(『誰にでもわかる中東』小山茂樹著から)
ウラマーとは、元来は「学識者」を意味する言葉である。
現在は、イスラム教の法学者(聖職者)のことを指す。
イスラム社会の大学は、『マドラサ』と呼ばれる。
マドラサは10~11世紀に各地に創設されて、ここからウラマーが世に送り出された。
ウラマーは、有力な階級(特別な階級)となった。
「カーディー」というイスラム法を執行する司法官、「ムフティ」というイスラム法学の権威者は、ウラマーから選出をされる。
さらに、金曜日の集団礼拝の指導者である「イマーム」も、ウラマーから選出される。
ウラマーは、イランでは「ムッラー」、トルコでは「ホジャ」と呼ばれる。
イマームは、「あらゆる道の指導者」の意味でも用いられる。
シーア派では、イマームは「預言者の後継者」を意味する。
○ 村本のコメント
ムハンマドは「神の前での万人の平等」を説いたのに、それが形骸化してイスラム法学者たちが特権階級を形成し、それが長く常態化しているのが分かります。
ウラマーは、日本の東大卒みたいなニュアンスを感じます。
結局のところ、人々の意識が変わらない限り、世界のあり方は変わらないです。
偉大な人が出て「神の前では万人が平等だ」と説き、それが一時的に席巻しても、人々の意識が変わらないと、長続きしないで骨抜きにされてしまいます。
(イエスの教えや日本の親鸞などの教えを見ても、しばらくすると権力構造・信者の序列が生まれ、平等性が骨抜きにされました。)
「人間に優劣や序列を付けたい、その方が楽だし便利だ」とか、「誰かに生き方を指導・命令された方が、楽でいい」と、多くの人が思っている限り、偉大な教えは浸透しないです。
意識の変革こそが、一番必要な事だと思います。