(以下は『毎日新聞2012年10月21日』から抜粋)
アラブの春で独裁体制(ムバラク政権)が崩壊したエジプトで、ムスリム同胞団出身のモルシ大統領が就任して100日を迎えた。
モルシは、ムバラク前大統領の側近だったシャフィク元首相との一騎打ちとなった大統領選で勝利した人物である。
エジプトは国内経済が好転せず、モルシはIMFに48億ドルの融資を求めたが、それを受けるには国家予算の4分の1を占める「補助金事業」の見直しが必要だ。
モルシ大統領の支持層は、低所得者が中心で、補助金削減に着手すれば支持基盤がゆらぐ。
(以下は『毎日新聞2012年12月15日』から抜粋)
エジプトで、新憲法案の是非を問う国民投票が行われる。
新憲法案は、ムスリム同胞団などイスラム勢力が中心となって作成した。
世俗派が中心にいる野党は、世論を反映していないと反発している。
12月14日にあった大統領支持派のデモは、イスラム教への回帰を訴えたが、参加者のほとんどは男性でアラブの伝統服を着ていた。
低所得者が大半を占めているのが特徴だ。
一方、野党側のデモは中流層以上が中心で、若いカップルや女性も多い。
(以下は『毎日新聞2013年7月5日』から抜粋)
軍事クーデターから一夜明けた2013年7月4日、軍から暫定大統領に指名されたマンスール最高憲法裁判所長官は、その就任を宣誓した。
マンスールはベテラン裁判官で、最高憲法裁判所長官になったばかりだった。
新政権の運営は軍主導で進むと見られ、モルシ前大統領は軟禁状態にある。
モルシを支持する勢力は、各地で反モルシ派と衝突している。
エジプト軍は、ムスリム同胞団の幹部の出国を禁止し、同胞団系の自由公正党のカタトニ党首は逮捕された。
同胞団トップのバディア氏と、ナンバー2のシャーテル氏にも、逮捕状が出たという。
自由公正党は、主要都市でデモや座り込みをするよう支持者に呼びかけた。
1週間程前の6月30日は、モルシ大統領就任から1年の記念日だったが、エジプト全土で反モルシ政権のデモが起き、ムスリム同胞団の本部が襲撃された。
この事態をうけ、軍は7月1日にモルシに対し、「48時間以内に妥協しなければ軍事介入する」 と通告した。
モルシ大統領は7月2日夜の演説で留任を提案したが、軍は大統領の権限を剥奪し、ムスリム同胞団の幹部を拘束した。
ムスリム同胞国は2012年1月の国政選挙で第1党になり、同胞団出身のモルシが12年年6月に大統領選挙で勝利した。
だがモルシ政権は経済政策で失敗し、IMFの融資条件であるパンや燃料の補助金削減を決断しなかった。
新拳法をめぐっても野党との対立が深刻化していた。
2013年6月には、政権の支持率は25%まで低下していた。
シシ国防相は、「我々は多くの国民の叫びを無視できなかった」と演説し、軍事クーデターを正当化した。
振り返ると、軍は2011年の革命後、約1年半にわたって暫定統治をしている。
民政移管後はムスリム同胞団が国政選挙で政権をとったが、そもそも軍と同胞団は緊張関係にあった。
なお同胞団の団員は100万人程度と見られている。
軍は同胞団との共存を図ってきたが、同胞団政権(モルシ政権)が弱体化したのを見て、一気に復権を狙った可能性が高い。
今回の軍事クーデターは、「2011年に政権を追われたムバラク元大統領の残存勢力が巻き返しを狙ったもの」、との見方もある。
クーデターでは、軍と警察を所管する内務省が緊密に連携したか、どちらも旧ムバラク政権の影響力が残る組織だ。
(以下は『毎日新聞2013年7月11日』から抜粋)
2013年7月8日に、エジプト軍とムスリム同胞団のデモ隊が衝突し、50人以上が死亡した。
この事件を受けて、検察当局は10日に、同胞団トップのバディア最高指導者ら幹部10人の逮捕状を出した。
検察は、同胞団の関係者ら200人を、すぐに拘束した。
幹部らは、潜伏しているとみられる。
7月8日の衝突は、銃撃戦に発展したが、双方の主張は対立している。
軍は「銃撃されたために応戦した」とし、同胞団は「礼拝中に軍が催涙ガスで攻撃してきた」としている。
(以下は『毎日新聞2013年7月18日』から抜粋)
エジプトで暫定内閣が発足したが、旧野党の世俗・リベラル派が中心となっている。
具体的には、マンスールが大統領、エルバラダイが副大統領(外交担当)、ベブラウィが首相、シシ国防相が留任である。
IMFからの48億ドルの融資について、新政権は「暫定統治中は必要ない」とする。
湾岸諸国から総額120億ドルの支援をとりつけたからだ。
今回のクーデターの契機となった、大規模デモを主導した市民団体「タマルド(反乱)」は、 イスラム色の強い憲法の抜本的な改正を求めている。
タマルドのリーダー格であるモハメド・アブドルアジズは、「軍の介入は全く予想外だった。シシ国防相と今後について協議した。我々は政権に加わらない。」と語る。
(以下は『毎日新聞2014年6月24日』から抜粋)
ケリー米国務長官は、エジプトでシシ大統領らと会談した。
会談後、ケリーは「2013年7月の軍事クーデター後に米国が実施した、対エジプトの軍事援助(武器売却)の凍結が大幅に緩和された」と発表した。
5億7500万ドル(585億円)の凍結が解除されたという。
ただし、年間13億ドルに上る全面再開はまだない。
(2019年7月29日に作成)