(『コロンビアを知るための60章』から抜粋)
最初にコカインを牛耳っていたのは、キューバのマフィアだった。
彼らは米国のマフィアと結託して、米国のコカイン市場を支配した。
1959年にキューバで革命が起きて、カストロ政権が誕生すると、キューバ・マフィアは駆逐された。
そして今度は、コロンビアがコカイン密輸の場所となったのである。
なぜコカインが巨額の利益を生むのかを、ここで説明する。
コカとは、南米原産の常緑の小低木である。
19世紀半ばに、コカの葉に含まれるアルカロイドから、コカインの精製に成功した。
コカインは、やがて麻薬として流通し始めた。
コカインの原料となるコカは、コロンビア、ペルー、ボリビアの3カ国のみで栽培される。
コカの葉は、灯油・水・炭酸ナトリウム・硫酸に浸して、ペースト状にする。
これを、コカ・ペーストと言う。
これに薬品を加えて精製すると、コカインになる。
コカの栽培は、ボリビアの一部を除いて、3ヵ国のすべてで非合法である。
麻薬組織は、コカの葉を農民に収穫させて、買い付ける。
その価格は、驚くほど安い。
1kg当たり1ドル位のコカの葉は、コカ・ペーストにされた段階で1kg400ドルになる。
コカインに精製されて米国に密輸されると、1kgで4000ドルになる。
さらに街頭で密売される価格は、1kgで3.6万ドルになる。
1kg当たり1ドルのものが、最終的に3.6万ドルになる。
恐るべき高付加価値商品である。
コカ栽培は1980年代には、ペルーが55%、ボリビアが35%、コロンビアが10%であった。
しかし、コロンビアは耕地を増やし、2000年には70%を占めるようになった。
南米から米国への密輸ルートは、陸路ならメキシコ、海路ならカリブ海である。
いずれの場合でも、コロンビアが最適の位置にある。
コロンビアの麻薬組織は、1990年代からメキシコの組織と連携して、米国への密輸の主導権を握っている。
米国がコカイン消費国となったのは、ベトナム戦争がきっかけである。
ベトナムに派兵された若者たちは、死の恐怖を忘れるために、マリファナを喫煙した。
そして、麻薬常習者となって帰ってきた。
こうして、米国の若者に麻薬が拡がった。
1970年代後半から、コカインは本格的に米国に入ってきた。
80年代半ばに、コカインの派生品で、より安価な「クラック」が登場し、社会全体に拡がった。
麻薬などの犯罪で儲けた金は、貴金属などの贅沢品や、マネーロンダリングのための不動産売買に、大半が使われる。
しかし、1990年代以降のコロンビアでは、政府による自由市場経済と民営化の政策の中で、相当額が還流して建設業や観光業などのオモテの産業に投資された。
(2013年6月8日に作成)