(『プーチン 人間的考察』木村汎著から抜粋)
ウラジーミル・プーチンが故郷ペテルブルクで築いた人脈には、「シビリキ(市民派)」と名付けられたグループがある。
これは、KGB出身者のグループ「シロビキ(武闘派)」と対比するための造語である。
シビリキは、自由主義経済を求めるグループだが、シロビキと異なり結束力がない。
ドミートリイ・メドベージェフとアレクセイ・クドリンの確執はその好例である。
シビリキの代表格は、ドミートリイ・メドベージェフである。
彼はプーチンと同じレニングラード国立大学の出身で、卒業後にアルバイト的にペテルブルク市役所で働き始め、プーチンが議長をつとめる対外関係委員会に勤務した。
その後、モスクワの大統領府に就職したプーチンを追ってモスクワに行き、トントン拍子の出世を遂げた。
プーチンは2期(8年)の大統領職をつとめた後、憲法の規定に従って一旦は大統領を辞めたが、そのポストをメドベージェフに譲った。
メドベージェフが選ばれた理由は、次の2つだろう。
① 13歳も年下で、プーチンに忠誠を誓う弟分であること
② シロビキと関わりを持たず、権力基盤が弱いこと
事実、メドベージェフは4年の任期で大統領を辞めて、プーチン首相との公職交換にすんなり応じた。
メドベージェフ以外の有力な「シビリキ」は、以下の者がいる。
ゲルマン・グレフは、ドイツ系のロシア人でカザフスタンの生まれだが、ペテルブルク市役所でプーチンと知り合った。
プーチンが大統領になると、経済発展・貿易相に任命された。
2007年に大臣を辞めて、ロシア最大の銀行「ロシア貯蓄銀行(ズベルバンク)の総裁に就任した。
ドミートリイ・コザクは、ウクライナの出身で、プーチンと同じレニングラード国立大学の卒業者である。
ペテルブルグ市の法律委員会・議長や副市長をし、プーチン政権で副首相となりソチ五輪を担当した。
そして、ソチ五輪の終了直後にロシアへ併合されたクリミアの、開発担当国家委員会の長に任命された。
アンドレイ・イラリオーノフもレニングラード国立大学の出で、プーチン政権で経済顧問となり経済の自由化を進めたが、自分の意見が採用されないのに不満をつのらせて辞任へと追い込まれた。
ビクトル・ズプコフは、プーチンよりも年上で、レニングラード農業大学を卒業し、ペテルブルク市役所でプーチンを補佐した。
プーチン政権では新設された金融監視庁の長官になり、2007年9月から8ヵ月ほど首相も務めた。
だが08年5月にメドベージェフが大統領に就き、プーチンが首相になったので、首相の座を譲った。
プーチンが大統領に復帰すると、第一副首相になった。
ペテルブルク出身ではないが「シビリキ」の有力メンバーなのが、チェチェン共和国出身のウラジスラフ・スルコフである。
スルコフは、プーチン大統領を熱烈に支持する青年右翼団体「ナーシ(われら)」を組織するなど、異色の人である。
彼はエリツィン大統領の時代から大統領府で働き、「灰色の枢機卿」と綽名される実力者である。
小説を発表するなど文筆の才能があり、政権のキャッチ・フレーズを考えて外部に発信する役をこなしてきた。
スルコフは2013年8月には、アプハジア、南オセチア担当の大統領補佐官に就任した。
アプハジアと南オセチアは、2008年の武力紛争以来、ロシアがグルジアから奪って国家承認した所で、ロシアを除くとわずか3ヵ国が承認したにすぎない存在にとどまっている。
スルコフは、チェチェン共和国の出身のため、同共和国のラムザン・カディロフ大統領と親密である。
最後に、メドベージェフと並ぶ「シビリキ」の代表格であるアレクセイ・クドリンを取り上げる。
クドリンもレニングラード国立大学の卒業生で、ペテルブルク市役所ではプーチンと共に第一副市長としてサプチャク市長を支えた。
プーチンよりも8歳年下だが、プーチンの世話を焼くケースが多く、モスクワでの就職を助け、準博士論文の代作もしたと見られている。
2000年にプーチンが大統領になると、そこから11年もクドリンは財務相を務めた。
07~11年には副首相も兼務した。
08~09年の世界同時不況の時、ロシアは外貨準備金の制度が作られていたため、被害を小さくできた。
これはクドリンの功績である。
ところが2011年9月24日にプーチン首相は、大統領に復帰するにあたりメドベージェフを首相にすると発表した。
これを知ったクドリン財務相は、辞表を提出した。
表向きの理由はプーチンが大統領選に向けて予算増などの大盤振る舞いを約束し、「財務相として承服できない」だった。
だが本当の理由が、「自分が次の首相に任命されないこと」なのは明らかだった。
辞任した後のクドリンは、「プーチン政権に反対」の集会やデモに参加し、「市民イニシアティブ委員会」の議長にも就いた。
とはいえ、プーチンはクドリンを敵とは見ていない。
プーチンは政権への参画を呼びかけているし、クドリンも応じる気配がある。
(2021年5月25日に作成)