(以下は『毎日新聞 2012年11月25日』から抜粋)
タイの首都バンコクで、インラック政権に退陣を求めるデモがあり、一部の参加者と警官隊が衝突して、デモ隊の約130人が逮捕された。
デモの主催者は「ピタク・サイアム」と名乗る、退役軍人らのグループである。
反タクシン派は、「インラック政権は王室を頂点とするタイ社会への挑戦者だ」と反発している。
(以下は『毎日新聞 2014年6月23日』から抜粋)
タイでクーデターが起き、軍部が全権を掌握してから、1ヵ月が経った。
軍政に対して経済界は好意的で、株価指数も回復基調だ。
しかしタクシン派の農民や貧困層は、王室につらなる特権階級に不信を抱いている。
選挙の民意を否定したこのクーデターは、国の亀裂を深めた。
イベント会場で来場者に取材をしていると、軍兵士に「政治的な質問はするな」と注意された。
軍はタクシン派への締め付けを強めていて、進行中の行財政改革もタクシン派をつぶす意図が透ける。
今回のクーデターを理解するには、2001年に発足したタクシン政権の政策を知る必要がある。
タクシン首相は、捨てられてきた北部や東北部などの人々を重視し、30バーツ(100円)で医療を受けられる制度や、一村一品の地域振興策をとった。
タクシンの政治手法は社会構造に変化をもたらしたが、特権階級である王室、軍幹部、高級官僚、財界は不満を高めた。
特権階級の者たちは、2006年にもクーデターを起こしている。
選挙で勝つタクシン派に対し、反タクシンの特権階級は市民運動の名を借りてデモを行い、憲法裁判所を握ってタクシン派の首相を失職させてきた。
反タクシン派は、富の再配分を拒み、「王制の護持」を旗印にして、非民主的な手段を尽くしてきた。
(以下は『毎日新聞 2014年6月24日』から抜粋)
タイの『バンコク・ポスト』は、反政府デモを率いたステープ元首相が、プラユット陸軍司令官と2010年からタクシン排除を目指す会談をしていたと報じた。
ステープは支持者との夕食会で、「タクシン派のデモが起きた2010年以降、プラユットとタクシン打倒で連絡を取り合ってきた」と打ち明けた。
さらに「2014年5月20日の戒厳令の発令前に、プラユットから『あなた方(反政府デモ)は疲れている。軍が引き継ぐ時が来た』と言われた」とも明かした。
軍は5月22日にクーデターを宣言して、タクシン派の政権を倒した。
今回のクーデターが、反タクシン派と軍部の共謀と分かる証言だ。
(2025年1月5日に作成)