(『世界の紛争イスラム・アメリカ対立の構図』から抜粋)
イスラム原理主義とは、「預言者ムハンマドの確立した社会(イスラム共同体)こそが、理想社会である」として、この社会への復帰を目指す運動をいう。
イスラム教徒たちは、イスラム原理主義という言い方を非常に嫌い、「イスラム復興主義」あるいは「イスラム政治主義」と言う。
イスラム初期の精神に戻ろうという運動は、近年に始まったものではない。
古くは14世紀のイブン・タイミヤが「原点に戻ろう」と主張したのが有名である。
タイミヤは「シャリーアの絶対性」と「シャリーアの完全な遂行」を主張し、後のワッハーブ派に影響を与えた。
イスラム原理主義は、18世紀初頭にムハンマド・ワッハーブによって唱えられた。
ワッハーブの教えは「ワッハーブ派」として広まっていき、サウジアラビアを建国するイブン・サウードは、ワッハーブ運動によって砂漠の部族民(アラビア半島の人々)をまとめていった。
イブン・サウードは、『どんな人間も神の前では平等な同胞である』というコンセプトで、砂漠の民をまとめていった。
19世紀後半にイスラム原理主義の支柱となった一人に、アル・アフガーニーがいる。
彼は19世紀末にイランで起こった「タバコ禁止運動」のきっかけを作った人物で、エジプトに強い影響を与えた。
1930年代になると、エジプトでイスラム原理主義が活発になった。
その中心になったのは、「ムスリム同胞団」である。
ムスリム同胞団は、当時の体制と渡り合い、後のエジプト王制打倒への土壌を培った。
1979年にイラン革命が成功すると、イスラム原理主義はいっそう高まった。
91年にソ連が崩壊すると、アラブ諸国は精神的支柱が失われ、イスラム回帰はさらに強まった。