は代表通算37ゴールで、すでに歴代1位となっている。

チリ代表は監督にビエルサを迎えたばかりだ。

サラス選手にインタビューしたところ、次のように話した。

「ビエルサ監督は、両サイドに重点を置いた攻撃的なサッカーを提唱している。

布陣は3-3-1-3で、FW3人にトップ下が1人だ。

チリ代表で今いちばん重要な選手は、アレクシス・サンチェスだ。
まだ18歳だから成長を見守る必要があるね。

それとマティアス・フェルナンデスはスペインリーグのビジャレアルで活躍している。
ボールを自分の足下にピタリと付けて、予想外のタイミングで味方にラストパスを出せる。

チリの選手は適応力に欠ける所がある。だから長く外国でプレーする選手は少ない。

アレクシス・サンチェスやアルトゥーロ・ビダルら若手が国外リーグで活躍すれば、他の選手たちも国外を目指すようになるだろう。

チリのサッカーはスピードが遅い。それに選手層もブラジルやアルゼンチンよりは薄い。

ビエルサ監督はそれをよく理解していて、スター選手の個人技に頼るよりもチームプレイをメインにしている。

今のチリ代表は、これまでと違う。
最近のアルゼンチン戦でも、だだ守るだけじゃなかったからね。」

サラスは、1998年フランスW杯でコンビを組んだイバン・サモラーノについては、こう話した。

「僕たちは2年間で23ゴールした。
当時、サモラーノと恐るべきコンビを組んだし、ピッチでは完璧に分かり合えていた。
でも友達ではないんだ。

彼は世界一のヘディング技術を持ち、スペインのレアルマドリードでリーグ優勝と得点王を獲得し、イタリアのインテルでもUEFAカップを獲った。
偉大な選手だし尊敬しているよ。

僕がチリ代表に入った時、サモラーノはすでに有名選手だったから、僕を使おうとする監督はいなかった。

でもスペイン人のハビエル・アスカルゴルタが監督になると、僕とサモラーノを一緒に使ったんだ。

僕たち2人は違う特長を持っていたから、うまく補い合えた。
それにあの頃のチリ代表は、団結していて各ラインに安心感があった。」

サラスは、自らのサッカー人生をこう話した。

「僕は1994年にチリ・リーグで25試合27ゴールして、チリ代表に選ばれた。

1998年からはイタリアリーグに行き、ラツィオとユベントスでプレーした。
あの頃はイタリアリーグが世界一と言われていた。

僕は右膝の前十字靭帯の断裂をしてしまい、手術をした。
膝にメスを入れると、決して元通りに回復しないと言われるけど、僕もそれまでの動きはできなくなった。

いま32歳だけど、あと2年くらいは同じレベルでプレーできるだろう。」

(以下は『フットボリスタ 2011年2月16日号』から抜粋)

チリ代表のビエルサ監督が辞任した。

ビエルサは2015年まで契約していた。
しかしチリのサッカー協会の会長が変わり、辞任することになった。

(以下は『フットボリスタ 2011年7月13、20日号』から抜粋)

チリ代表は、2010年のW杯では決勝トーナメントに進出した。

これはビエルサ監督の手腕だったが、サッカー協会の新会長とのあつれきからビエルサは辞任してしまった。

ボルギが後を継いだ。

現在(2011年7月)のフォーメーションは3-5-2で、2トップはスアソとアレクシス・サンチェスだ。

(2024年7月9日、2026年1月31日に作成)


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